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愛の詩

  
  
「桃ってすごく甘いんだね。初めて食べた」
 両手に一個ずつ持った大ぶりの桃を交互に貪り、手のひらから腕に伝う汁を肘の先で滴らせながら晶乃は嬉しそうに笑った。
 箱詰めの高級な桃は自分たちで買ったものでなく、この屋敷に来た時、すでにテーブルに置かれていたものだ。
 もちろん俺たちのために用意された物じゃない。
「そんなもんじゃなく、金が欲しかったんだけどな――」
 大きな屋敷のわりにまとまった現金がなく、溜息をつく俺に、
「これでも充分だよ、ありがと」
 晶乃が本当に嬉しそうに笑う。
 その笑顔に泣きそうになり、涙が零れないよう上を向いた。
 泣いてる場合じゃない。こいつをもっともっと愛で満たしてやらなければ。
 今まで家族から与えられなかった分を、命が残っている間に――
「桃ならまだあるから、もっともっと食え」
「え~、そんなに食べれないよ」
 晶乃がまた笑った。
 ぽたぽたと伝い落ちる汁が、晶乃の足元にうつむいて倒れている女の、血塗れの背中に滲み込んでいく。
 食べれないよと言いながら、最後の一個まで食い散らかして、晶乃はぴくりとも動かない女の背中に向かって「ごちそうさま」と手を合わせた。
「じゃ行こうか」
 座って晶乃を眺めていた俺は、これも血濡れで横たわる屋敷の(あるじ)の出っ張った腹から尻を上げた。
 次こそもっと金のある家を。
 できれば晶乃の病気を治せるほどの大金を手に入れてみせる。
 そう心に誓い、俺は晶乃の手を取って屋敷を出た。
 空に浮かぶ満月の澄んだ月明かりが、俺たち二人を静かに照らしていた。

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