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濃縮した納豆臭と伊達男

軽く自己紹介しておこう。
俺の名は風間詩郎。
通称、シロタン。
シロタンのタンは片仮名、痰ではないからな。
そこを間違えないように。

性別は男、年齢は17歳、埼玉県の某市に在住のわりと普通の高校生だ。
しかし、わりと普通と言ったが俺の価値観的には普通だ。
普通なんてものは人の数だけある。
君の普通が俺の普通とは限らない。
その逆も然り、ってやつだ。

俺は高校生だからな。
週にだいたい五日は通学をしている。
学校での生活は毎日毎日、同じことの繰り返しでうんざりだ。
とくに通学ってやつにはうんざりしている。

今日もいつものように夜が明け、いつものように通学の時が来た。

家を出てバス停留所へ向かう。
俺はいつもバスで通学しているのだが、そのバスの車内ってのが厄介だ。
俺は高校への通学途中のバスの車内で女学生、(他校も含む)からの熱視線を浴びる。
それも一人や二人ではないからな。
そのせいかバスの車内が妙に暑い。
冬でも俺だけ汗だくになる。
え?それは俺の体型がスヌーピーを実写化したみたいだからだとっ⁉︎
俺は体型のことを人からよく誤解をされるのだが、これは脂肪じゃない。
全て筋肉だからな。
筋肉であることを証明して欲しいのであれば、実際に俺を物陰から見てみろ。
そして俺を感じてみろ。

話はそれからだ…

少々話が脱線したな。
俺がそこまで女学生達の熱視線を集めるのは何故か?
それは俺の二枚目っぷり、伊達男っぷりが抜きん出ているからだろう。
しかしそんなものは俺にしてみたら普通。
そうさ…
普通なんてそんなもんだ。

通学時のバスの車内ではもう一つ厄介なことがある。
これは俺が女学生達の熱視線で汗だくになることよりも厄介だ。
それは何か。

パリスだ。

パリスってのは俺の高校の同じクラスの同級生。
このパリスって奴が同じバスに乗り合わせると地獄。
パリスがバスの席を確保すると周囲から人が離れる。
その様はまるでモーゼの十戒。
人が離れる原因はパリスの足から放たれる強烈な臭気だ。
その臭気は納豆臭を濃縮、強烈にしたやつと大便を混ぜコンクリートミキサーに掛けて吐き出されたかのような混沌。
その臭気の強烈さはパリスを中心にして半径2メートルは離れないと鼻がいかれる上に脳が痒くなってくるからな。
こいつは危険だ
パリス一人いるだけで異臭騒ぎになる…

まぁパリスがちゃんと靴を履いていれば異臭騒ぎにはならないのだがな。

しかし何故なんだろうな。
電車や映画館や飲食店等、椅子があってそれに腰掛けると靴を脱ぎたがる奴が必ずいる。
もしかして靴を脱ぎたがる奴らってのは裸足で歌っちゃってる歌手を意識してるのかしら?

その靴を脱ぎたがる奴ほど足が臭いから迷惑なことこの上ない。
しかも臭い奴ほど汚い白靴下を履いてやがる。

いいか?下着類における白に汚れは許さない。
白い下着を綺麗に着用することは紳士の嗜み。
シロタン、かく語りきよ…

若干、話が脱線したな…
公衆の面前で靴を脱ぎたがる奴らにしてみたら、その靴を脱ぐってのが普通の行為なんだろうよ。
しかしその普通の行為ってやつが他人に不快感を与えることがある。
靴を脱ぐのは足が蒸れてるから乾かしたいのかもしれない。
人工的な環境に馴染めない自然派を気取りたいのかもしれない。
しかし、だからといって足の悪臭を撒き散らしていいわけではない。

そんなことを考えながらバス停に着くと、数分でバスが来て、乗車用のドアが開いた。

その刹那、俺は気付いた。

奴がいる。

パリスがこのバスに乗っている。
パリスの足臭の前ではマスクなんて全く意味が無い。
不織布を突き抜け鼻腔を越え、脳を直接刺激するかのような悪臭に耐えながら俺はバスに乗り込んだ。

案の定、パリスは靴を脱ぎ、バスのシートに腰掛けていた。
パリスがバスの中央付近の席に着いていたものだから、乗客がバスの前方と後方に寄っている。
そんな乗客らを掻き分け、パリスに近づき、

「おい、パリス!」

語気を強めにして声を掛けるとパリスは俺に視線を送り、

「おはよう、シロタン。」

と返してきた。
その表情には何の悪びれた様子もなく、薄ら笑いさえ浮かべてやがる。
こいつはいつもこの調子だ。
どこかのぼせたような雰囲気にいつもしっとりしてるがツヤの無い、若干ウェーブのかかった髪からは皮脂の嫌な臭いが漂い、生白い顔色に面長でありながらも鼻は短い特徴ある顔。
いつものパリスだ。
身長は俺と同じぐらいで中肉中背、しかし何故かケツだけデカい。
しかもやたらと身体にフィットしたズボンを穿きたがるせいで、そのデカいケツをいつも強調してて不快だ。
さり気ない不快感を具現化した男、それがパリスという男だ。

そうだ、大事な事を忘れていた。
パリスがパリスたる所以でありパリスという異名の由来になったものがある。
それは胸に大きく書かれたPARISのロゴ入りTシャツだ。
パリスはいついかなる状況においてもこのPARISのロゴ入りTシャツを着ているのだ。
それはもちろんのこと今日もだ。
高校の制服であるブレザーの下はPARIS Tシャツだ。

それよりもだ、この悪臭には耐えられず

「おい、パリス!貴様は靴を履け‼︎」

俺のその言葉でやっと気付いたかのようにパリスは靴を履いた。

パリスは自分の足が臭いという自覚はあるようだ。
しかしその悪臭による被害を実感していないのだ。
だから一々靴を脱ぐ。
俺はパリスに何度靴を履けと言ったことか。
時には鉄拳制裁を加えたこともある。
それでもパリスは行動を改めないのだ。

そんな中、パリスが口を開き、

「シロタン、太った?太った?」

この瞬間、俺の腑は煮えくり返った。
太った?と一度でいいものを何故二回も繰り返すのか?
大事なことだから二回言ったとでも言うのか?

「貴様っ!これは脂肪ではなく筋肉だと何度言ったらわかるんだっ!」

と叫んでいた。
バスの車内は俺の怒号に静まり返る。
しかしパリスは全く意に介さず、いつもの薄ら笑いを浮かべてやがる。
パリスを傷付けたい衝動に駆られ、渾身の力を込めた右の拳をパリスの顔面センターに叩き込む。

奴は鼻血を流しながらも、まだ薄ら笑いを浮かべてやがる。

許せねぇ、許せねぇ…
パリスの野郎、二度と薄ら笑いを浮かべられないようにこいつの心を踏み躙ってやるっ!
まず俺は両手で奴のTシャツの首元を掴む。
このままパリスのPARIS Tシャツを引き裂き、細長く細長〜〜く伸ばして端を奴のケツの穴へ突っ込み、それを奴の口から出す。
パリスのパリスであるアイデンティティを蹂躙してやる…

と腕に力を込めた時、誰かが俺を背後から抑え、

「シロタン、この辺にしておこう。ここはバスの中だ。」

声の主の方へ振り返ると俺を背後から押さえている奴と声の主が別なことに気付いた。
声の主は俺を抑えている奴の後に立っていた。
そいつの名はクロ。
俺と同じ高校で同じ学年の同じクラス、そして同じ派閥の領袖。
クロの俺を見つめる眼差しは真っ直ぐ過ぎて視線を合わせるのが躊躇われる。

何故か?
こいつのこういった仕草は一々芝居臭くて見ている俺が恥ずかしくなってくるのだ。
クロという男は何かと正義や常識的なものを振りかざしてくるが、この男の本質はクズだ。
人目に付くところでのみ、良い格好をしたがる。
努力家のふりをした怠惰の塊であることを俺は知っている。

「そうだよ、シロタン。乱暴はよくないよ。」

俺を背後から抑えてる奴が声を発した。
この声から判断すると、こいつは栗栖だ。
この栗栖って奴も同じ高校の同じクラスの同じ派閥のメンバー。
いつもズボンを極端に腰穿きしてて半ケツを晒しているのが目印だ。

「シロタン、乱暴はやめよう。」

抑揚のない言葉がこの場に割り込んできた。
感情というものを感じさせない話し方には聞き覚えがある。
糞平か?
クロの横に布団を担いだ男が現れた。
やはり糞平だった。
この糞平という男も同じ派閥のメンバーだ。

糞平に続いて、高梨、榎本、妻殴り、の姿が見えた。
俺が所属する派閥、ブラックファミリーのメンバー総揃いってことか。

まぁ、このバスに乗り遅れると遅刻するからな。
どいつもこいつもギリギリに登校する奴らってことだ。

バスが停留所でもないのに停車した。

「お客さん、暴れたいなら降りて!」

バス運転手の怒号が車内放送を通じて鳴り響いた。

「すいません!もう解決しました!」

それに反応したクロが運転手に向かって言う。
その直後、鼓膜が破れるぐらいの轟音がした。
その轟音は衝撃を伴い俺の身体は宙に浮く。
再びの轟音と衝撃の瞬間、俺は重力を失い視界が目まぐるしく回転した後、俺は闇の中へ飲み込まれていった。

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