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50、二者択一


「面白いこと言うね。僕は誰の駒なのさ?」

 ぶわっと、強く風が吹いた。
 アリツィアの背後から、大広間に向けて。
 花たちが一斉に揺れる。
 石造りの城の中、扉も開けていないのに風が吹き荒れるわけがない。

「魔力保持協会です」

 また風が強くなった。
 カミルが吹かせているのだ。

「理由は?」
「カミル様は、魔力保持協会に大切にされていません。それが理由です」

 カミルは片眉を上げた。

「それだけで僕を駒呼ばわりするって言うの?」

 また、風。
 アリツィアは臆さない。
 乱れた髪を手で押さえる。

「カミル様が言われたことに意義を持って、行動されているなら駒ではありません。でもそうではないご様子。ラウラ様との婚約も。カミル様、結婚は大事な方とするものです」

 カミルの表情がどんどん硬くなる。

「政略結婚なら政略結婚で、そこにどんな利があるかわかっているはずです。あなたにはそれがない。知らせる必要がないと思われているのではありませんか?」

 カミルが幼いのは、友達を作る暇がなかったことに加えて、誰も成長に手を貸してくれなかったことも大きな要因だろう。
 
 ーー行き当たりばったり。思いつきで行動。でも寂しがりや。

「失礼を承知で申し上げますわ。魔力保持協会は、カミル様の魔力以外の面を大切にしてくださらなかったのでは?」
 
 カミルは目を見開いた。

「そんなの……」

 ぼんっ!
 
 ひときわ大きな音がして、風が吹き込んだ。
 イヴォナの周りの花が飛んでしまわないか心配になったが、どれも頑張って根を張ってくれているようだ。

「そんなの当たり前じゃないか!」

 ばん! ばん!

 立て続けに大きな音を立てて、あちこちの扉の蝶番が外れた。風圧に負けたようだ。

「だって僕の価値は魔力だろ? 僕は魔力保持協会に生かされているんだ」

 その声に悲痛さはなかった。
 当然のことなのになぜわかってくれないかと、もどかしさだけが込められていた。
 それゆえ、聞いている方の胸は痛んだ。

「それをわたくしに言いますの?」

 痛んだからこそ、アリツィアは両足を踏ん張って叫んだ。

「魔力なしのわたくしは、こうやってちゃんと生きてますわ! イヴォナも!」

 アリツィアはイヴォナの生命力の塊である花々を見る。
 一輪一輪、輝くように咲いている。 

「ご両親と小さい頃に離れて、そう思うのも仕方ないかもしれませんがーー」

 修力院に入る魔力使いは、幼い頃に親元を離されると聞いた。魔力が有り余るゆえに寂しい思いをしてきたのではないか。
 そう思ったアリツィアだったが、カミルは勝ち誇ったように首を振った。

「両親も家族も僕にはいないよ。というか、魔力使いたちは全員そんなものいない」
「そうなのですか?」

 天涯孤独な身の上でなければ魔力使いになれないのだろうか。
 しかし、カミルの答えはアリツィアの予想を超えていた。

「記憶を消されるんだ」

 カミルは人差し指で自分の頭を指した。

「魔力が強くて、見込みのある子どもは、修力院に入るとき、記憶を消される。親のことも、本当の名前も知らない」

 そして笑った。

「でもそれでよかったよ。魔力使いになれたんだから。親なんていらない。記憶なんて邪魔なだけだ。そうだろ?」

 風がふいに止まった。

 ーー記憶を消される? 魔力使いになるために? 

 『魔力保持協会は人間らしい生活をあえてしないことで魔力を高めさせる』

 ミロスワフがいつか言っていたことを思い出す。
 だが、記憶を消すと言うのは、それ以上のことではないだろうか。
 それではまるで。

「駒ですら、ありませんわ……」

 アリツィアの声は掠れていた。なぜか涙が出そうになった。必死でこらえてカミルを見上げる。

「人形ですわ、それ」

 カミルは、グイッとアリツィアの手首を掴んだ。

「痛っ」

 それは思った以上に力が込められており、アリツィアは小さく声を上げた。カミルは何も言わずに灰色の目でアリツィアを見つめて、そして離した。手首にうっすらと赤い跡が残った。

「アリツィア、選んでよ、ふたつにひとつ」

 アリツィアは返事をせず、眉だけ寄せた。

「ここで死ぬか、魔力のあるふりをして僕と生きるか、ふたつにひとつ、選んで」

 アリツィアは淡々と聞いた。

「わたくしを殺しますの?」
「殺したくはないよ。でもそうしろって言われているんだ」
「魔力保持協会に? やっぱり人形じゃありませんの」

 不思議と怖くはなかった。目の前の魔力使いが、哀れに思えた。
 同情などしている場合ではないとわかってはいたが。それでも。

「魔力保持協会は君を欲しがっているんだ。君かイヴォナか、両方でもいいんだけど、なんとか説得して君だけにしてもらった」
「欲しがるとはどういう意味ですの?」
「魔力の増える札、知ってるでしょ?」
「もちろん」
「あれ、はっきり言って嘘っぱちなんだよ」

 わかってはいたが、魔力使いに堂々と言われるとは思っていなかった。

「じゃあ、どうしてそんなものを作ったんですの?」
「さあ。こんなにみんなが文句を言うとは思ってなかったんじゃないかな」

 アリツィアはミロスワフが言ったことを思い出していた。

 ーー時代が変わったから?
 
 魔力保持協会の権威が薄れてきたのか。

「だから君の出番だよ。魔力なしで貴族の君が、あの札を手に入れてから魔力が使えるようになったと言えば、魔力保持協会にとって大きな宣伝になる。君が言えばみんな信じるからね。正直者のクリヴァフ家のアリツィア」
「嫌ですわ、そんなこと」
「どうして? 魔力持ちになれるチャンスだよ」

 アリツィアは眉をひそめた。が、カミルは気付いていない。

「心配しなくても、僕が全部カバーする。アリツィアのそばにいつもいて、アリツィアが魔力を使っているように見せかけてあげる。そのために婚約破棄してもらったんだよ」

 不自然な婚約破棄の強要は、そのためだったのか。アリツィアはようやく合点がいった。

「断る理由ないでしょ? 魔力がある生活ができるんだよ? 二者択一じゃない、一石二鳥だ」

 カミルはアリツィアが従うことになんの疑問も抱いていないようだった。

「君はもう魔力が使えないことで悔しい思いはしない。僕は次のクリャートンだからね。意地を張るなよ、魔力なしなんてつまんないだろ? さあ、僕と一緒に、魔力のあるふりをしよう」

 カミルは、ぱちん、と指を鳴らした。ふわり、と寝台のイヴォナが眠ったまま浮いた。

「それとも正直に生きて、ここであっという間に死ぬ? イヴォナも見殺しになるよ」

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