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29 第三王子サミュエル殿下

 皇后陛下のドレスに溺れているように見えるほど密着して座ったサミュエル殿下は、プチケーキのクリームで手がべとべとになるのもそのままに、じっと私の顔を見ています。

 私もそんなサミュエル殿下の顔を、笑顔を浮かべたまま見続けました。
 するとサミュエル殿下は握っていたケーキを私に差し出したのです。

(ん?なぜか既視感?)

 もう随分前ですがドイル邸の庭でジョアンからマカロンを貰ったことを急に思い出しました。
 
(あの時ジョアンは私と仲よくなろうとしてくれていたんだったわ。ということは今のサミュエル殿下も同じってこと?)

 そう考えた私は、一歩近づいてそのケーキを受け取りました。

「いただけるのですか?」

 サミュエル殿下は黙ったまま小さく頷きました。

「ありがたく頂戴いたします。でもまず殿下の手を拭いても良いですか?」

 また小さく頷いた殿下から目線を離さないようにして、侍女の方に声を掛けました。

「せっかくいただいたケーキですから、お皿に置かせてください。必ず私がいただきますので、テーブルにお願いします」

 素早い動きで私の前にケーキ皿が差し出されました。

「ありがとうございます。殿下お手をこちらに出してください」

 クチャッと潰れかけているプチケーキを皿に乗せて、私はポケットからハンカチを出しました。
 相変わらず殿下は何も話しませんが、素直に手を出してくれました。

「奇麗にしましょうね」

 私が丁寧に殿下の手を拭いている間、国王陛下も皇后陛下も博士もずっと驚いた顔のまま、黙って見守っています。

「さあ奇麗になりましたよ。殿下も一緒にケーキをいただきましょう。どのケーキになさいますか?」

 殿下がじっとテーブルのケーキを見ています。
 私は微笑んだまま殿下の顔を見続けました。
 ここに居る大人全員が、殿下が指をさして教えてくれると思っていました。

〈チョコレートムースにしょうか〉

 私の頭の中に声が響きました。
 
(うわ!これって殿下の声なの?もしかしてテレパス?)

 子供たちの特殊能力についての文献を読み漁っていた私はテレパスとエンパスについての記憶がありました。
 しかし文章として読むのと実際に体験するのでは、受けるインパクトが違います。
 驚きすぎた私はまじまじと殿下の顔を見てしまいました。
 すると殿下はニコッと笑顔を浮かべたのです。

〈私の声だ。やはりあなたには通じるのだな。あなたはあの子と同じ目をしているから、もしやと思って試したのだ〉

 私は一度、目をぎゅっと瞑ってから口を開きました。

「チョコレートムースですね?お飲み物は何にされますか?」

〈紅茶でよいが、砂糖は無しでミルクをたっぷり頼む〉

「畏まりました。すみません、殿下はミルクティーを御所望です。砂糖は無しでミルク多めでお願いします」

〈ありがとう。私は母の横に座ってよいだろうか?〉

「もちろんです。皇后陛下もお喜びだと思いますよ」

 殿下はまた小さく頷いて、皇后陛下の横に座りました。

「あの?どういうことかしら?」

 おそるおそる皇后陛下が口を開きました。
 私が今あったことを説明しようとした瞬間、頭の中で殿下の声が響きました。

〈まだ言わない方が良いと思う。なんとなくわかるとでも答えておけば良い〉

「な…なんとなく?そう思っておられるような?」

「そうなの?それでサミュエルはチョコムースとミルクティーで良かったの?」

 少し怯えたような顔で皇后陛下が殿下に聞きました。
 サミュエル殿下はにっこりと笑って頷きました。
 その様子をじっと見ていた国王陛下がゆっくりと口を開きました。

「もし間違っていたら笑ってくれてよいが…ローゼリアの頭に直接声が聞こえたのではないのか?」

 私はビクッとしてしまいました。

「もしそうなら答えてほしい。そのことでそなたを罰するようなことはしないし、魔女だとかつまらん疑いをかけることはないから安心してくれ」

 私はゆっくりサミュエル殿下の顔を見ました。
 サミュエル殿下もじっと私の顔を見ています。

〈殿下?どうしましょう?〉

〈父上はご存じなのか?もしそうなら話は早い。説明してみてくれ〉

「陛下、その通りでございます」

「やはりか。実は私の姉もそのような能力を持っていたんだ。幼かった私には理解できなかったが、当時の王宮にいた全ての人間に話しかけてみたと言っていた。たった一人だけ、洗濯メイドの少女が返事をしたらしい。誰一人信じるものはいなかったが、本当のことだったのだな」

 皇后陛下がひゅっと息を吞みました。

「ああそなたも覚えているのか。本当に可哀想なことをした。もしやサミュエルはこの話を知っていたのか?」

 サミュエル殿下が国王陛下の顔を見て頷きました。

「それは誰から聞いた?姉上か?」

 また頷きます。

「姉上はお前の能力に気づき、自分と同じ失敗をさせまいとしたのだろう。だから喋らなくなったのか?」

 殿下は頷きもせず、じっと国王陛下の顔を見ています。

「それだけでは無いということか。今とは言わないがいつかは話してくれるだろうか?」

 今度は力強く頷きました。
 国王陛下もしっかりと頷きました。

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