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第七十一話 潜入、狼の巣

--二時間後、飛行甲板

 地上戦装備を用意した小隊が集まる。

 ジカイラが勝ち誇ったようにラインハルトに話し掛ける。

「オレは飛空艇から装備を降ろすだけだったから、すぐ用意できたけどな」

 ジカイラは黒色の胸当ての下に鎖帷子を着込む重装備であった。

 そして武器は、愛用の斧槍(ハルバード)を担ぎ、大盾(タワーシールド)を背負い、腰には海賊剣(カトラス)とナイフを下げていた。

 ラインハルトは、愛用の銀色(シルバー)の騎士鎧に緋色の肩章(レッドショルダー)を付け、騎士盾を背負い、武器は愛用のサーベルであった。

 ナナイの凛とした声が聞こえる。

「揚陸艇、準備を急げ! 地上戦用意! 実弾を装備しろ!!」 

 愛用している聖騎士(クルセイダー)用の白銀(プラチナ)に輝く鎧を着込んで、歩きながら飛行甲板の整備班に指示するナナイの姿が見えた。

 ジカイラが気の抜けた声でラインハルトに話し掛ける。

「相変わらずナナイ、気合入っているなぁ」

「ここに皇太子が居るかも知れないからな」 

皇太子(ヤツ)が居たら、どうすんだ?」

「『ナナイの事は諦めろ』と言ってやるさ」

 他の小隊メンバーによる揚陸艇への荷物の積み込みが完了する。

 連絡を受けたナナイがラインハルトの元へ来て報告する。

「準備完了よ」

 ラインハルトの隣で聞いていたジカイラが呟く。

「よし! 乗り込むとするか!」

 ラインハルトが整備班の兵士に指示する。

「艦長へ伝達。ユニコーン・ゼロはこのまま上空で待機。我々は揚陸艇で地上から潜入する」

 兵士は敬礼してラインハルトに答える。

「了解しました!」

「出発だ!」

 ラインハルト、ジカイラ、ナナイの三人は揚陸艇へ乗り込んだ。

 揚陸艇は飛行甲板を飛び立つと、地上へ向けて降下して行った。







 揚陸艇は要塞正面の石造り大門から三百メートル程の地点に着陸した。

 揚陸艇が跳ね橋(コーヴァス)を降ろす。

 跳ね橋(コーヴァス)の上でラインハルトが指示を出す。 

「地上班は、この場にて待機! ユニコーン小隊、前へ! 行くぞ!!」

 ラインハルト、ナナイ、ジカイラの三人が前衛となり、小隊は小走りで揚陸艇の跳ね橋(コーヴァス)から『狼の(ヴォルフス)(シャンツェ)』を取り巻く森へと入っていった。

 森を抜けると、要塞を取り囲む高さ五メートルほどの石造りの外壁の前に出る。

「ケニー。斥候を頼めるか? 外壁を登って、縄梯子(なわばしご)を掛けてくれ」

「了解!」

 ラインハルトの指示を受けて、ケニーは器用に外壁を登っていく。

 外壁に登ったケニーは上から周囲の様子を伺う。

 石造りの外壁は厚さが一メートルほどあり、外壁の上を弓兵が歩くこともできるように作られていた。

 ケニーは外壁の外側と内側に縄梯子(なわばしご)を掛けると、外壁の外側に居るラインハルトたちに向けてハンドサインを出す。

「よし! 行こう!!」

 小隊全員が縄梯子(なわばしご)で石壁を越え、要塞の敷地へ潜入した。








 敷地に潜入した小隊は、ラインハルト、ナナイ、ジカイラを先陣に進む。
 
 外壁から一メートルほど離れたところに、地表を覆う『妙な物』はあった。

 『妙な物』は植物であった。

 ぶどう棚のような木造の柵にその植物は括り付けられ、枝が木造の柵に沿って伸びており、木造の柵の隙間から握り拳ほどの大きさの『黒い実』がぶら下がっていた。

「なんだ? これは??」

 ラインハルトとハリッシュが怪訝な顔で植物を観察する。

 ナナイは恐る恐る指先で『黒い実』を突っついてみる。

 何事も起きなかった。

 ナナイは『黒い実』を手にとって見るが、見たことも無い植物の実であった。

「植物の実??」 

 ジカイラも『黒い実』を手にとって見る。

 ジカイラは、その『黒い実』に見覚えが合った。

「コイツ、まさか・・・『ハンガンの実』か!?」

 ハリッシュが驚いて尋ねる。

「『ハンガンの実』とは? これらは何の植物ですか?」

 ジカイラが険しい顔で答える。

「コイツはな・・・『ハンガンの実』ってのは、『天使の接吻(エンジェル・キス)』っていう麻薬の原料さ」

 ラインハルトも驚いて尋ねる。

「『天使の接吻(エンジェル・キス)』?」

 ジカイラが答える。

「ああ。お前達が知らないのも無理はない。基本的に真っ当な表の人間は知らないだろう。『天使の接吻(エンジェル・キス)』は、強力な中毒性のある精神と神経を破壊する麻薬さ。元々、暗黒街でしか流通していないしな。表の世界じゃ、稀に末端の売人が精製された麻薬の状態で売買して摘発されたりする程度だ」

 ティナも驚いて呟く。

「『ハンガンの実』・・・」

 ヒナがハッと気が付いたようにジカイラに尋ねる。

「ちょっと待って! 麻薬の原料って!? まさか・・・まさか、これ全部??」

 ジカイラが周囲を見渡し、呆れたように答える。

「そうだ。この馬鹿デカい要塞の敷地を覆っている植物、全部だ!!」

 『狼の(ヴォルフス)(シャンツェ)』の広大な敷地は、革命政府により全て『ハンガンの実』をつける植物が栽培されていた。








 集まって話をしている小隊に「動くもの」が群れで近付いてくる。

「おいでなさったぞ! ここの住人が!!」

 ジカイラが斧槍(ハルバード)を構える。

 ラインハルトとナナイもジカイラが構える先を見据えて剣を構える。

「動くもの」が姿を表した。

 骸骨(スケルトン)三体に動死体(ゾンビ)二体が木立から小隊に向かってきた。

 ジカイラは腰を落として深く息を吸い込み、溜めの姿勢を取る。

(いくぜ! (いち)(せん)!!)

 ジカイラの渾身の力を込めた斧槍(ハルバード)の一撃が剛腕から放たれ、骸骨(スケルトン)一体を粉砕した。

 ラインハルトは、サーベルで左下から右上に切り上げ、一撃で骸骨(スケルトン)の上半身を切断する。

 ナナイも剣で、骸骨(スケルトン)の首と剣を持つ右腕を切り飛ばす。

「後は動死体(ゾンビ)二体か」

 ノロノロと歩いて近付いて来る二体の動死体(ゾンビ)にジカイラは余裕を見せて、斧槍(ハルバード)を肩に担いだ。

「おい! 別の群れが来たぞ!!」

 ラインハルトが右側の茂みから出て来た骸骨(スケルトン)の群れに構える。

「こっちからも来たわ!!」

 ナナイも左側から近付いて来た骸骨(スケルトン)の群れに構える。

 ジカイラが慌てて斧槍(ハルバード)を構える。

「おい! おい! おい! ちょっと待て!! いったい何体居るんだ!?」

「動くもの」、骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)の群れが次々に現れる。

 後衛のクリシュナとヒナ、ケニーが骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)の数を読み上げる。

「11、12、13・・・」

「20、25、30・・・」

「50、60、70・・・」

 ハリッシュが叫ぶ。

「ラインハルト!! この数はマズいです!! 防御を!!」

 ジカイラとラインハルトが盾で迫り来る不死者(アンデッド)の群れを押し返し、ラインハルトは直ぐに指示を出す。

「ナナイ! ティナ! 『(アンチ・)不死者(アンデッド・)防御殻(コクーン)』を!!」

「判ったわ!!」

「了解!!」

 聖騎士(クルセイダー)のナナイと高位僧侶(ハイ・プリースト)のティナが神聖魔法を唱え、祈りを捧げる。

 法印が地面に表れ、不死者(アンデッド)に対する光の防壁が小隊を囲う。

 ナナイの防壁にラインハルト、ナナイ、ハリッシュ、クリシュナが、ティナの防壁にジカイラ、ティナ、ヒナ、ケニーが入っていた。

 アッという間に小隊は、骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)の集団に取り囲まれる。

 光の防壁に拠って、骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)は小隊に近付けないため、小隊の周囲を取り囲んでいた。

 近付いて来た動死体(ゾンビ)は、背中に籠を背負い、籠の中には『ハンガンの実』がぎっしりと入っていた。

 ジカイラが斧槍(ハルバード)を肩に担ぎ、近付けない骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)を見て悪態を突く。

「こいつら、五百体より多いぞ!? ・・・なるほど。革命政府の奴等、考えたな。コイツらが『狼の(ヴォルフス)(シャンツェ)』の労働者って訳か!!」

 ハリッシュもジカイラの意見を追認する。

不死者(アンデッド)は疲労しませんし、文句も言いません。休憩も食事も賃金も不要ですからね。単純労働者としては最高でしょう」

 ナナイも同意見を言う。

「『ハンガンの実』の棚と畑で空からは見えない。結界と石壁で『人ならざる者』は、此処には出入り出来ない」

 ラインハルトが結論を述べる。

「そして、侵入者はこいつらが始末する、と。革命政府め!!」

 ナナイが提案する。

「このまま、石造りの建物に向かいましょう。あと、何処かに不死者(アンデッド)に命令を出している者が、死霊使い(ネクロマンサー)か、知性を持つ上位の不死者(アンデッド)が居るはずよ!」

「良し! 行こう!!」

 ラインハルトの指示で、小隊は光の防壁を張りながら、建物に向かって移動する。

 小隊が進む度に防壁が移動し、周囲を取り囲む不死者(アンデッド)が防壁に拠って弾かれていく。

 小隊は石造りの建物の入り口に着いた。

 入り口は鋼鉄製の重苦しい扉であった。

「ケニー、解錠を頼む!」

「了解!」

 ラインハルトの指示でケニーは器用に扉の鍵を解錠する。

「開いた! 早く!!」

 ケニーが扉を開け、小隊を建物の中に誘導する。

 最後尾のナナイが建物の中に入るとラインハルトは扉を閉めた。

 素早くケニーが扉に鍵を掛ける。

 ラインハルトが扉の覗き窓を開け、外の様子を伺う。

 目標を見失った不死者(アンデッド)の集団は、バラバラと散らばって、元の作業に戻って行った。

 しかし、入り口周辺には、まだ、不死者(アンデッド)の群れが幾つか残っていた。

しおり