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第一話 旅立ち

 ルードシュタット郊外にある工房『ヘーゲル工房』の主オットー・ヘーゲルは、その日、部下の職工達を連れて鉄道の橋梁工事の現場に来ていた。

 峻険な山々の間にトンネルと橋梁を建設して、軍用の軽便鉄道を通すためであった。

 現場は険しい谷であり、建設工事は難航していた。

 オットーが現場事務所で図面と工事の進捗を確認していると、職工の一人が事務所に駆け込んでくる。

「親方! 大変だ! 谷底の川に人が流れ着いているぞ!!」

「なんだと!?」

 オットーは、職工達を連れて現場に向かう。

 現場に到着したオットーが現場を見ると、女性と小さな男の子が川岸に流れ着いていた。

 二人共、かなり高い身分である事が服装や身の回りの品から伺える。

 オットーと職工達は二人を介抱したが、傍らの侍女らしき女性は既に息絶えていた。
 
 しかし、男の子のほうはまだ息があった。 
 
「親方! 女のほうは死んでますが、子供はまだ息がありますぜ!?」

回復薬(ポーション)だ! 回復薬(ポーション)を使え!!」  

「判りやした」

 職工が与えた回復薬(ポーション)で男の子は治癒したように見えた。

「・・・親方。この子、どうするんでさぁ?」 

「こんなところに置き去りには出来ないだろ? ウチに連れて帰る」








 --七年後


 オットーが引き取った男の子は、立派に成長した。


 帝都都心部近くに位置するハーヴェルベルク駅は、行き交う多くの人々で混雑していた。

 この駅の一番端となる15番ホームは「軍事用」として他のホームより格段に長く作られており、滅多に使用されることはなかった。

 ところが、今日、この15番ホームが多くの少年少女と家族連れで溢れており、数多くの軽便鉄道が連結され「軍用列車」となってホームに横付けされている。

 軍用列車の最後尾の車両近くに一組の家族がいた。

 真新しい士官候補生の制服を着た金髪碧眼の少年は、目の前に立つ職人風の男オットーに凛として告げた。

「養父さん、ありがとう。行ってきます」

 小綺麗に切り揃えた金髪。端正な顔立ちに誇り高い高貴な眼差し。

 大人の階段を登り始めた息子を自分の元から送り出す父親オットーは真っ直ぐにその顔を見つめた。

「おう。ラインハルト。お前はオレの自慢の息子だ。努力はしても、無理はするなよ」

 その傍らにはラインハルトと同じ制服を着た栗毛の少女がいた。

「うううぅ。お父さーん。今までありがとう」

「ティナ。泣くんじゃねぇ。晴れの門出だっていうのに湿っぽくなるだろ」

 ティナは父親のオットーの胸にしがみついて泣きじゃくる。

 父親の、職人のいかつい手で頭を撫でられティナは泣き止んだ。

「二人とも、体には気をつけてね」

 父親の後ろから姉が微笑みながらラインハルトとティナに語りかけた。

 ホームの喧騒の中、駅員が声を張り上げる。

「軍用列車、まもなく発車します!!」




 ラインハルトには幼い頃の記憶は無く、工事現場の橋の下で養父であるオットーに拾われて育てられた。

 純粋に「家族と故郷を守る軍人になりたい」との想いから、徴兵の際に志願して士官学校へ進学した。

 帝国から共和国に変わっても徴兵制は引き継がれた。

 そして学業成績が優秀な者しか士官学校へ進学することはできなかった。

 軍隊では一兵卒より士官のほうが高給であり待遇が良く、戦場でも生き残れる可能性が高かった。

 士官学校へ進学できるという事自体が本人とその家族にとって、名誉なことであった。






 剣と魔法の中世と、スチームパンクな魔法科学が芽吹き始めたファンタジー世界。

 アスカニア大陸最強の軍事大国バレンシュテット帝国は、暴力革命により崩壊。

 反乱軍は革命政府の樹立を宣言した。

 革命政府は奴隷貿易と麻薬取引、人身売買を解禁。

 パワーバランスが崩れ、ディストピアと化したアスカニア大陸は各地に戦火が広がり、ここに動乱の時代の始まりを告げる。



 暴力革命から7年。

 物語はここから始まる。

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