第二話 義妹、出会い、初恋
軍用列車の最後尾車両の客室にラインハルトとティナは入った。
二人は荷物を網棚に上げて席に座り、車窓の外を見た。
軍用列車の車窓越しに見えるのは、腕を組んで仁王立ちし感慨深げに自分たちを見つめる父親と、穏やかに微笑みながら見送ってくれる姉の姿。
乾いた汽笛の音がした後、軍用列車はゆっくりと動き出す。
ティナは窓を開け父親と姉に手を振った。
「お父ーさん! お姉ちゃーん!」
父親は、仁王立ちのまま、顔だけで二人が見える車窓を追った。
姉は、数歩、列車を追いかけたが、やがて立ち止まり手を振ってくれていた。
軍用列車は次第に加速していき、駅のホームも見送りの二人の姿も小さくなっていく。
やがて駅のホームも二人の姿も見えなくなった。
ラインハルトは、ほとんど喜怒哀楽といった表情を表に出さない。
その年齢の割には大人びていて、どことなく冷たい印象があった。
家族には温かい目線や言葉を使うが、それ以外の者には凍りつくような鋭い目線を向ける。
対してティナは、明るく快活で愛嬌があり、感情や表情をハッキリ顔に出した。
気持ちが優しくて面倒見がよく、誰とでもすぐに打ち解けることができた。
ラインハルトは、物憂げに外の景色を眺めていた。
向かいの席に座っていたティナがラインハルトの隣の座席に移ってきた。
「久しぶりねー。二人きりになるの」
「そうだな」
ラインハルトは、問い掛けに穏やかに返答した。
ティナは、ラインハルトと腕を組み、体を擦り寄せてきた。
「ふふーん。誰も見ていないから甘えちゃおう。お兄ちゃ~ん」
「んん?」
ラインハルトの胸にティナは顔をうずめる。
ティナの柔らかい感触と、わずかにだが、心地よい石鹸の香り。そして女の匂い。
ラインハルトは、子猫のように甘えてくる同い年の
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客室のドアを短くノックした音の後、ドアが開いた。
入って来たのは南方系の一組の男女。
「すみません、相席をお願いします・・・おっと、これは失礼」
「あら・・・? お邪魔してしまったかしら??」
ティナは、他人が客室に入ってきたことに驚き、慌てて畏まると、みるみる顔が赤くなっていく。
「どうぞ! お二人とも掛けてください!!」
ティナに案内された二人は、向かいの席に座る。
「どうも。愛し合うお二人の邪魔をしてしまったようで、気が引けるのですが。私はハリッシュ。こちらはクリシュナ。どうぞよろしくお願い致します」
うやうやしく丁寧に頭を下げて挨拶するハリッシュに続き、クリシュナもペコリと挨拶して微笑んだ。
「お二人とも、よろしくね」
ラインハルトは、ハリッシュとクリシュナの二人を観察する。
眼鏡をかけ、理知的で、よくしゃべる男。
おっとりしていて優しそうな女。
どちらも悪人ではなく、敵意は無さそうだった。
「ご
お互いに自己紹介した後、ティナとハリッシュ、クリシュナの三人で身の上の話を喋り始めた。
ハリッシュとクリシュナは、同郷の幼馴染みだという。魔法の勉強をするために士官学校へ入学したと言っていた。
「ちょっと風に当たってくる」
ラインハルトは、三人にそう告げて立ち上がり、客室から出て短い廊下を通り車両の最後尾にあるデッキに向かう。
廊下は短いため、すぐに突きあたり、スライドドアを開けデッキに出る。
流れていく景色。
吹き抜ける風。
そのどちらもラインハルトには心地良かった。
ラインハルトは、自分以外に女の子がデッキにいることに気が付いた。
手すりに捕まって女の子を観察する。
美しい金色の髪を結い上げた、自分と同じ制服を着たスタイルの良い女の子。
その美しい上品な顔立ちは、薄く化粧をしたことで、より一層大人びて見え、気の強そうなエメラルドの瞳は遠くを見つめている。
見るからに貴族の令嬢であった。
ラインハルトが異性に興味が無いといえば嘘になる。
ラインハルトが女の子に見惚れていると、女の子の側もラインハルトの存在に気が付く。
女の子がラインハルトに話しかけてくる。
「あの。・・・何か?」
「失礼。貴女に見惚れていました」
ラインハルトからの正直で率直な答えに女の子は口元に手を当てて微笑み、少し照れていた。
軍用列車は線路の切り替えポイントを通過し始め、大きな音と共に軍用列車は先頭の車両から順番に大きく揺れる。
最後尾の車両が線路の切り替えポイントに差し掛かり、大きく揺れる。
手すりに捕まっていたラインハルトは客車が大きく揺れても平気だった。
しかし、女の子は体のバランスを崩し、短い悲鳴と共にラインハルトの胸に飛び込んできた。
ラインハルトは彼女を抱き留める。
女の子の大きい胸が当たる柔らかい感触と、ほのかに香る香水の匂い。
「大丈夫?」
ラインハルトが声を掛けると、腕の中の女の子は驚いて顔を上げた。
ラインハルトのアイスブルーの瞳と女の子のエメラルドの瞳。二人の目線が合う。
『異性に抱き締められている』という、自分が置かれている状況が把握できたためか、女の子の顔は、みるみる赤くなり、耳まで赤くなった。
「ああっ!! 初日から、こんなところで女の子を口説いているなんて!!」
ティナの大きな声が聞こえた。
デッキで抱き合う二人が、声がした入り口のスライドドアの方を見ると、ティナとハリッシュ、クリシュナの三人が覗いていた。
ハリッシュは自分の眼鏡を中指で押し上げる仕草をした後、気不味そうに告げる。
「客車が揺れたので、皆で心配して様子を見に来たのですが、今回は本当にお邪魔だったようで」
クリシュナも胸の前に両手を組み、気不味そうに上目使いで告げる。
「ごめんなさい。その・・・邪魔をするつもりは・・・」
ラインハルトは両手で女の子の肩を掴んで、ゆっくりと自分の胸から離した。そして無断で体に触れたことを謝罪する。
「失礼。ケガは無い?」
女の子は赤面したまま緊張のためか、うわずった声でラインハルトに名前を尋ねる。
「こちらこそ。ありがとうございました。あの・・・お名前を教えて下さい」
「僕はラインハルト。君は?」
「ナナイ。ナナイと呼んで下さい」
ナナイはラ、インハルトとのやり取りを見つめる三人が居ることに改めて気が付く。
「では、私はこれで失礼します」
ナナイは、4人にそう告げて軽く会釈をすると、恥ずかしさのためか、足早に前の車両へと立ち去っていった。