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第十四話 非常召集

 その日の授業と教練が終わった後、ユニコーン小隊は自主的に飛空艇の訓練を行っていた。

 士官学校の上空を四機の飛空艇で綺麗に編隊を組み、飛行中であった。

「小隊の編隊飛行は大丈夫そうだ」

 ラインハルトの問い掛けにナナイが答える。

「そうね」

「爆撃演習やったら、帰投しよう」

「了解」

 ナナイは、そう答えると手旗で僚機にその旨を伝えた。

「3時の方向に注目」

 ナナイはラインハルトに言われた方向を見る。

(なぎ)だよ」

「これが・・・」

 ラインハルトに教えられ、ナナイは初めて『凪』を見た。

 真っ青な空のはるか遠くに綿のような積雲が浮かんでいる。

 凪によって穏やかな海の水面は鏡面のように、その景色を幻想的に映し出していた。

 ナナイは、初めて観るその光景に魅了されていた。





 ユニコーン小隊は爆撃演習を行う。

 四機で編隊を組んだまま急降下し、地上に描かれた標的円に爆弾と同じ重量の模擬弾を投下。その後、士官学校の飛行場へ帰投する。

 ラインハルトとナナイの二人は、飛空艇の稼働来歴の記録作成や諸々の手配のためハンガーへ、ジカイラ、ハリッシュ、ティナ、クリシュナ、ヒナ、ケニーの六人で成果の確認に向かった。

「おっ!? 四発とも標的円内に入っているじゃないか。『命中』ってことだよな?」

 ジカイラの問い掛けにハリッシュが答える。

「そうですね。なかなかの命中精度です」

「しかし、飛空艇で急降下爆撃をやろうとは、恐れ入ったぜ」

「前例がありませんからね」

 飛空艇での急降下爆撃を考案したハリッシュは、そう答えると苦笑いした。

 ナナイが手配したストーンゴーレム達がハンガーから標的円にやってきて、地表に刺さっている模擬弾を引き抜き、荷車に乗せる。

 彼らは地面に空いた穴を埋めると、荷車を引いて再びハンガーへ戻って行った。

「便利ね」

 ティナの呟きにクリシュナが答える。

「彼らは何も考えないの。命令されたことを、ただ実行するだけ」

「『動く人形』って感じなのかな?」

 ヒナからの問いにクリシュナが答える。

「そんなところね」

「戦果も後始末も確認したし、寮へ帰ろう」

 ケニーからの提案に、その場に居た全員が賛同。

 六人はハンガーでラインハルトとナナイと合流し、ユニコーン小隊は寮へ向かった。

 ジカイラは前回の模擬近接個人戦が琴線に触れたようで、寮へ帰る途中にラインハルトにその話をし始めた。

「しかしアレは傑作だったぜ」

 ジカイラが、何もない路上を指差してナナイの口調を真似る。

「『そんな()()()()()、見せびらかさないでくれる? 私は()()()()()()なの。』だってよ! (やっこ)さん、よっぽどナナイにビビって、縮み上がっていたんだな。はーはっはっは」

 ジカイラは更に悪乗りしてナナイの口調を真似し続ける。

「けどな、あれだけ気が強いナナイだが、ベッドに入ると『ああ~ん。私、ラインハルトのじゃなきゃダメなの~。満足できないの~。コレが欲しかったの~』とか、言い出すクチだぞ」

 ジカイラがそこまで言うと、ラインハルトが(つぶや)く。

「・・・おい」

 そう言うとラインハルトは目配せする。

 ジカイラがラインハルトの目配せの先を見ると・・・



 怒りと羞恥で赤面し、プルプル震えてジカイラを睨みつけるナナイが居た。

「貴様という奴はッ!!」

 ナナイはそう言うとジカイラに掴み掛かり、ナナイに捕まったジカイラは必死に言い訳し始める。

「冗談だ! 冗談だってば!! ナナイ、落ち着けって!!  痛てて、首を絞めるな! お前、聖騎士(クルセイダー)だろ! 手加減しろ!! 死ぬ! 死ぬって!! 助けてくれ! ラインハルト!!」

 その様子を観たユニコーン小隊の面々が笑い出す。 

 小隊の日常の一幕であった。




 --夕刻。

 寮で食事をしながら八人は、編隊飛行や爆撃演習について議論する。

 食事を終えて食堂でくつろいでいると軍監が寮に訪れてきた。

 応対したハリッシュが慌てて食堂へ駆け込んでくる。

「皆さん! 非常招集です! 講堂へ急ぎましょう!!」

 ハリッシュの声にユニコーン小隊の全員が小走りで講堂へ向かう。

「何かあったのか?」

 ジカイラの問いにラインハルトが答える。

「さぁ? なんだろう??」

 ラインハルトにも非常招集の理由は分からなかった。




 講堂の中には軍監によって士官学校の生徒が集められていた。

 軍監の声が響く。

「諸君! 傾注せよ! 本日未明、ゴブリンの艦隊が首都、北西方向の海上100キロ先に出現した。物見の報告によると、この敵艦隊は大型戦艦ガレアス五隻を擁し、ガレー船で多数の上陸用艦艇を牽引している! 敵艦隊は7ノットで首都ハーヴェルベルクに向かって航行中だ」 

 軍監の話に講堂は騒然となる。

「静粛に! これに対し我が軍は、敵艦隊をハーヴェルベルクに上陸させ、水際と市街地でこれを叩く!!」

 軍監の話にジカイラはラインハルトに耳打ちする。

「・・・マジかよ?」

 軍監の話は続く。

「現時点を持って、諸君らは革命軍少尉相当官に任官される。小隊長は中尉相当官だ。市街戦開始まで、各自、寮で待機せよ。解散!!」

 それだけを告げると軍監は去っていった。学生たちはぞろぞろと寮へと戻っていく。

 寮の食堂にユニコーン小隊の面々が集まる。

「なぁ・・・革命軍って、バカなのか? 敵をハーヴェルベルクに上陸させてから叩くとか。敵が上陸して市街戦が始まったら、女や子供は何処に逃げるんだ? あの街は城壁に囲まれているんだぞ?」

 ジカイラの問いにハリッシュが答える。

「他に打つ手が無いのでしょう。首都であるハーヴェルベルクには東側、西側、北側の三方向に三層の重厚な城壁があり、陸地からの攻撃には堅固です。しかし、港のある南側・・・海上からの攻撃には無防備です」

 ハリッシュは続ける。

「それに革命軍には、ガレアスの艦隊を相手に海上で戦える戦力がありません。帝国海軍(ライヒス・マリーネ)が居るなら別ですが」

 ジカイラは呟いた。

帝国海軍(ライヒス・マリーネ)・・・」

 それは海賊であったジカイラにとって、『仲間の仇』であった。

 かつて、帝国海軍(ライヒス・マリーネ)と戦って敗れ、捕まった時の光景がジカイラの脳裏に浮かぶ。




 帝国海軍(ライヒス・マリーネ)の重戦列艦は火砲100門であり、ガレアスの火砲40門の倍以上の攻撃力があった。

 また、速力もガレアスの倍以上あり、重戦列艦の艦隊を擁する帝国海軍(ライヒス・マリーネ)は、アスカニア大陸最強の海軍であった。

 だからこそ、帝国海軍(ライヒス・マリーネ)の母港であり首都であるハーヴェルベルクは『港を防衛する必要が無かった』のだ。

 帝国海軍(ライヒス・マリーネ)が重戦列艦の単縦陣で一斉射撃を行えば、ガレアスの艦隊など簡単に壊滅させてしまうだろう。




「あいつらは今どこに?」

「彼らは革命に反対して革命政府に服従せず、海外植民地を拠点にして現在もそこに居ます。革命軍には乗員五~六人の警備艇があるだけです」

「それじゃ漁船と変わらねぇ。終わってるなぁ」

 そう言うとジカイラは額に手を当てて(うつむ)いた。

 ナナイが口を開いた。

「ゴブリンって、普通は山や森の中で活動していて、洞窟なんかに住んでいる種族でしょ? それが何故、海上を艦隊で移動しているのかしら?」

 続いてケニーも疑問を呈する。

「奴らに簡単な武器や防具は作れても、ガレアスなんて戦艦を建造できるとは思えない。奴ら、どうやって手に入れたんだ?」

 クリシュナも続く。

「革命以来、人間が7年間も気が付かなかった『港のある南側、海上からの攻撃には無防備』という街の防衛上の問題点に、ゴブリンが気が付くというのも変ね」

 皆の疑問にハリッシュが答えた。

「ゴブリンの群れを統率している者が居ると考えるべきですね。彼らは部族単位で行動し、より強い種族に服従します」

 ハリッシュは続ける。

「街の防衛上の問題点を把握して、ガレアスなどの戦艦を用意。彼らを乗せて。こちらへ差し向けた黒幕が居ると考える必要がありそうです」

 ティナが不安を口にする。

「ねぇ・・・街はどうなっちゃうの?」

 淡々とハリッシュが答える。

「敵軍に上陸されると市街戦が始まります。農民や罪人を徴用して槍や弓を持たせただけの革命軍は、ゴブリン相手でも苦戦するでしょう。ガレアスの艦砲射撃で街は火の海に。城壁に囲まれた街に逃げ場は無く、大勢の人間が犠牲になるでしょう」

 ティナがラインハルトを(うかが)う。

「ねぇ。お兄ちゃん。何とかならないの?」

 ラインハルトが重い口を開く。

「・・・革命軍はアテにならない。僕らで戦おう」

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