28 国王陛下夫妻との謁見
エヴァン様が皇太子殿下と共に長期視察に出られて約半年が過ぎた頃、サリバン博士から相談があると言われました。
「失礼します。サリバン博士お呼びでしょうか」
「ああ忙しいところ悪いね。折り入って相談があるんだ。これは王家の話だから絶対的な守秘義務が発生する。心して聞いてほしい」
「わかりました。覚悟して聞きます」
「うん。皇太子殿下が双子の兄妹だというのは知っているよね。実はね、お二人の下にもう一人王子殿下がおられるんだ。でもこれを知っているのは本当に少数だ」
「そうなのですか。エヴァン様からも聞いていないです」
「そうだろうね。彼は知っているけどトップシークレットだから、君にも話していなくて当たり前だ。それで、どうして秘匿されているのかというと、第三王子殿下の特徴が原因なんだ」
「特徴ですか?」
「端的に言うと、うちの子たちと同じように社会性が低いんだ。しかしうちの子たちとは違って、今のところ特別な能力は発現していない。ここだけの話でぶっちゃけると、できることとできないことがはっきり分かれていて、一人で延々と積み木遊びをしている。誰とも話さない。食べ物の好き嫌いが激しく、気に入らないことがあると癇癪を起すんだ。この症状でわかることは何かな?」
「自閉症でしょうか」
「その通りだ。しかし古典的自閉症なのか高知能症候群なのかはわからない。言語が発達していれば判断できるのだが、とにかく喋らないんだ」
「かなり厄介な状況ですね」
「そこで君に白羽の矢が立った。君が提出した論文が王宮の教育長官の目に留まったんだよ」
「社会的コミュニケーション能力と突出した能力の関係と共通性…」
「そう、それ。こちらに問い合わせが来た時、君がそういった子供たちの心を開くという話をしちゃったんだなぁ~。申し訳ない」
「はぁ。しちゃったんですね?」
「そう。だから諦めて私と一緒に王宮に行ってくれ」
「そう来ましたか」
「エヴァンがいればもみ消したかもしれないけど。まあこれも運命だ。明日いくからそのつもりでね」
「はあ、わかりました」
予想外の展開ですが、私でできることがあれば頑張るしかありません。
その夜は早めに寮に戻り、自閉的特徴を持つ子供に関する過去論文を読み漁りました。
翌日子供たちの部屋に行くと、起きていたのはエスメラルダだけでした。
私は彼女に今日はいないということを伝え、所長室に向かいます。
サリバン博士は既に準備を整えていて、すぐに出発しました。
馬車の中では自閉症だった場合の対応と、言語発達状況の確認方法などを話し合いました。
「まあ焦らず気長に対応する方がいいだろうね。ローゼリア嬢は当分の間、研究所と王宮の掛け持ちだな」
サリバン博士は申し訳なさそうな顔もせず、あっさりと言いました。
そんな会話をしている間に、王宮へと到着しました。
門番の方から近衛騎士の方に引継がれ、私たちはどんどん王宮の奥へと進んでいきます。
「ローゼリア嬢!」
緊張して歩く私に声を掛けて来た近衛騎士を見ると、五学年の時に私たちの護衛についてくれていたお姉さまでした。
あの頃より髪を長く伸ばしたお姉さまは、凛々しさが三倍増しという感じです。
「ご無沙汰しております、お姉さま」
「お元気そうで何よりです。今日はご苦労様ですね。ここからは私も同行いたします」
そう言って私の横に並びました。
私より頭一つ分背の高く、白地に紺のモールが美しい近衛騎士服を纏ったお姿に見惚れていると、ニコッと笑って下さいました。
「エヴァン様がご不在で寂しいでしょう?」
「ええ、寂しいですがお仕事ですもの」
「ご帰還が待ち遠しいですね。旅は順調なようですよ。ただ新しい産業の見学のために少し足を延ばされるとのことです」
「はい、先日のお手紙にも書かれていました。三か月程度は延びそうだとのことです」
「ではお帰りになったらすぐに結婚式ですか?」
「いえいえ、お帰りになったら当分はお忙しいでしょうから、それから準備に入るという感じだと思います」
「そうですか。いずれにしても今年中ですね。ああ、こちらで陛下がお待ちです。私たちは同席できませんので、こちらで待機しております」
「わかりました。ありがとうございました」
博士と私は大きな扉の前で身なりを確認しました。
ドアノッカーの音が響き、中から扉が開かれます。
陛下の近習の方でしょうか、とても優雅な仕草で中に招き入れてくれました。
博士と私は少し俯いたまま前に進み、臣下の礼をとりました。
「こちらに来なさい」
陛下のお声でしょうか。
バリトンボイスに迫力があります。
「失礼いたします。私は王立研究所の能力開発部門の責任者をしておりますハロルド・サリバンです。こちらは助手のローゼリア・ワンドです」
「良く来てくれた。カーティスがエヴァンに頼んで会う段取りをしていると聞いていたのだが、時間が取れないうちに長期視察に出すことになってしまった。帰りを待っても良かったが、そうなると遅くなるばかりだと考え、今日来てもらうことにしたのだ」
「左様でございましたか。お役に立てればよろしいのですが」
国王陛下がさっと左手を動かすと、近習がソファーに案内してくれました。
国王陛下と皇后陛下がソファーに並んで座られました。
私は緊張で足が震えています。
「どうぞ楽になさって。若い女性だと聞いたので、王都で流行りのお菓子を取り寄せたの。お好きなものがあれば嬉しいのだけれど」
皇后陛下のお声は鈴を転がすよな可愛らしい響きでした。
ふと目をあげるとニコッと微笑まれました。
「今日来てもらったのは他でもない。我が子である第三王子サミュエルについて相談したかったのだ」
国王陛下の言葉を皇后陛下が引き継がれます。
「すでに聞き及んでいるでしょう?少し独特な子なので、ほとんど王宮から出してはいません。このままずっと一緒に暮らすつもりですが、独りぼっちというのも可哀想だし、なぜあの子が一言も話さないのかを知りたいと常々思っていたのです」
サリバン博士が口を開きました。
「なるほど承知いたしました。お目に掛ることはできますでしょうか?」
「ええもちろんよ。すぐに連れてきましょう。ただし今日の機嫌によっては不愉快な気分にさせてしまうかもしれませんが許してくださいね。サミュエルは家族にしか懐かないの」
「畏まりました」
皇后陛下が侍女に目くばせをされました。
指示を受けた侍女が入口近くの扉をノックしてから開きました。
何か話し声が聞こえましたが、内容まではわかりません。
しばらく待っていると、ジョアンより少し幼い男の子が顔を覗かせました。
「サミュエル、こちらにいらっしゃい。お菓子があるわよ」
皇后陛下の声に第三王子殿下が小さく頷きました。
慌てるような態度を見せず、ゆっくりと皇后陛下の横に進んだ第三王子殿下は、無表情のままテーブルの上のプチケーキを掴み、私の顔をじっと見ました。