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13、ここではないどこか

 カミル達がいなくなった途端、渦は消え、魔力による煙もかき消すようなくなった。
 人々は徐々に意識を取り戻したが、舞踏会は中止となった。誰も怪我はなかった。
 ただアリツィアがいなくなっただけ。
 爆発音は、サンミエスク公爵家が老朽化して起きたものであり、至急建物の点検を要する上に、そのショックでサンミエスク公爵夫人の体調が崩れてしまった。誠に残念だが、舞踏会は中止とする。建物の安全が確認でき、さらに公爵夫人の体調が回復したら、改めて舞踏会にご招待する。
 それだけのことをさっと説明できるサンミエスク公爵は、さすがの風格だった。招待客たちそれぞれの内心はわからないが、ひとまずは納得した顔にさせ、スムーズに解散させた。
 誰もいなくなったがらんとしたホールで、イヴォナとミロスワフが、公爵夫妻とスワヴォミルに自分たちの目の前で起こったことの詳細を説明した。

「謝罪などいらん!」

 話を聞いていたスワヴォミルは、ついに大声を出した。

「私が知りたいのは、娘が、アリツィアがどこへ行ったかだ! 今無事なのか、どうしているのか、それだけだ!」
「お父様、落ち着いて」
「……誠に申し訳ありません。私がアリツィアを守り切れなかったばかりに」

 興奮した父をイヴォナが宥め、幾度となく下げた頭を、ミロスワフがまた下げる。
 
「だから謝罪は聞き飽きたと言っているだろう!」

 叫びに叫んだスワヴォミルの声が、唐突に掠れた。

「……わかるか? 妻を亡くしてから、娘達だけが私の生きる喜びであり、光だった。そのおかげで私はまた起き上がれるようになった。もう一度失うことなど……私には考えられない。こんなことなら無理に社交界に出ろなんて言わなければよかった。そうしたら巻き込まれずに済んだのに……アリツィア……」
「お父様……」

 横にいたサンミエスク公爵夫人がスワヴォミルの前に出る。体調が悪くなったというのはもちろん嘘だ。公爵夫人は再び、深々と頭を下げた。

「伯爵様の悲しみになんと言葉をかけていいのかわかりません。この責任は我が息子ミロスワフがきっちり取らせていただきますーーそうよね?」
「はい。アリツィアを必ずこの手に取り戻してみせます」

 スワヴォミルはギョロリとした目でミロスワフを睨んだ。

「ーーお前だったとはな」
「は?」
「アリツィアに思う相手がいることは、それとなくわかっていた。社交界に顔を出さない娘がどうやって知り合ったのか不思議だったが、時折、花が咲いたような笑みを見せることがあったから。相手が誰でも、アリツィアが連れてくる男なら認めてやろうと思っていた。だがーー」

 スワヴォミルは両手を天井に掲げて叫んだ。

「もし、アリツィアに髪の毛一本でも傷が付いていたら、私は君を許さない! 君との結婚も許さない!」

 スワヴォミルの言葉と共に、天井の羽が一斉に落ちてきた。怒りとともにスワヴォミルの魔力が発動されたのだ。羽は、吹雪のように舞いながら、時間をかけて床に落ちる。
 その中で、ミロスワフはスワヴォミルから目を反らさず答えた。

「伯爵様の思いとは比べ物にならないかもしれませんが、私も、アリツィアと出会ってからの四年間、アリツィア以外の伴侶など考えられず過ごしてきました。必ず、アリツィアの無事な姿を伯爵様にお見せすること、約束します」

          ‡

 同じ頃、別の場所にて。

「井戸?」

 渦から出てきたアリツィアは、森の中で古井戸を覗き込んでいた。

「ここに入るの? 嫌ですわ」
「嫌とかじゃないんだよ」
「だってかなり深そうだしーーきゃっ!」

 カミルはアリツィアの背中を押して井戸に滑り込ませ、自分も飛び込んだ。

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