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第四十四話 奴隷商人

 夕方。

 ジカイラ達が起きたので、ラインハルトとハリッシュは再び偵察に出た。

 ハリッシュの魔法で二人は、高い木の枝の上から望遠鏡でソルダの街の方を見る。

 ラインハルトがハリッシュに話し掛ける。

「やはり・・・メオス軍は計画的に撤退しているようだ」

 ソルダの街の東側には、街から続いていた避難民の列は既に無く、昼間、無数に停泊していた飛行船は、夕陽に照らされるメオス王国軍の巨大な飛行船が一隻あるだけであった。

 ハリッシュが答える。

「あの巨大な飛行船は、ソルダの街の最後の防衛隊が乗り込んでいるようですね。」 

 程無くメオス王国軍の巨大な飛行船は浮かび上がり、東に進路を向ける。

 ラインハルトは、ソルダの街の入口に望遠鏡を向ける。

「烈兵団がソルダに突入したな」

 ラインハルトとハリッシュの望遠鏡に、ソルダの街の入口の門から市街地へと雪崩込む烈兵団の兵士達の姿が見える。

 ハリッシュがラインハルトに話す。

「ラインハルト。陽が落ちて暗くなる、今からソルダの街に入るのは危険です。まして烈兵団の占領直後なら、尚更です。夜営しましょう」

「そうだな」

 ラインハルトとハリッシュは幌馬車へ戻り、他の小隊メンバー全員に偵察した内容と烈兵団の戦況を伝える。

 ナナイが怪訝な顔をして尋ねる。

「メオス王国軍が計画的撤退?」 

 ナナイにラインハルトが答える。

「そうだ。大規模な戦闘も無く、街から住民を逃した後に、飛行船まで使って東へ部隊を輸送している。鮮やか過ぎる」

 ハリッシュがラインハルトに尋ねる。

「本来、王都の『最終防衛線』であるソルダからメオス王国軍が撤退する理由は、何でしょう?」

ラインハルトがハリッシュに答える。

「それは判らない」

 ジカイラも意見を述べる。

「今の状況じゃ情報が少な過ぎる」

 ラインハルトがジカイラに答える。

「ああ。ひとまず、この問題は置いておこう。それと、暗くなってから烈兵団の占領直後のソルダの街に入るのは危険だ。この辺りで夜営しよう」

 ラインハルトの指示を受けて、小隊は街道から少し木立の中に入った場所で夜営の準備を始めた。

 見回りに出たケニーが走って夜営地に戻って来る。 

「大変だ! 傭兵団みたいな連中がこっちに来る!!」

「傭兵団?」

 ラインハルトの言葉にユニコーン小隊に緊張が走る。

「オレとケニーで探ってくる」

 ジカイラはそう言うと、ケニーと二人で走って行った。








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 薄暮時、夜の帳が降り始めた街道の脇の物陰から、ジカイラが望遠鏡で確認する。

 人々を乗せた鉄格子付きの荷馬車が数台と、その周囲を歩く兵隊らしい者達。

 ジカイラがケニーに話す。

「アレは傭兵団じゃない。奴隷商人と護衛の傭兵だ。護衛は十人位か」

「・・・奴隷商人」

「ケニー、夜営まで戻るぞ」

「了解!」

 ジカイラとケニーの二人は、走って夜営に戻る。

 戻った二人は小隊メンバーに奴隷商人の隊商が街道に沿って夜営に近付いて来る旨を報告した。

「奴隷商人」という言葉を聞いたラインハルトの目付きが鋭く変わる。

 ラインハルトが小隊メンバーに話す。

「奴隷商人に囚われている人々を助け出す」

 ジカイラが苦笑いしながら答える。

「そう言うと思ったぜ。で、どうするんだ?」

 ラインハルトが答える。

「私、ナナイ、ジカイラ、ケニーの近接戦ができる四人で一気に仕留める。他の四人は休んでいてくれ。ハリッシュ、後を頼む」

 ハリッシュが答える。

「判りました」

 ラインハルトが熱く語る。

「奴隷商人など、今のアスカニアの動乱に乗じて人々の生き血を吸って肥え太る吸血蛭のような存在だ。 手加減無用! 容赦するな!!」

「「おう!」」

 ハリッシュがナナイにこっそり耳打ちする。

「何時もクールなラインハルトが、いつになく熱くなっています。万が一の時は、貴女が止めて下さい。彼を止められるのは、貴女だけです」

 ハリッシュの言葉にナナイは無言で頷いた。

 ラインハルト、ジカイラ、ナナイはケニーの先導で、奴隷商人の隊商へ向かって行った。










 奴隷商人の隊列が近づいてくる。

 ラインハルトはケニーに指示を出した。

「ケニーは隊商の後方に回って、戦闘が始まったら囚われている人々を救出してくれ」

「判った!」

 ケニーは街道から木立へ入ると、潜伏スキルを使い、音も無く木立の中を駆けて行った。

 三人は街道の真ん中で、ラインハルトを中心に仁王立ちして、奴隷商人の隊商を待ち伏せた。









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 隊商の先頭に立つ傭兵五人がラインハルト、ナナイ、ジカイラに近づいてきた。

 柄の悪い傭兵の一人がラインハルトに話し掛ける。

「なんだぁ? 革命軍の将校か?」

 傭兵はそう言うと、ラインハルトの顔に自分の顔を近づけてきた。

 ラインハルトのアイスブルーの瞳が冷酷に傭兵を睨み付ける。

「死ね」

 ラインハルトは一言だけ、そう言った。

 次の瞬間、ラインハルトのサーベルを一閃させ、近づいていた傭兵の首を()ねる。

「てめぇ!!」

 そう言った傭兵が剣を抜こうと瞬間、ラインハルトはその傭兵の右腕の肘から先を斬り飛ばした。

「うわぁあああ」

 右腕を切られた傭兵は、悲鳴を上げ、その場にへたり込む。

「何なんだ? いきなり!?」

 三人の傭兵は剣を抜いて構えた。

 ラインハルトは右側の傭兵の正面に踏み込み、鋭い突きを放つ。

 サーベルが傭兵の首を貫き、口から血の泡を吹きながら絶命する。

 左側の傭兵がラインハルトに斬り掛かったが、ラインハルトは首を刺した傭兵の体を蹴り倒し、サーベルを首から抜くと、斬り掛かってきた傭兵の剣を避ける。

 ラインハルトは振り向き様に中央の傭兵に斬り付ける。

 激しい金属音と共に傭兵は剣で受け止めたが、後ろへよろけた。

「ぐうぅ」

 嗚咽を吐いた中央の傭兵は、体勢を立て直した。

 左側の傭兵が再びラインハルトに斬り掛かる。

 ラインハルトはサーベルで傭兵の剣を受け流すと、水平にサーベルを走らせ、傭兵の頭の上半分を斬り飛ばした。

「うわわわわ」

 中央の傭兵はラインハルト達に背中を見せて逃げ出した。 

 ラインハルトは逃げ出した傭兵を背中から斬り付け、右肩から左脇腹まで一刀両断した。

 ラインハルトは右腕を切り落とされた傭兵の元へ歩いて行く。

 傭兵は残っている左腕をラインハルトへ向けて伸ばして命乞いを始める。

「待て! 待ってくれ!! オレ達がお前らに何かしたのか!? 助けてくれ!!」

 傭兵の命乞いにラインハルトは無言で傭兵の胸にサーベルを突き刺した。

 そして、絶命した傭兵の体を蹴り倒し、サーベルを引き抜く。

 ナナイは返り血にまみれて立つラインハルトの様子に驚いて立ち竦んでいた。

(貴方は『敵』に対しては、一欠片の慈悲さえ持たないのね)

 ジカイラが斧槍(ハルバード)を担いで、ラインハルトに近づき話し掛ける。

「まるで竜巻だな。熱くなるなよ? いつもどおり、クールに決めろ!」
 
「ああ」

 ジカイラの言葉にラインハルトは冷静さを取り戻した。

「護衛は残り五人。行くぞ! ナナイ!!」

 ラインハルトに呼ばれて、ナナイはビクンと驚く。

「え、ええ」

 ナナイの返事を合図に、三人は奴隷商人の隊商の荷馬車へと向かった。








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 奴隷商人の隊商の荷馬車は、五台あった。

 前に二台、後ろに二台、鉄格子の付いた荷馬車が並び、真ん中に奴隷商人が乗っていると思われる一際、豪華な馬車があった。

 傭兵の隊長と思われる傭兵が二人の傭兵を引き連れて、ラインハルト達に近づいてきた。

「何か、叫び声がしたが・・・って、誰だ!? お前ら!!」 

 そう言うと傭兵たちは剣を抜いて構えた。

 三人はそれぞれラインハルト、ナナイ、ジカイラと対峙した。

 ラインハルトのサーベルが一閃し、傭兵隊長の頭を真上から叩き割った。

 サーベルは隊長の鼻まで食い込み、隊長は前のめりに倒れる。

 ナナイも傭兵の一人に斬り掛かった。

 傭兵はナナイの剣撃を剣で受け止める。

「ヘへへ。よく見るとイイ女じゃねぇか」

 傭兵はナナイの顔を見て、ニヤける。

 ナナイは剣撃を繰り返して切り結ぶと、身を翻して後ろ回し蹴りを放った。

 ナナイの蹴りは、意表を突かれた傭兵の側頭部を捉える。

「ぐはっ!」

 頭を蹴られた傭兵は、態勢を大きく崩す。

 ナナイは鋭い突きを放ち、剣は傭兵の胸を貫く。

「くそっ!!」

 そう呟くと一人残った傭兵は、ヤケクソにジカイラに斬り掛かった。

 ジカイラは斧槍(ハルバード)の柄で傭兵の剣を弾く。

 傭兵は再び斬り付けたが、ジカイラは斧槍(ハルバード)でクルクルと巻くようにして傭兵の剣を払い、傭兵の腹を突き刺した。

 ジカイラが傭兵を倒すのを見たラインハルトは、ナナイとジカイラに呟く。

「残りの護衛は二人だな」






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 ケニーは隊商の後ろに回り込み、密かに隊商の最後尾を尾行していた。

(最後尾の護衛は二人か)

 ケニーは強化弓をつがえると、護衛の傭兵の一人を矢で射る。

 矢は傭兵の後ろから喉を貫いた。
 
 射たれた傭兵が倒れたので、もう一人が声を掛ける。 

「おい?」

 ケニーは両手でショートソード『ケニー・スペシャル』を抜いて構えると、音も無く忍び寄り、傭兵に斬り掛かる。

 傭兵は剣を抜いたが、ケニーはその懐に飛び込み、逆手に持った右手のショートソードで傭兵の喉を切り払った。

 ケニーは荷馬車の鉄格子の鍵を開ける。

「さぁ、逃げるんだ!!」

 囚われていた人々は、最初、戸惑っていたが、一人、二人と荷馬車から降りて、夜の闇へ走って逃げていった。






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 ラインハルトが奴隷商人の馬車のドアを開けようとした瞬間、ナナイが声を掛ける。

「私が開けるわ」

 ラインハルトに代わり、ナナイが奴隷商人の馬車のドアを開けた。

 馬車の中には首に鉄鎖を付けられた全裸の女が二人。それとブクブクに太った奴隷商人が居た。

「なんだ? お前は??」

 ケバケバしい衣装に身を固めた奴隷商人が、そう言って、馬車の中から怪訝な顔でナナイを睨む。

 奴隷商人はナナイを値踏みするようにジロジロ見ると、ニヤける。

「別嬪じゃないか。ワシの女になりたいのか? んん?」
 
 奴隷商人にナナイが冷たく言い返す。

「まだ、立場が判ってないようね」

 ナナイの横からラインハルトが手を伸ばして奴隷商人を捕まえると、馬車の外に引き摺り出した。

 地面に転げ落ちた奴隷商人は、ラインハルトとナナイ、ジカイラの三人を見上げて吠える。

「貴様! 革命軍の将校の分際で、ワシに手を挙げるとは!」

 ラインハルトはサーベルを一閃させ、奴隷商人の右耳を切り飛ばした。

「ぐあああああ」

 奴隷商人は右耳を押さえて、屈み込む。

「『奴隷商人』というだけで、神にでも選ばれたつもりか」

 そう言うと、ラインハルトは奴隷商人を蹴飛ばした。

 嗚咽を漏らしながら、太った奴隷商人は更に地面を転げ回る。

 奴隷商人はナナイの足に縋り付き助けを求める。

「た、頼む。助けてくれ。助けてくれたら、ワシの女にしてやる」

「お断りするわ」

 ナナイは冷酷に奴隷商人を見下ろしてそう告げると、ナナイの足を掴む奴隷商人の右手の甲を剣で突き刺した。

「ぎゃああああああ」

 奴隷商人は悲鳴を上げて、地べたに這いずったまま、左手で自分の右手を押さえる。

 ジカイラが奴隷商人に近寄り、しゃがんで話し掛ける。

「運が悪かったな。おっさん」

 奴隷商人はジカイラに命乞いを始める。

「そ、そこのお前、助けてくれ!! 金ならやる!! 金貨で二百枚ある! 」

 ラインハルトは奴隷商人に近寄ると、無言でその頭をサーベルで貫く。



 馬車の中で鎖に繋がれた全裸の二人の女性は助け出された。

 助け出された女は、ラインハルトにお礼を言う。 

「ありがとうございます」

「せめて、お名前を教えて下さい」

 ラインハルトは、名前を告げる。

「私はラインハルトと申します」

 ラインハルト、ナナイ、ジカイラ、ケニーは、全ての荷馬車から囚われていた人々を解放した。

しおり