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ひまわりは芽を出さない

夜が明け、通学の時が来た。
相変わらず両足の自由が効かないのだが俺の心は晴れやかだ。
そう、昨日という1日で俺の人生が変わったからだ。
やっと…、やっと俺という人間が陽の目を見ることになったのだ。
こんなに嬉しいことはない。
昨日はその変化に付いていけなかったが、今日からは心機一転、覚悟を決めたからな。
本当の意味での今世紀最大最後のプレイボーイの生き様というものを見せてやろう。
そうさ、俺をよく見るのだ。
そして俺を感じてみろよ。

話はそれからだ…

玄関を出るとそこにはパリスがいた。

「なんでお前がそこにいる?
栗栖はどうした?」

俺の問い掛けにパリスはいつもの薄笑いを浮かべ、

「栗栖は今日、体調が悪くてシロタンの介助が出来ないから、代わりにやってくれって連絡があったから来たよ。」

昨日、あんな事があったからか?
それも仕方がない。
あの仕打ちは栗栖の心を打ち砕いたことだろう。
しかしなぁ…、よりによってパリスかよ。
仕方ない、パリスで妥協しておくか…

「わかった。
パリス、今日は頼むからな。」

パリスは笑みを浮かべると俺の背後に回り、車椅子を押し始めた。

ここで栗栖なら予め、コーラやアイスクリームを買ってあるのだが、パリスにはそんな気遣いをする頭はない。
それならバス停へ行く途中にam/pmがある、そこで何か調達することにしよう。

am/pmに差し掛かり、パリスに指示を出し車椅子を駐車スペースに停車させる。

「パリスよ。
プリングルスの大きいやつと、コーラの2リットル二本とハーゲンダッツを買ってきてくれ。」

「わかった。」

パリスは店内へ小走りで入っていく。

俺が駐車場で待っていると何人もの通行人が俺の存在に気づく。
スマホで撮る者、俺に手を振る者、近寄って来て握手を求めてくる者、一緒に撮影を求めてくる者と様々だ。
やはり俺は有名人なのか…
まだ実感が湧かないのだが、短時間でこの様は俺のカリスマ性の高さ故に為せる業ってやつだ。
やっと世間が俺に追いついたのだろう…

数分もしないうちにパリスが戻ってきた。
コンビニ袋を俺に差し、それを受け取ると中を確認する。
言いつけ通りだ。

「ご苦労さん。」

俺は財布を取り出し、百円玉をパリスへ差し出す。

「百円でいいよな。」

パリスは若干戸惑ったような表情を浮かべる。
しかし大事なことなのでもう一度言う。

「百円でいいよな。」

二回目は強めに言った。
パリスは仕方ないとでも言いたそうに百円玉を受け取った。

そうだ、俺にとっての買い物ってやつは、いつ如何なる時も時価なのだ。
そのさり気なさが俺のやり方。
今世紀最大最後のプレイボーイことシロタン、かく語りきよ…

そんな中、とてつもなく長い黒塗りの車が隣の駐車スペースに入ってきた。
リムジンってやつなのはわかるが、だとしても長い。長過ぎる。

その後部座席の窓がゆっくりと開いた。

「やっと見つけた。
これから高校へ行くのかしら?」

リムジンの後部座席から顔を出したのは黒薔薇婦人だった。

「黒薔薇婦人…
そうだが、何か用か?」

「何か用か?って、
なんて冷たい言い方なのかしら。」

黒薔薇婦人の芝居じみた言い回しに、派手な顔立ちを目一杯動かし大袈裟なぐらいに表現したかの様な悲しげな表情。
まるで舞台の上の芝居を見ているようだ。
昨晩は闇の中だったのだが、この白日の下、その美貌は鮮烈な別の何かに見える。

「それはいいとして高校まで送っていくから、そのついでにドライブはどうかしら?」

今度は大袈裟なぐらいの笑みを浮かべた。
俺に断る理由はない。
しかし何と返事していいのかわからない。
俺はろくに異性と関わったことがないうえに、黒薔薇婦人の様な浮世離れした人間と関わったこともないから余計に対処に困るのだ。

「ああ、いいだろう。」

俺のやっとの思いで出した言葉に黒薔薇婦人は笑った。

「素気ない返事。いいから乗って。」

その一言の後、リムジンの運転席のドアが開き、運転手が小走りに俺の元へ来た。
その運転手の顔を見て驚いた。

「ジージョさん?」

同じ高校の一学年上の先輩である通称、ジージョさんだったのだ。
ジージョさんはブラックファミリーではないのだが、ファミリーの面々ともごく近しい人だ。
そのジージョさんが濃紺の背広に身を包みリムジンの運転手をしているなんて、どういう事なのか。

「ジージョさん、こんなところで何をしてるんですか?」

俺の問い掛けをジージョさんは無視している。
リムジンの後部座席のドアを開け、手慣れた仕草で車椅子をリムジンに近づけて、俺をリムジンの座席へと移乗させる。
素早く迷いの無い動作だ。
ジージョさんと言えば全てにおいて緩慢、穏やかさを絵に描いたような人なのだが、性癖だけは凶悪…
まぁ、それはいいとしてそんなジージョさんのこの仕事っぷりは意外の一言だ。

移乗と安全を指差しで確認後、ジージョさんはドアを閉じた。
視線を車内へ移すと、テーブルを挟んで向かい合う形で黒薔薇婦人が座っていた。
昨晩の黒尽くめの装いから一転、今日は真っ黄色だ。
リムジンの黒い革張りの高級そうな座席と、同じく黒革張りの内装が黄色さを眩しいぐらいに引き立てている。

「今日は黒薔薇ではなく、ひまわりといったところか…」

俺のその一言に黒薔薇婦人は例の大袈裟で芝居じみた笑みを浮かべ、

「貴方にはこれがわかるのね!
そう、私は薔薇よりもひまわりが好き!」

ひまわりか…
俺にとって憂鬱なものの一つだ。
小学生の時、学校で植物の栽培をした経験があるだろう。
それぞれ植木鉢を与えられ、種だの球根を植え毎日水をやる、これは理科の授業だったか。
当時、俺はひまわりの栽培をやることとなり、種を植え毎日水やりをしたのだがな、

俺のだけ芽が出ない。

毎日、水をやっても俺の鉢だけ何の変化もない。
皆のひまわりが咲き誇っているのに俺のだけ芽さえも出ない。
不審に思い植木鉢を掘り起こしたら、

種を抜かれていた…

そう、チューリップの時は球根を抜かれていたのだ。
その時以来、俺は植物栽培とは無縁さ…

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