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14、井戸の魔力使い

 その井戸は、アリツィアが知っているどの井戸とも違った。
 井戸と言えば石で出来ていて、垂直に穴が開いてるものだと思っていたが、これは斜めに穴が伸びているのだ。しかも滑りやすい。
 つるつるした滑りやすい素材で傾斜がついたものに放り込まれたアリツィアは、何が起こっているのかわからずに叫んだ。

「きゃあーーー!」
「ひゅーー!」

 自分の体が勝手に滑っていく感覚が楽しいのか、カミルの声は弾んでいた。
 
「なんですの、これ……」
「ただの近道だよ。はい、立って」

 やっと底に着いたと思ったら、人が立てるほどの横穴があり、そこから光が見えた。

 ーー井戸の底に光?

 不思議に思いながらもカミルの後をついて、光の方に歩くとーー。

「外だわ……」

 気付いたらアリツィアは、見たことのない木が立ち並ぶ林の中に立っていた。明るかったのは月の光だ。もう夜なのね、とアリツィアが振り返ると井戸が無くなっていた。

「消えましたわ!?」

 カミルが何でもないことのように答えた。

「ってわけでもない。あるけど見えないようにしてるだけ」
「はぁあ」
「なんだその声」
「魔力ってすごいのだなあって思いまして。ご存じのように、うちは魔力とは無縁な生活を送ってきましたので」

 カミルはそれには答えなかった。
 林の中に一本の道があり、カミルは勝手知ったる様子で進む。慌ててついていく。

 ーー王都でこんな場所、見たことありませんわ。どなたかの領地なのでしょうけど……いったいどなたの。

 月明かりがあるとは言え、夜の山道はあまり歩きたいものではない。アリツィアはカミルの背中に話しかけた。

「あの、そもそも渦の出口をもう少しずらしておけば、こんなに歩かずにすむのではありません?」
「それだとあの井戸、楽しめないじゃん」
「そういうものですか?」
「楽しいものいっぱいある人にはわかんないかな」

 そんなことない、と言おうとしてためらった。若手でありながら大魔力使い(クリャートン)に一番近いということは、いろんなものを犠牲にして努力したのかもしれないと思ったのだ。例えば、個人の楽しみなどを。
 
「入れば」

 と、いつの間にか小さな小屋の前に着いていた。壁や屋根に曲線が多い、不思議な外観の小屋だった。

「ここ、もしかして」
「僕の家」

 カミルに続いて中に入る。掃除があまり得意でないのか、ホコリがたまっているが、それなりに部屋数の多そうな家だった。

「部屋は余ってるから適当に使って。物は触らないで」

 アリツィアに指示を出してから、カミルは独り言のように呟いた。

「……あー、もう、なんでこうなるかな」

 アリツィアは笑った。

「なんだよ?」
「やっぱり、と思いまして。あなた、本当はわたくしをさらうつもりなんかなかったのですね?」

 カミルは近くにあった木の椅子にどかっと座った。

「そうだよ! 普通の女はああいうこと言われたら、べそべそ泣くんだよ! あんた、怖くなかったの?」
 アリツィアは即答する。

「だって、泣いたりしたらあなたの狙い通りだったでしょ?」

 カミルは呆気に取られた顔をした。

「わかってたのか」
「わたくしをさらってもなにも利はありませんもの。でもーー」

 アリツィアはカミルを見つめる。

「わたくしが怖がって泣いたりしたら、あなたがミロスワフ様を脅す材料になると思いましたの。あなたの狙いは最初からミロスワフ様なんですから。あの人の足を引っ張るくらいなら、渦にだって飛び込みますわ」

 カミルは肩をすくめた。

「あんた本当に魔力はないけど、頭は悪くないんだね」
「あなたがわかりやす過ぎるんですわ。というか、今までもこんなふうに突発的に行動して怒られてきたのでは?」

 ばつが悪い顔をしてカミルは黙り込む。アリツィアは笑って付け足す。

「でも、確かにわたくしも少々、無茶をしたと思ってますわ。魔力のすごさを知らないからこそ飛び込めたというか……むしろ井戸の方が怖かったですわ。井戸なら、飛び込むとどうなるか、ということを知ってますもの」
「……知らないから怖いってこともあるだろ」
「ええ。でも、渦に関しては、あなたも一緒に飛び込むつもりみたいでしたから、そんなに悪いとこにはいかないだろうな、と思ってました」
「頭悪くないを通り越して、かわいくないな、あんた」
「あなたにかわいいと思われなくても結構ですわ」
「あーもう、早く寝ろ!」
「わかりました。あちらの部屋を借りますわね……そうだカミル様」
「なんだよ?!」

 アリツィアはさっきの井戸を思い出して言った。

「あなたの二つ名、“井戸の魔力使い”というのはどうかしら?」
「唐突だな! しかもダサいし、長い!」
「いいと思ったんですけど……おやすみなさいませ」
「……うん」

 借りた部屋の寝具の寝心地は、悪くなかった。アリツィアはいつのまにか、そのままの格好で眠っていた。

 

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