第五十四話 第506飛行輸送隊
ナナイとマリー・ローズが小隊の食事場所へ帰って行くのを見て、ジカイラとケニーも小隊の食事場所へ戻った。
ナナイとマリー・ローズは、何事も無かったかのように振る舞い、小隊は街道を西へ向けて移動した。
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夜。
いつものようにラインハルトとナナイは、同じ幌馬車で眠りに就く。
ラインハルトに腕枕をされているナナイが、いつになくラインハルトに甘える。
ナナイは、ラインハルトの首に腕を回すと、覆い被さるように上に乗り、ねっとりとキスした。
「どうしたんだ?」
ナナイを気遣うラインハルトに、ナナイは微笑む。
エメラルドの瞳がラインハルトを見詰める。
「ううん。何でもないの。自分にご褒美」
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マリー・ローズは、小隊の夜営の焚き火から離れ、木立の中に入って行った。
「居るかい?」
「首領、此処に」
返事と共に暗闇から男が現れた。
「メオス軍の動向は?」
「大きな動きはありません。三カ国連合軍は、国境へ軍を動かしています」
「彼等は私の客だ。『露払い』は抜かりなくやれ」
「はっ!」
そう言うと、男は闇の中に消えた。
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ジカイラは、夜営の焚き火を木の枝で突っつきながら、先程のナナイとマリー・ローズの勝負について、考えていた。
(あれだけ派手に斬りあっていたのに、二人とも済まし顔で戻って来た。女ってのは、恐ろしいぜ。)
(あのまま斬りあっていたら、パワーとスタミナでナナイが勝っていただろう)
(技は、あのお姉さんのほうが上か。二本のエストックが八本に見えた。一体、どういうカラクリなんだ?)
(
(ラインハルトとナナイが居る、ウチの小隊が異常なだけで、そうそう上級職なんていないからな。あのお姉さんは
(オレが戦っても、あのお姉さんに勝てるだろうか?)
真剣に考え事をしているジカイラにヒナが話し掛ける。
「どうしたの?難しい顔して??」
「ちょっと考え事」
ジカイラの答えを聞いたヒナは、ジカイラをからかう。
「ジカさんが考え事って、珍しい」
「いや。女ってのは、恐ろしいなって」
「あら? 私は恐ろしく無いですよ~」
そう言って、ヒナは舌を出して見せた。
「はは。そうだな。お前は可愛いやつだよ」
「ありがと」
そう言って、ヒナはジカイラの隣りに座った。
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翌日の昼。
ユニコーン小隊はマライトの街に着いた。
この街には、民間飛行船の中継港があり、メオス軍の飛行船基地もあった。
マリー・ローズと
飛行船運航会社の前に荷物を降ろし、二台の幌馬車をマリー・ローズに引き渡す。
ヒナとティナが幌馬車の馬車馬に別れを告げる。
馬車馬は世話係のヒナとティナに懐いており、寂しげに
「名残惜しいけど、ここでお別れね」
マリー・ローズがラインハルトに別れを告げる。
「この礼はいずれ」
「貴方の体で払ってくれていいのよ?」
そう言って、マリー・ローズはラインハルトの頬にキスすると、睨み付けるナナイを他所に、微笑みながら手を振って小隊と判れた。
小隊は、紹介された会社の建物に入る。
飛行船が横付けされているハンガー兼事務所には大きく『第506輸送商会』という看板が掲げられていた。
「なんだ? 客か?」
軍服を着て葉巻を吹かす無愛想な男がテーブルに足を載せ、ソファーに腰を掛けたまま、小隊のメンバーを出迎えた。
「ここは外の飛行船の運行会社か?」
ラインハルトが無愛想な男に尋ねる。
「そうだ。看板が見えなかったのかよ?」
「だいぶ変わった名前の会社だな?」
「ま、元軍属だからな」
無愛想な男が答えると、整備士らしき男が事務所へ入ってきた。
「カマッチ少尉。消耗品の交換が終わりました」
「ご苦労。セイゴ軍曹」
二人のやり取りを聞いていたジカイラが二人に尋ねる。
「アンタら軍人か?」
カマッチ少尉と呼ばれた男が答える。
「おう! こう見えても、『元バレンシュテット帝国中央軍 補給輸送群 第506飛行輸送隊』だからな!」
「自分はカマッチ少尉の部下で、セイゴ軍曹と言います。よろしくお願いします」
セイゴ軍曹がジカイラに挨拶した。
ジカイラがカマッチに尋ねる。
「つか、帝国軍の軍人がなんでこんなところに居るんだ?」
「革命で帝国政府が倒れてしまったからな。東西南北の方面軍は、今もそのまま残っているが、首都に残った組織や部隊は失業したんだよ。それで此処に流れてきて、『運び屋』をやってるって訳よ」
「なるほどなぁ・・・」
ジカイラは、ラインハルトとナナイに目配せする。
ラインハルトとナナイはジカイラに頷いて返した。
「気をーつけー!!」
大声でジカイラが叫び、直立不動の姿勢を取る。
釣られてカマッチがソファーから飛び跳ねて直立不動の姿勢になる。
セイゴも同様に直立不動の姿勢を取る。
「戦隊長にー、敬礼!!」
ジカイラはそう言うと、ラインハルトに敬礼した。
釣られてカマッチとセイゴもラインハルトに敬礼する。
「ラクにしてくれ。私は、この独立戦隊を率いるラインハルト少佐だ。只今より第506飛行輸送隊は、我が独立戦隊の指揮下に入る! いいな?」
「ハッ!!」
敬礼したまま、カマッチとセイゴが返事をする。
「現在、我が部隊は、特務によりメオス王国領土に深く潜入し、敵軍の重包囲下にある!!」
そう言うと、ラインハルトはテーブルの上に地図を広げ、現在位置を指差した。
「・・・諸君らの任務は重大だ! 敵の哨戒網と重包囲下を強行突破し、彼女を帝国北部方面軍に無事に送り届ける事だ!!」
「・・・彼女?」
カマッチとセイゴは怪訝な顔をする。
ラインハルトは続ける。
「紹介しよう! ナナイ大尉だ」
ナナイがラインハルトの隣に歩み出る。
「彼女のフルネームは、ナナイ・ルードシュタット侯爵令嬢」
カマッチとセイゴは仰天する。
「ル、『ルードシュタット』って、あのバレンシュテット帝国最高位の大貴族の!?」
ラインハルトの紹介に合わせて、ナナイは首から下げているルードシュタット家の紋章が描かれたネックレスを取り出し、二人に見せる。
カマッチは、ナナイが見せた紋章が描かれたネックレスに震える手を伸ばすが、触れることにはためらった。
「ほ、本物だ・・・。
「よろしくね」
ナナイはそう言ってカマッチとセイゴに微笑んだ。
「信じられん・・・俺達が、あのルードシュタットの姫様の護衛なんて・・・」
カマッチは葉巻を咥えたまま、唖然とした顔で居合わせる面々の顔を見る。
ナナイがラインハルトの事をカマッチに教える。
「彼の緋色の肩章を見れば、納得出来るでしょ?」
ナナイの言葉にカマッチはラインハルトの緋色の肩章を見る。
「・・・こっちも本当だ。本物の緋色の肩章だ。・・・閲兵式で数々の帝国騎士団の先頭に立つ、あの帝国騎士の筆頭が此処に!? 帝国全軍のエースが一緒なのか!?」
「そうよ」
ナナイは自慢気にカマッチに言うと、片目を瞑って見せた。
その様子を見たラインハルトが指示を出した。
「直ちに飛行準備に取り掛かってくれ!」
「了解しました!!」
ラインハルトの言葉にカマッチとセイゴは敬礼して答えた。
「うぉおおお! すげぇぜ!! こういう任務を待っていたんだ!!」
カマッチはガッツポーズをしてみせる。
カマッチとセイゴの二人と小隊メンバーは、出発準備に取り掛かった。