バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

マリーはレクイエムを唄う

点と線がつながらない。現場百遍というが物的証拠がざっくざく出てる。容疑者も証言もわんさとそろった。そしてミステリーは小説を超えて現在進行形だ。
とにかく応援を頼む。屋敷が裏山に呑まれて類焼が広がってる。街の消防団員が土砂に埋もれた。重機も救急隊員もたりない。それから…。

爆音を最後にノイズが延々と続いている。警察署長は頭を抱えた。山一つ隔てた隣町に応援を出したら途端に全滅だ。その間にも緊急通報が鳴り響く。
ベテランや腕利きは惜しまず派遣した。残っているのは新人のマリー。警察学校をぎりぎりで卒業したばかりだ。
「あのう…署長」
眉間を揉んでいると鳶色の瞳が心配そうに覗き込む。配属された初日から危険にさらすわけにいかない。署長は連絡調整役という閑職をあてがおうとした。指揮系統は稼働中だ。すると新米刑事は身を乗り出した。
「私、真犯人がわかりました」
いきなりこれだ。署長は片手をあげて制止した。新米はそうやってすぐでしゃばる。そもそも事件かどうかもわからない。町はずれの山に突如として爆発が起こり半径百メートルの大穴が開いた。衝撃と山火事で甚大な被害が出た。周辺自治体の警察や消防が総動員され生存者の捜索と救出を行っている。署に応援要請があり捜査員や鑑識課員まで駆り出された。爆発に関与したとほのめかす者がおり。数名がこれはテロであると自白した。半信半疑のまま家宅捜索すると犯行声明や共謀を示す履歴が山の様に出てきた。目撃情報もある。深夜の酒場でひそひそ話を聞いた。近く大きな出来事が起きると。そして若干名が出頭した。隣町の警察では自首を扱いあぐねている。ミサイル攻撃を住民が誘致するなど考えられない。明白な事実は地主である成田家の敷地で何かが爆発したことだけだ。とにかく出てくるわ出てくるわ物的証拠、自白調書、目撃情報、協力者の供述、家族に説得されて自首、犯行予告、計画書、関与をほのめかすブログ。
成田家と縁がありそうでなさそうな容疑者が続々と挙がった。
爆発事故が起きた漏油町《ろうゆちょう》のほぼ三人に一人が成田家の関係者だった。町長、助役、教育長、議員、商店主、主婦、老人、学生、サラリーマン。成田家がどんな商売をしているかなど知らないし興味もないが親戚がいるかもしれない。
成田家から最も近い民家が爆発現場に一番近い。そこに成田家長男、次男夫婦、娘が住んでいた。その家は木造二階建てで三軒ほどが建ち並ぶ住宅地の端にある。一階の窓はすべて破壊され屋根にも大穴が開いていた。
二階の住人は難を逃れたものの一階にいた住人が行方不明になった。爆発現場から約八百メートル離れている。警察は近隣の民家を中心に聞き込みを行った。だが爆発があった時刻、全員が自宅にいて何の音も聞いていないと答えた。近所で火事も起きていない。
しかし、それは嘘だと署長は睨んでいた。
被害者が自宅にいたと主張した時間は午後十一時五十五分から午前零時までの三十五分間。犯人たちはその時間にアリバイがない。つまり共犯者の可能性が高く動機は怨恨か金銭トラブルか。あるいはテロを未然に防いだ英雄になりたいのか。いずれにしろ犯人候補は二十名を超えている。
捜査陣には時間がなかった。このままでは犯人の特定が間に合わない。
現場保存のために野次馬を追い払い、警察官が道路封鎖をして検問を張った。だが容疑者が多すぎて身動きが取れない。署長は苦肉の策を取った。爆発地点から最も近い民家の住民を任意同行させ取り調べる。もし爆弾の在処を示すような証言が得られれば即逮捕だ。署員の半数は爆発現場に向かったまま不在のため人手不足も深刻だ。
署長は鳶色の瞳に問いかけた。
本当に犯人がわかっているのか?
「はい」
マリーは緊張気味にうなずいた。
「なぜ、わかる?」
「簡単な推理です。これはテロじゃないからです。これだけ大規模な被害。自然災害に決まってます。TNT火薬に換算して何万トンもの爆発です。とても人間の力で起こせるレベルじゃありません。仮にそうだとして大量の爆弾をどこから運び込みます? お金もかかるでしょう。加えて爆弾の破片すら見つからないのに証言者がゾロゾロ出てくる。誰かが災害を隠蔽しようとしてると思いませんか。犯人は成田家ではないのですか。漏油町を開発したのは成田家でしたね。地質調査などで大きな災害が起きることは分かってたはずです。それを隠して分譲した。購入する側も事故物件だと割り切って買った。そして何か起きればテロリストの仕業にするよう成田家と口裏合わせできていたのではないですか」
署長は頭の中で情報を整理した。漏油町の歴史はそう古くない。戦前、炭坑が栄えて栄えた時期もあったらしいが閉山後は寂れた町だ。それでもこのあたりでは一番賑やかな繁華街がある。
「……そう考える根拠はあるのか?」
「まず、この一帯の地主が成田家という特殊な家系であること。さらに事件が成田家の敷地で起こったこと。それから……」
マリーは視線を落とし、しばらく沈黙した。
署長は首を傾げた。
どうかしたか。
「ウルフムーンというハンドルネームを聞いたことはありませんか? 最近、オカルト系のSNSを賑わしている少女で奇行を投稿しているのです」
「マリー。わしはインターネットなどせんのだ。そのウルフムーンとやらは魔法でも使うのかね」
「そうです」
「からかっているのかね? マリー」
署長が部屋を出て行こうとした矢先、パソコンが起動した。



モニターに小さなウィンドウが開く。画面の中央に見覚えのある顔が現れた。黒いおかっぱ頭に白い肌。赤い唇に漆黒の瞳。幼い女の子のようだ。
「ごきげんよう。皆様。わたしはマリー。あなた方がマリーと呼ぶ者の本体です。これからこの動画をご覧ください」



「そう…これはアメリカ開拓団の呪いなの」
赤茶けた奇岩の陰に白い半月が浮かんでいる。それがすっと縦に閉じ原色の生地に隠された。カラフルで鮮やかなブラウス、スカート、ベールからなるインドのサリーに似た衣装だ。斜線と正方形を組み合わせた独特の刺繍が民族の上品さと伝統を感じさせる。彼女の胸と腰を覆う化繊は別として布地の縫製は丁寧で自然由来だ。
彼女は漏油町を照らすもう一つの月に言い聞かせた。
「ウルフムーンの名に恥じない働きをしてちょうだい」
今夜の満月には特別な名前が冠せられている。彼女の祖先は太陰暦を活用していた。月ごとに別称をあたえて生活単位とした。
二月はオオカミにとって恋のシーズンであるが飢えたオスが増える時期でもある。彼らはその前に繁殖の準備に取り掛かるのだが厳冬期は餌が少ない。それで空腹のストレスを遠吠えで発散する。乾燥して清んだ空気はクリアな音質を保つ。一族は危険を避ける生活の知恵を月に記した。これが由来だ。
そしてもう一つ。ウルフムーンにはスピリチュアルな力が備わっている。
激しい自己主張だ。

「アメリカ開拓団の呪いのせいよ」
彼女は前髪をかきあげ指に絡みついたブロンドを夜風に流した。変化が始まっている。やがて風が強まるとハラハラと豊かな長髪を吹き飛ばしていく。
「あら、まあ、もう、いやだわ」
風下に身を潜め抜け始めた爪を地面に振り落とす。既に二の腕ははちきれんばかりだ。スカートのホックが縫い糸ごと外れた。
「もう、成田家が悪いのよ」
満月は透き通った天空を貫いて彼女の内面を照らし出す。
過疎地に農婦の跡取り娘として生まれ婿養子を迎えるにふさわしい教育を施されてきた。しかし今月今夜の月がいつわりの生活に刺激を与えた。予兆は前夜からあった。得体の知れないソワソワ感が無意識にスマートフォンを操った。見たことのない設定画面を開き親しか知らぬパスワードを打ち込んだ。携帯会社のペアレンタルロックやクレジット会社の二段階認証も突破し親名義でコスプレ衣装を購入した。当日配達便の受取先を学校近くのコンビニに指定し個室を借りた。セーラー服とスカートはゴミ箱に突っ込んだ。学校帰りの友人に丈の短い裾と内面を見られたが気にせず駅の階段を駆け上がった。そしてスマホ決済で漏油町駅まで乗った。
ウルフムーンは自身の個性や人となりを暴き活用する自己判断を促す。そしていつわりの人生を反省させあるがままに生きる高貴を教えるのだ。彼女は包み隠さぬ本領を発揮した。それを邪魔してい薄っぺらな公衆道徳が悲鳴をあげ、散り散りになる。彼女は四つん這いになり自己発見の喜びを放送した。
すると遠くの地平線がかあっと明るくなった。隣町の高層マンションがかすんでいる。それがみるみる火球に吞まれ影が横倒しになる。地図上では道路を隔てて工場がある。連鎖反応がひろがっていく。
彼女は裏返ったハーフパッドを踏んで我に返った。
「やっちゃった!」
岩場にはとりどりの破片が点在している。そして馬の尾みたいなひと房も。辛うじて表面張力に勝利した一枚だけが身に食い込んでいる。それもよれよれでいつまでもつかわからない。そしてもっと悲惨なことになっているのは東洋人の色を取り戻した肌だ。頭のてっぺんからつま先まで新陳代謝が完了している。真の自分を取り戻しはしたが社会は公序良俗の仮面をおしつけるのだ。
「あー。どうしよー」
彼女は胸元よりすっかり寂しくなってしまった頭を抱えた。獣毛が身体を離れる。寒風が肌に突き刺さる。
「どうやって帰ろう」
唇を紫色に染め丸まるようにして座った。そしてハタと気づいた。
「あたしのスマホ!」
それは地面を転がり落ちて谷底で緊急避難速報を繰り返していた。漏油町周辺に異常乾燥警報を告げている。
「学校の制服、捨てるんじゃなかった」
後の祭りである。姿なき声に逆らえないまま儀式に突き進んだ。そこに自由意志が介在する余地はない。「ぜんぶアメリカ開拓団の呪いが悪いのよ」
彼女はどんどん低下する体温をどう補うか考えた。あの雄たけびは体力を消耗するらしく再び姿を取り戻す余力はない。四つん這いであれば逃げることもできるのに。真の自己発見とは死出の旅を急ぐことだったのか。わからない。すべてアメリカ開拓団の呪いがわるいのだ。あの後でどうすればよいのか自分に答えなければ生きていけない。
日本を思いながら狼女は谷底で落ち込んでいた。
考えても思考が前に進まずループする。そのうち身体の芯まで冷えはじめ、ホメオスタシスが叫びを呼び覚ました。もう一度、天に吠える。
今度は若い人間の女。悲鳴を聞けば通りすがりが助けてくれるだろう。「痴漢に襲われた」といえばいい。あとは警察が何とかしてくれる。
「そんな邪なことはダメよ」
いつの間にか満月《セレン》が降臨していた。「じゃあ、貴女が助けてよ」
狼女はムッとする。
「ごめん、今は駄目だわ」
満月は唇に親指と人差し指を当てていたが狼女は目を閉じた。
しかしそれは叶わない。
「アメリカ開拓団の呪いが発動する時はやさしさを取り戻せばいいわ」 彼女は指を鳴らした。
「え…」
「貴方の顔を見たらどうかしら、あなたの魂を呼び起こしてみる、貴方の中の魂よ」 彼女は私に姿を見せてくれたかのように微笑んだ。
「貴方は確かアメリカ開拓団の呪いを受けて、それを解かれたら自分を取り戻すという目的を果たしたのでしょ、でも」 彼女は少し考えるようにして問いかけた。
その時の私は何を考えていたのだろう、と狼女は疑問に思った。
「…私も呪いを受けなかったらここを出ていくわ」
狼女は満月に向かって言った。
「ええ、呪いあるじゃない」 満月は顔に微笑を浮かべた。
彼女は自分の意志で立ち上がった。
「私の生きたいように生きるわ」
「今は呪いが解けるか解けないかの二択を選んでどうするの?」 満月は微笑んだ。
「自分の思い通りに生きようと思えば、人はどんな選択も選択で選ぶの何とかなるよ」
「そう、例えば私なら死ぬ選択をしてからでいいといえばそうかもしれないと思うけど」 満月の言葉には棘があった。
「何のこと」
狼女は答えられなかった、これまでの自分を振り払うように。
「私は死ぬと、呪いが解けるかもしれないけど呪いの方は解けてない。だから呪い解けなくても大丈夫という判断をする。今はただ前に進んでいるだけよ、私にとってはこれほど頼りない状況じゃないよ」 満月は微笑んだ。
「そう、呪いが解けなくても大丈夫。自分でも気づけない、まだわからない、いや、気づけるのが怖い」
「呪いが終わるまでは、君は誰にも頼らない。わたしの隣で隣にいた君になんて声もかけないで」
そう言って満月は笑った。
「大丈夫、大丈夫。わたしは大丈夫だ呪いは終わる」
「本当ですか」
「本当だよ。君の言葉、君の言い方、わたしは知ってる」
笑って満月は言った。
満月は今生きているのだろうか、狼女は、本当にそうなのかもしれないのだろうか。
「私はこのまま、ずっとここに居たい。どうしてこんな気持ちになるのかわからないけど、もしこんな気持ちになることがあるのなら、教えて欲しいな」 そう言って、月は狼女の前に進み出た。あの後でどうすればよいのか自分に答えなければ生きていけない。
日本を思いながら狼女は谷底で落ち込んでいた。
考えても思考が前に進まずループする。そのうち身体の芯まで冷えはじめ、ホメオスタシスが叫びを呼び覚ました。もう一度、天に吠える。
今度は若い人間の女。悲鳴を聞けば通りすがりが助けてくれるだろう。「痴漢に襲われた」といえばいい。あとは警察が何とかしてくれる。
「そんな邪なことはダメよ」
いつの間にか満月《セレン》が降臨していた。「じゃあ、貴女が助けてよ」
狼女はムッとする。
「ごめん、今は駄目だわ」
満月は唇に親指と人差し指を当てていたが狼女は目を閉じた。
しかしそれは叶わない。
「アメリカ開拓団の呪いが発動する時はやさしさを取り戻せばいいわ」 彼女は指を鳴らした。
「え…」
「貴方の顔を見たらどうかしら、あなたの魂を呼び起こしてみる、貴方の中の魂よ」 彼女は私に姿を見せてくれたかのように微笑んだ。
「貴方は確かアメリカ開拓団の呪いを受けて、それを解かれたら自分を取り戻すという目的を果たしたのでしょ、でも」 彼女は少し考えるようにして問いかけた。
その時の私は何を考えていたのだろう、と狼女は疑問に思った。
「…私も呪いを受けなかったらここを出ていくわ」
狼女は満月に向かって言った。
「ええ、呪いあるじゃない」 満月は顔に微笑を浮かべた。
彼女は自分の意志で立ち上がった。
「私の生きたいように生きるわ」
「今は呪いが解けるか解けないかの二択を選んでどうするの?」 満月は微笑んだ。
「自分の思い通りに生きようと思えば、人はどんな選択も選択で選ぶの何とかなるよ」
「そう、例えば私なら死ぬ選択をしてからでいいといえばそうかもしれないと思うけど」 満月の言葉には棘があった。
「何のこと」
狼女は答えられなかった、これまでの自分を振り払うように。
「私は死ぬと、呪いが解けるかもしれないけど呪いの方は解けてない。だから呪い解けなくても大丈夫という判断をする。今はただ前に進んでいるだけよ、私にとってはこれほど頼りない状況じゃないよ」 満月は微笑んだ。

ここで動画は終わった。
ウルフムーンを名乗る動画主は言う。「ご覧になった映像は私の姉です。成田家は女系でだいだい婿養子を迎え入れてきました。先ほどの映像のように成田家の女には毛深くなる特異体質かあるからです。それを改めようと成田家の先祖はだいだい新しい血を入れようと画策しました。だから婿養子を取るのです。それでも生まれてくる子は変わりませんでした。私は幼いころ成田家から養子に出されました。裕福な養父母に恵まれ、いろいろな治療を施された結果、普通の人間に戻れました。しかし姉は成田家の跡取りとして残りました。そして満月の夜に狼女に変身しているのです。この動画は昨夜いきなり私のスマホに送られてきました。どうしたの?と聞くと姉は『これが最後だから』と言って一方的に切りました。そして町のあちこちが爆発したのです。姉とは連絡がとれていません」
そして動画の再生数が増えていく中、コメント欄がざわめきはじめた。
――まさか、あの事件。
――いや、あり得ない。偶然だろ。
――じゃあ、何の為に撮ったんだ。
――誰かが合成したんじゃないか。
「姉は、成田紫乃は、何かを伝えようとしているのではないでしょうか」
動画主に同情のコメントが集まっていった。
だが、
「そうね、彼女は伝えようとしていた」
突然、画面が真っ暗になり声が響いた。それは聞き覚えのある女性の声だった。
「貴方は誰ですか」
「貴方の味方よ」
声は答えた。
「私は成田家の者だ」
続いて低い男性の声が聞こえてきた。
その瞬間、部屋の扉が蹴破られるように開いた。
入ってきたのはスーツ姿の屈強な男たちだ。全員拳銃を構えている。
男の一人はタブレットを持っていた。
「何事ですか!」
女性が叫んだ。
「成田紫穂さんですね」
「ええ、そうですよ」
「一緒に来ていただきます」
男が銃口を向けて言った。
「えっ、ちょっと待ってください。何で私が逮捕されないといけないんですか」
「あなたが犯人でしょう」
別の男が答えた。
「違いますよ」
「証拠は挙がっているんですよ」
男にそう言われて、私はタブレットに映し出された映像を観る。するとそこには見慣れた顔があった。
「何で私を逮捕しようとするの」
私は大きく手を広げて言う。
「貴女があの化け物と通じているからだ」
「だから私は知らない」
男は苛立った様子で言う。
「いい加減にしろ!貴様は自分が何を言っているのか分かっているのか」
「はい、分かりません」
私は笑顔で答えた。
「おい、こいつを連れ出せ」
「嫌よ、私は無実よ」
「黙れ、お前はもう包囲されている」
「どうしてよ、何の証拠があって」
「さっき自分で証言していただろう」
「私はただ、あの子の言葉を伝えただけよ」
「うるさい、連行しろ」
私は引きずられながら必死に抵抗する。
「私は無関係よ、放してよ」
「連れていけ」私は助けを求める。
「助けて、お願い」
「無駄だ、諦めろ」
「いやああああ」
「どうしよう、私も捕まるのかな」
狼女は頭を抱えた。
「安心しなさい、わたしが守ってあげる」
満月(セレン)が現れていた。狼女の背中に手を当て優しくなでる。
しかし狼女は首を振った。私のせいで巻き込んでしまった。私がいなければ。
「違うわ、わたしは自分の意思できたの、君を助けたくてここにいるの」
「ありがとう」狼女は涙を拭き微笑んだ。
「だから泣かないで、大丈夫だから」
「うん」
「でも、このままだと君は警察に連れて行かれるよ」
満月が困ったように眉根を寄せて狼女に聞いた。
「大丈夫、逃げられるよ」
「どうやって」
満月は狼女の顔を見る。
「君が狼女になれるなら」
狼女は首を振る。
「だめ、変身できない」
「うーん、そう」
「どうすれば……」
「あ、そうそう、君が変身したらわたしも狼女になって君と行動を共にするわ」
「え、できるの」
「やってみないと分からないけど」
満月は自信があるようだった。狼女は彼女を信じることにした。
「分かったわ、やってみる」
満月は目を閉じた。彼女の身体が光に包まれた。光が消え、そこに現れたのは黒いドレスを着た満月だった。
「すごい」狼女は驚く。
満月の姿が変わった。まるで月の化身だ。月が地上に降りてきた。
「君も変身してみて」
「はい」
狼女は目を閉じた。全身に鳥肌が立つ。身体が燃えるような熱さを感じた。「あれ……」「どうしたの」
満月は狼女の変化に気付いた。
「何だか、力が抜けるの」
狼女はふらつきながら立ち上がる。身体の違和感に戸惑いを覚えた。自分の身体を触る。いつもと同じはずだ。しかし身体に妙なしびれがありうまく動かすことができない。「身体が動かない」
満月は狼女を抱きかかえた。「しっかり」
狼女は力を振り絞って満月に言う。「私を離さないで」
満月は狼女を抱いて階段を駆け下りていく。
屋敷内は静まり返っていた。「誰もいないの」
満月は叫ぶ。
「分からないわ」
狼女は満月の胸の中で答えた。「どこに行こう」
満月は周囲を見渡した。
「裏山に行きましょう」
満月は答えた。
二人は玄関の方に走っていく。「ダメよ、外は危ないわ」
狼女は言った。
「そうね、私に任せて」
満月は玄関に向かうと鍵を開けようとする。
「待って、今ならまだ間に合うから」
狼女は満月の腕を掴んだ。
「でも」
「早くしないと、もう時間が」
「でも、私は……」
満月はうつむく。
「大丈夫だから、ね」
狼女は満月の肩に手を回し抱きしめた。
「でも」満月は不安げにつぶやく。
狼女は満月の手を引き歩き出す。廊下に出た途端、目の前に人影が現れた。「きゃっ」
狼女は悲鳴をあげた。「えっ、お姉ちゃん?」
「紫穂、どうして」満月が驚きの声をあげる。
「紫穂さん、これはどういうことですか」
刑事は拳銃を構えた。
「違います、私はやっていません」
狼女は声を張り上げた。
「あなたが成田紫穂だな」
満月は答えない。
「おい、どうしたんだ」
刑事は満月の様子に気づいた。「お前、何者なんだ」
満月は答えない。
「この人は私の姉の満月です」
狼女は声を絞り出した。
「何を言っているんだ」
「本当です、姉は人間です」
「そうか、君は共犯者か?」
「違います、私は姉と一緒に暮らしていただけです」
「そんな言い訳が通用すると思うか」
その時、満月が動いた。
「貴方たちこそ誰なの」
満月は狼女の前に立ちふさがり両手を広げた。「なにいってるんだ、我々は警察だ」
「じゃあ、なんで拳銃を持っているの」
「お前たちは何者だ」
「この子はわたしの妹です。貴方たちが何をしているのか知りません」
「姉妹そろって化け物か」
刑事が言った。「この子は何もしていません、だから帰してください」
「ふざけるな!」刑事が怒鳴る。
「どうして怒っているんですか」
「それは……」
「貴方たち、いったい何がしたいの」
満月が問いかける。その口調は冷たかった。まるで相手を軽蔑しているようだ。だが満月が怒って当然だ。妹を捕まえに来た奴らに優しくしてやる義理はない。しかもこの連中は紫穂に銃を突きつけているのだ。紫穂が捕まれば自分も無事では済まない。「お前が犯人だ」
「いい加減にしてください」
満月は毅然とした態度で言う。
「いい加減にするのはお前の方だ」
「私も被害者ですよ」
「証拠はある」
「だから、私も事件の一部だと言っているんです」
「証拠もなしに人を犯人扱いするとはひどいですね」
「お前の証言で犯行が可能だったことが判明したんだよ」
「私は犯人ではありません」
「そうよ、私は無実よ、私はあの子に頼まれただけよ、だから私も被害者なのよ」
狼女も訴える。「うるさい、黙れ!」
刑事が怒鳴る。「貴方たちには常識がないの」
満月が言った。「何だと」
「あの子が言ってたわ、人間は他人を信じるのが怖いって、でも信じてほしいとも言っていたわ」
「何をバカなことを」
「私はあの子を助けてあげたいの、だから私はあの子に協力したのよ」
「だから、何を言っているんだ」
「いい加減にしろ!」
満月は叫んだ。彼女は一歩前に出ると両腕を広げる。「あの子の気持ちが分からないなんて可哀想ね」「お前の方がどうかしているぞ」
「どうしてあの子を信じてあげないの、どうして自分の思い通りにしようとしないのよ」「うるさい、貴様も一緒に連れて行くぞ」「いいわよ、来なさいよ」満月は笑みを浮かべた。
その時、満月の目が大きく見開かれた。瞳孔の奥に赤い光が見える。次の瞬間、満月から衝撃波のような波動が発生して周囲を吹き飛ばした。「うおおおっ……」
「きゃあああっ……」
刑事は吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。狼女は床に倒れた。満月は倒れてうずくまる。満月は必死に立ち上がろうとするが身体が言う事を聞かない。狼女は這うようにして満月の側に行く。「大丈夫?」
満月はうなずいた。
「ううっ……」
狼女は身体が焼けるように熱いのを感じた。狼女は自分が変身しようとしているのが分かった。変身してはいけない。変身するな。心の中で自分に言い聞かせる。しかし身体が言う事を聞いてくれない。
狼女は変身を始めた。身体が徐々に大きくなっていく。毛並みが変化していく。骨格が変わり筋肉が隆起する。口や鼻、耳の形状が変化する。変身が止まると狼女は立ち上がった。満月はその姿に見覚えがあった。「やっぱり君は狼女だったのね」
満月は微笑むと身体を起こした。そして狼女を抱き寄せる。
「ありがとう、でも変身しちゃだめだよ」
満月の言葉に狼女は涙を流す。「でも、私はあなたの敵になってしまったのよ」
「そんなこと気にしていないよ」
満月は狼女の背中を優しく撫でる。
「ごめんね、こんなことに巻き込んでしまって」
「ううん、わたしは君が居てくれればそれでいいの」
満月は狼女の手を握る。「ありがとう」満月は狼女を見つめた。
「ねえ、わたしはどうなるの」狼女は満月に尋ねる。
「君はまだ何も悪いことはしていないよ」
「そうかしら」
狼女は自嘲気味に言った。「君を逮捕したのは私の判断ミスだ」
「そうなの」
「そうよ、だから君には何の責任もないのよ」
「私のせいで町があんなことになっているのよね」
「君のせいじゃないよ」
「でも……」
「君は巻き込まれただけだから」
「それって……」
「君はこの事件に関係ないってこと」
「そう……」
「君が犯人じゃないって証明できれば釈放されるはずだから」
「本当?」
「大丈夫、きっと何とかしてみせるから」
「よかった……」
狼女は安堵の表情を見せる。
「さあ、ここから逃げよう」
満月は狼女の手を引いた。狼女は立ち上がると玄関に向かって歩き出す。
「ちょっと待って」
満月は刑事に声を掛ける。「なんだい」刑事は振り返った。満月は刑事の方に駆け寄る。満月は刑事を抱きしめると顔を引き寄せキスをした。
突然の事に刑事は驚く。だが満月が唇を離すと我に返った。
満月は狼女を連れて裏山に向かう。刑事も後を追った。満月は裏山に入ると、木々の間を通っていった。
狼女は不安げに満月を見る。満月は狼女に笑顔を向けた。
やがて二人は裏山を抜け崖に出た。満月は狼女の手を引くと岩壁を登っていく。狼女は驚いているが満月に従って登っていく。二人は断崖絶壁の上に出た。満月は手すりに手を掛け、狼女は下を見て息を呑む。満月は手招きすると狼女を呼んだ。狼女は満月の隣に立った。満月は狼女に向き直り両手で頬を挟む。満月の顔が狼女に近づいていく。満月は狼女にキスをする。狼女は驚いたが目を閉じ受け入れた。しばらくして二人は離れる。
狼女は真っ赤になっていた。満月は狼女の手を取る。
その時、後ろから声が聞こえてきた。
満月は振り向く。刑事が立っていた。
刑事は無言で二人に近づく。
満月は刑事の方を見た。刑事の目は怒りで満ちていた。刑事は拳銃を構える。満月は両手を広げた。
狼女は叫ぶ。
狼女が叫んだ途端、狼女の姿が変化した。髪が伸びると銀色に変わる。目が赤く染まり爪が伸びて牙が生え、口が裂け、手足が変形し、尻尾が生えた。狼女は姿を変え、獣人になる。満月は驚き、後ろに下がる。刑事は満月の腕を掴み引き寄せた。
狼女は一瞬で間合いを詰め、刑事の拳銃を持つ腕に噛みついた。刑事は痛みのあまり拳銃を落とす。その隙に狼女は刑事から離れる。続いてもう一方の手で落ちた拳銃を掴む。
刑事は苦痛に歪んだ顔で狼女を見ると銃口を向けようとする。だが間に合わない。狼女は既に引き金を引いていた。刑事の胸に銃弾を受ける。刑事は仰向けに倒れる。胸からは血が流れ出していた。狼女は刑事を見下ろす。刑事は何も言わない。狼女の目から涙が零れる。
その時、満月が近寄ってきた。満月は何も言わずに狼女の肩を抱く。満月の目からも涙が流れていた。
狼女は再び人間の姿に戻る。満月は狼女を立たせた。
満月は狼女を抱き寄せた。狼女は満月の身体に手を回す。満月は狼女を強く抱き締める。二人の身体が触れ合う。満月は狼女に囁いた。しばらく二人は抱き合っていた。
狼女は満月から離れ、その場にしゃがみ込む。
満月は狼女の側に寄り添う。
狼女は満月の手を握った。
その時、屋敷の方からサイレンの音が聞こえてきた。パトカーが到着したようだ。
警官たちがやってきた。その中には成田もいる。
狼女は立ち上がり、満月から離れた。
満月は狼女に言った。
成田は二人のところにやってきた。
満月は狼女に視線を向ける。
狼女は成田の方を振り向いた。
狼女は成田に告げた。あなたとはもう会えないわね。
狼女は微笑んだ。
満月は刑事の死体の前に立った。刑事は胸を撃ち抜かれて死んでいた。
刑事の近くには凶器の銃が落ちている。その側には拳銃が入ったホルスターもあった。
刑事を殺したのは私だわ。私が殺したのよ。私が悪いのよ。ごめんなさい。許してください……。刑事を撃った時の感触がまだ残っている。手が震える。自分がやったことを思い出しただけで吐き気がする。でも私は悪くないわよ。悪いのはあいつらだわよ。私は……
狼女は膝をついて泣き崩れた。
満月は狼女に駆け寄る。満月は狼女を優しく抱きしめた。
狼女は泣いた。泣いて、泣いて、泣いて、涙を流しつくしてもまだ泣けた。狼女は泣き続けた。
満月は狼女に話しかける。
君は悪くないよ。君は被害者だから。
狼女は泣きながら首を横に振る。違う、私は加害者よ。私のせいで人が一人死んだのよ。私は許されないことをしてしまったのよ。満月は狼女の頭を撫でる。
狼女は満月の胸に顔をうずめた。
満月は狼女の身体をそっと抱きしめた。
満月の目にも涙が浮かんでいる。
刑事は死んだ。あの男は死ぬべきだったのだ。あの男は自分の罪を認めず、反省もせず、言い訳ばかりして、自分の罪を他人に押し付けて、自分が正義だと思い込み、他人の気持ちなど考えず、自分が正しいと思い込んでいた。そして、その結果がこれだ。彼は無責任な発言を繰り返し、多くの人の心を傷つけ、大勢の人を不幸にした。満月は狼女を離すと、刑事に近づいた。満月は死体を見下ろし、刑事の身体に触れた。
満月は刑事の身体を揺さぶる。
起きてよ。ねえ、起きてよ。お願いだから。満月は必死に呼びかける。
刑事さん、ねえ、起きてよ。ねえってば。
満月は何度も呼び掛けるが返事はない。
満月は地面に座り込んだ。
刑事は死んでしまったのか。満月の心に悲しみが広がっていく。満月は立ち上がろうとするが足に力が入らない。満月は手で地面を叩きつける。
どうして、こんなことに。私は誰も傷つけたくないのに。
私のせいよ。全部、私のせいでこうなったのよ。
満月の心の中で何かが崩れていく。「君のせいではないだろう」
満月の後ろから声が聞こえる。振り返ると成田がいた。
満月は立ち上がった。「貴方は……」満月は呟く。
「私だよ」
満月の目に映ったのは成田の顔だった。「私だよ」
そこに立っていたのは成田だった。
「なんでここに」
「君のことが心配で見に来たんだよ」成田の声だ。「大丈夫かい」成田は尋ねる。「はい」満月は答える。「怪我はなかったかい」さらに尋ねる。「ありません」今度ははっきりと答えた。「良かった」成田は大きく息を吐き出す。「ところでこの人を知っているかい」と刑事の死体を指した。「はい」「名前はわかるかな」「たしか田中刑事とか……」
「そうそう、その人だ」と相槌を打つ。「それでどうだい」と尋ねた。「わかりません」と満月は答えた。
「そう」と残念そうに俯く。
満月は気まずそうに下を向いていた。
「ところで」と満月は言うと顔を上げた。「これはどういうことですか」と質問する。「どういうことって」
「何が起きているんですか」と満月は刑事の死体を指差して尋ねる。
「見ての通りだけど……」
満月の目から大粒の涙が溢れ出す。満月は泣き出した。嗚咽を漏らし、しゃくり上げ、涙を流す。満月の目から溢れる涙は止まることがない。満月は両手で顔を覆った。
やがて落ち着いた満月が口を開く。
狼女、狼女のことで頭がいっぱいで、頭の中が混乱しているので、今、何を言えばいいのかわからなくて、狼女を助けようと夢中で、ただ、それだけを考えていたのですけど、今は状況がわかっていて、目の前で、誰かが、その、殺されたという、この状況は、とても、耐えられそうになくって、狼女、あの狼女のことを思い浮かべたら、また、涙が出て、悲しくて、怖くて、辛くて、悔しくて、自分が情けなくなって、何もかも投げ出して逃げ出したくなりました。
でも逃げたら駄目です。逃げることはできません。そんなことをしたらもっと酷いことになると思います。それに、狼女が、狼女が、あの狼女が、あんな風になってしまったのは、私が、あの時、狼女を抱きしめたから、狼女は、私が抱きしめたから、ああなって、それで、その、私が、狼女を、その、殺したようなもので、だから、私が、狼女を、助けないといけなくて、だって、他に誰がいるの、誰もいないじゃない、他の人に迷惑をかけるわけにはいかないし、だから、私が、なんとかしないと、私がなんとかしないといけないので、でも、どうやって、どうすればいいのでしょう。私は、私は……。満月の口からは言葉にならない声が漏れる。
満月は泣いていた。狼女のために泣いていた。狼女が泣いているように感じていた。
満月は両手を握りしめる。
満月は深呼吸をすると成田の方を見た。満月は口を開いた。
満月は刑事の死体の前に立つ。満月は刑事の死体を見下ろす。刑事の死体は胸を撃ち抜かれていた。
満月は刑事の死体に触れる。冷たかった。刑事はもう生きていない。
刑事の胸に耳を当てる。心臓の音は聞こえない。
刑事の首に手を当てて脈を測る。首の皮膚の下に血管を感じない。
刑事は死んでいた。間違いなく死んでいた。
満月は立ち上がり刑事の死体から離れる。
満月は狼女の方を見る。狼女は刑事の死体を見ていた。満月は狼女に駆け寄る。
満月は狼女の肩を掴んだ。
狼女は満月の手を振り払う。
狼女は満月に背中を向けた。
狼女は走り去ろうとした。
満月は狼女の手首を掴む。狼女は立ち止まった。
満月は狼女を抱き寄せる。
満月は狼女を強く抱き締めた。
狼女は何も言わない。
満月は狼女の頭を撫でた。
満月は狼女の身体から離れる。その時だった。山全体が揺れ始めた。
「地震だわ」
満月は叫んだ。
大地が揺れる音が大きくなっていく。
屋敷の方から爆発音が聞こえた。屋敷が爆発しているのだ。満月は振り返る。屋敷の屋根から炎が立ち昇っていた。屋敷は轟々と燃え盛っている。火柱が空高く伸びていった。その光景を見て成田は言った。屋敷の周辺にある木々も火災に呑み込まれようとしている。このままでは山火事になるだろう。一刻も早く避難しなくてはならない。消防車を呼ぶために電話ボックスを探しに行く必要がある。屋敷にいた使用人たちの安否も確認しなくてはならないな。そして何より大切なのは狼女君の行方だ。彼女はどこに行ったんだ。
成田は満月に声をかけようとするが満月の表情を見るとその言葉を呑み込んだ。満月は狼女をじっと見つめている。狼女は目を閉じている。狼女は動かなかった。狼女を揺さぶるが反応がない。満月の頭の中に嫌な考えが広がる。満月の背筋に冷たい汗が流れる。満月はもう一度、狼女を揺さぶる。狼女の反応はない。
狼女を揺さぶる。すると口からコロンと歯が転がり出た。犬歯が一本折れている。これは形見にしてくれという遺志なのか。いや、そうではない。これは何か意味があるはずだ。
満月は狼女の顎を持ち上げて口を開けさせた。口の中を確認するが虫歯はなかった。舌を引っ張り出せば何かわかるかもしれない。しかしそれは出来なかった。満月はその手を止めた。
何か理由があるはずなのだが……。満月は必死に考える。
私は何か忘れている。何か重要なことを見逃している。考えろ、思い出せ、きっと何かあるはずだ。
満月の脳裏に一つの映像が浮かび上がる。満月の身体が震える。満月は狼女の身体を抱きしめた。
狼女の身体が熱を帯びていく。
満月は強く願う。
私の命と引き換えにしてもいい。
どうか、この人を……
私の願いを聞いてください! お願いします! 狼女を救って下さい! お願いします!! 満月の身体が発光する。眩い光が満月を包み込む。
満月の身体から放たれた光の渦は空へ、天へと昇っていく。そして天空の彼方で収束した。満月は地面に膝をつく。満月の身体がふらつく。満月は地面の上に倒れた。
満月の身体が溶けていく。満月の姿は人間から狼女へと変貌していく。
満月の全身が灰色の毛で覆われた。顔の形が変わっていく。鼻先が前に突き出た。鋭い牙が生えた。爪が伸びていく。手脚が長くなった。手足に毛が生えた。筋肉質に変化した。
満月の瞳から輝きが失われていく。満月の目から生気が抜けていく。目が虚ろになっていた。満月の意識は消えかけていた。それでも満月は必死になって思考を巡らせる。
私にできることはこれだけ。これが最後のチャンスです。どうか、どうか神様、お願いです。この人を助けてください。
満月の目の前に一人の男が立っていた。男は満月に声を掛ける。満月の視界はぼやけていた。男の輪郭しかわからない。だがその男からは凄まじい力を感じることができた。この人は誰なんだろう。どうして私を助けてくれるのだろう。この人は何者なのだろうか。そんなことを考えていた時、満月の脳裏に一人の少女の顔が思い浮かぶ。少女の名前は狼女といった。狼女が満月の心の中で囁く。
ありがとう。これでいいのよ。
満月は狼女の言葉を信じた。
狼女は笑みを浮かべた。狼女は満足そうに息を引き取った。
――そうだったのか。
満月は理解した。
――私には最初からこの結末が見えていたのだ。
満月は心の底から安堵していた。
私はこの人のことが好きだった。ずっと一緒にいたかった。でも、それが叶わないことはわかっていた。私が狼女として生まれてきたのはこのためだったのだと知った。
満月の意識が薄れていく。
もうすぐ消える。
その直前、狼女が呟く声を聞いた。ありがとうございます。そう言いながら狼女は涙を流した。私はこの人が大好きです。愛しています。
満月の目の前に狼女が現れた。
狼女が満月に微笑む。
狼女は満月の頬に触れて涙を流す。
狼女の目から大粒の涙が零れ落ちる。狼女の目から溢れる涙は止まらない。
狼女は泣き出した。嗚咽を漏らし、しゃくり上げ、涙を流す。
満月の身体が光に包まれる。
満月の身体から強い光が溢れ出した。
その瞬間、屋敷が吹き飛んだ。爆発が起きた。爆風で屋敷の一部が破壊された。
屋敷の外に避難していた人々は悲鳴を上げた。
屋敷があった場所を中心に炎が広がっていった。
「なんだ、一体、何が起きているんだ」
成田は叫んだ。
屋敷が炎に包まれた。轟々と炎が上がる。
「まずいな……」
成田は額に冷や汗を流した。
屋敷の周辺に植えられていた木にも炎が燃え移った。
成田は消防車を呼びに行こうとする。その時、成田の目に信じられないものが飛び込んできた。屋敷が破壊され、その残骸の中から巨大な生物が出てきたのだ。成田は叫ぶ。「おい! あれを見てくれ!」
狼女がいた場所に黒いドレスを着た満月《セレン》が立っている。満月は満月に向かって吠えた。狼女の遠吠えに似た叫び声が周囲に響き渡る。満月は狼女を抱きかかえた。
満月の身体が発光する。満月の身体が狼女と同じ姿に変化していった。
狼女の身体が燃え始める。狼女の肉体が灰になりつつあった。
満月の身体も燃えていた。満月は自分の身体が焼ける痛みに耐えた。満月の身体から煙が立ち昇る。
満月の身体が燃え尽きようとしていた。
「助けないと」
成田は叫んだ。
だが何もできなかった。
満月は狼女の身体を抱きしめる。そして二人は消滅した。
二人の魂はこの世に留まることができなかった。
そして世界の終わりが始まった―――
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。また、特定の思想を推奨するものではありません。
『第3章』終わり
第4章に続く ……
『第4章:The end of the beginning 1話』
【プロローグ】
『始まりの始まり』
―1―
【第一話:Age0001~2045年】
西暦3000年を超えた現代において、人類は繁栄を極めていた。科学技術の進歩により人々の生活水準は飛躍的に向上し、科学技術によって生み出された超常現象は日常のものとなっていた。
世界の人口は100億人を超えており、全人類の約90%が何らかの超能力を有していた。
ある者は空を飛び、ある者は念動力で物を動かした。ある者は他人に姿を変え、ある者は他人の心を読めるようになった。ある者は自分の身体を炎に変える事ができた。ある者は他人の怪我を癒す事ができ、ある者は他人に幻覚を見せる事が出来た。
人々は超能力を当たり前のものとして受け入れていた。
だが、そんな社会の中でも人々を脅かす存在がいる。
彼らは『悪魔』、『魔女』『魔物』などと呼ばれ、人々に恐れられていた。
彼らの存在が明らかになったのは2000年代に入ってからだ。世界各地で正体不明の怪物が出現し始めたのである。それは人を食らい、街を破壊し、多くの人々の命を奪った。
ある日、その中の一匹『成田山彦左衛門』が進化した。彼は時空を自在に往来できるタイム魔物になった。そして未来へ赴き、過去の出来事を知る事で、これから起こる悲劇を回避しようとした。
しかし、それは失敗に終わった。
彼が過去に干渉した結果、歴史が大きく改変された。その結果、本来死ぬはずだった人間が死ななかった。代わりに死んだはずの人間が死んだ。その犠牲の上に生まれた新たな歴史は、もはや彼の知るものとは大きくかけ離れていた。
成田山は悩んだ末、元の歴史に戻る事を決断する。それは彼にとって苦渋の選択だった。なぜなら、一度改変した過去を元に戻す事は出来なかったからである。
それからというもの、彼の戦いは続いた。
戦いの最中で、彼は多くの仲間を失った。一人の科学者が立ち上がった。
成田山彦左衛門に夫を殺された満月セレンである。セレンは執念の研究を続け遂に対抗策を編み出した。それは満月の力を借りて狼女に変身することだ。成田山彦左衛門は狼に弱い。満月は狼女となり、時の歪みを修正した。
こうして、この世界の平和は守られたのであった。
―2―
『第二話:Age0002~2040年』
西暦2500年を超えた現在、日本は鎖国状態にあった。他国との交流を一切遮断し、国内だけで経済を発展させ、独自の文化を築いた。
これはある事件がきっかけで、諸外国に対して不信感を抱くようになったためである。
この物語の主人公、成田満月もその一人だ。
満月は幼い頃、両親を亡くしている。当時、満月は十歳だった。満月は親戚の家に引き取られたが、そこで酷い扱いを受けた。満月は心に深い傷を負ってしまった。
満月は他人との関わりを避け、部屋に閉じこもり続けた。そんな満月を心配して、満月の叔母が引き取ったのが、満月の父親の弟夫婦である成田家だ。満月は成田家に馴染めず、高校入学を機に一人暮らしを始めた。
満月は孤独だった。
満月は誰にも頼らず生きてきた。
満月は孤独だった。
満月は寂しかった。
満月は満たされる事がなかった。満月は毎日のように泣いていた。
満月は一人で生きていた。
そんな時、満月に転機が訪れた。
―3― 満月は学校から帰宅すると、部屋の掃除をしていた。今日は休日で学校は休みだったのだが、午後から用事があるため、午前中に済ませようと思ったのだ。
満月は部屋を片付けながら、昨日の出来事を思い出した。
満月はある少女と出会った。
その少女の名前は満月セレン。
満月とセレンは公園で出会った。その日は雨が降っていた。満月は傘を差して外を歩いていた。そこにセレンが現れた。セレンは全身が濡れていた。
満月は最初、その少女を無視した。だが、その少女があまりにも可哀想だったので、つい声を掛けた。
「どうしたの? こんなところで?」
少女は満月の顔を見ると、笑顔を見せた。
「お兄ちゃん、遊んでくれるの?」
満月は驚いた顔をする。
「えっ……いや、そういうわけじゃなくて……」
満月は戸惑った様子で言った。「違うの?」
少女は悲しげな表情を浮かべる。
「いや、違わないけど……」
満月はそう言って俯く。満月は誰かに優しくされた経験がほとんど無かったので、どのように接すればいいのか分からなかったのだ。
「ありがとう」
満月の言葉を聞いた途端、少女は満面の笑みを浮かべた。
満月は照れ臭そうに笑った。
「あはは」
「私は満月セレンっていうの」
「俺は満月満月」
「よろしくね、満月くん」
「うん、こちらこそ」
満月とセレンは握手を交わした。
二人の間に沈黙が流れる。
満月は何か話題はないだろうかと考える。その時、満月は思い出したように呟いた。
「そうだ、セレンさんはどうしてここにいるの?」
満月は尋ねた。
セレンはその問いを聞いて首を傾げる。
「んーっとね、わからないの」
セレンは困り顔で言う。
「そうなんだ」
満月は納得する。
「満月くんはここで何をしているの?」
「お前を食い殺すためだよ!キシャ―ッ!!」
満月は牙を剥いて叫んだ。
「きゃあああっ!」
セレンは悲鳴を上げる。たちまち教室はパニックになった。満月は隣の生徒に襲い掛かる。喉笛を食いちぎり血まみれになる。クラスメイトたちは悲鳴を上げ逃げ回る。教師が止めに入るが、あっさりと返り討ちに遭う。やがて、クラス全員が満月の餌食となった。そして、全員の血を吸い尽くした後、満月は満足げに笑う。そして、こう言い残して去った。「また明日」
―4―
『第三話:Age0003~2039年』
西暦3000年を超えた現代において、人類は繁栄を極めていた。科学技術の進歩により人々の生活水準は飛躍的に向上し、科学技術によって生み出された超常現象は日常のものとなっていた。世界の人口は100億人を超えており、全人類の約90%が何らかの超能力を有していた。
ある者は空を飛び、ある者は念動力で物を動かした。ある者は他人に姿を変え、ある者は他人の心を読めるようになった。ある者は自分の身体を炎に変える事ができた。ある者は他人の怪我を癒す事ができ、ある者は他人に幻覚を見せる事が出来た。ある者は他人の怪我を癒す事ができ、ある者は他人に幻覚を見せる事が出来た。ある者は他人の怪我を癒す事ができ、ある者は他人に幻覚を見せる事が出来た。ある者は他人の怪我を癒す事ができ、ある者は他人に幻覚を見せる事が出来た。ある者は他人の怪我を癒す事ができ、ある者は他人に幻覚を見せる事が出来た。ある者は他人の怪我を癒す事ができ、ある者は他人に幻覚を見せる事が出来た。ある者は他人の怪我を癒す事ができ、ある者は他人に幻覚を見せる事が出来た。
満月とセレンは出会ったあの日から仲良くなった。二人はいつも一緒にいた。
二人はお互いの事を語り合った。そして、お互いの夢を打ち明けた。それは、生死をかけたバトルロイヤルだ。二人の遺伝子には争う宿命が刷り込まれている。成田山彦左衛門と満月セレンの血筋。不俱戴天の仇どうしは末代まで殺し合うのだ。『満月は思った』
俺も満月セレンと出会わなければ普通の人生を歩んでいたのかもしれない。普通に高校を卒業して大学に入って卒業する頃には可愛い彼女が出来て就職する頃になれば結婚相手が現れて結婚式を挙げて子供が生まれ孫に囲まれ老衰で死んでいく。それが幸せかどうかは分からないけれど少なくとも退屈だけはしないで済んだはずだ。『セレンは満月を見つめた』
あなたさえ現れなければ……。
『第4章』に続く……
『第5話:The end of the beginning 1話』(前略)
『西暦20XX』。超能力者の存在が広く一般に知られるようになって数十年の時が流れたある日、世界中を巻き込むような大きな戦争が起きた。『超能力戦争のはじまり』である。それは、超能力者たちが引き起こした戦いであった。
超能力は万能ではない。一部の人間にしか使えないものもあれば誰でも使えるものもある。超能力者にはそれぞれ得意とする能力があり、それによって得意分野が違う。例えば発火能力は火を操れるが風を操ることはできない。念動は物を持ち上げることができるが動かすことができない。透視は遠くの風景を見ることができるが近くは見えないといった感じだ。他にも瞬間移動できるが、物体をすり抜ける事はできないなど、それぞれの超能力によってできる事が異なる。
そして、全ての超能力者には共通の欠点がある――それは感情の暴走である。どんなに強力な力を持った超能力者も所詮は人間なのだ。感情が爆発すれば理性を失ってしまう事もある。その危険性を恐れた当時の人々は考えた。もし仮に強大な超能力者が敵として現れたらどうするべきか。もしも感情をコントロールできず敵に回ったとしたらどうなるか。その答えが超能力者の強制隔離である。
超能力を悪用しないようにするためには閉じ込めておくしかない。そこで作られたのが『超能力収容所』と呼ばれる施設である。その施設の目的は一つ、超能力者を監禁する事だ。この物語は『超能力収容』という非人道的な政策に反発する一人の少年の話である。
この物語の主人公、『大上遊希』が超能力に目覚めたのは6歳の時だった。その日、彼は両親に連れられて『超能力博物館』を訪れたのだ。その施設は巨大なビルの地下にある広大な空間だった。天井からぶら下がる巨大水槽の中には魚たちが泳いでいた。壁際には本棚が設置され、大量の書物が並んでいた。中央奥の壁に設置されたガラスケースの中に閉じ込められた超能力者が、その透明な檻の向こうからこちらを見ていた。
この日初めて大上は超能力というものを知った。彼の心は好奇心で満たされていた。だがその一方で、何か恐ろしいモノが存在しているのではないかと思った。
「お母さん」
「どうしたの?」
母親は優しい口調で尋ねる。「あれ何?」
大上は中央の一番大きいガラスケースを指差した。
そこには一人の少女がいた。白い服を着て、椅子に座っている。
少女は何も言わない。ただ無表情に目の前にいる大人たちを見ているだけだ。
「ああ、これはね」
母親の隣にいた男性が答える。「彼女はまだ言葉を話すことが出来ないんだよ」
「ふーん」
少女の年齢は10歳くらいだろうか。少女はこちらの視線に気が付くと首を傾げた。少女の目は澄んでいて綺麗な目をしていた。
「彼女の名前を知っているかい?」
「えっ……」
大上の両親は顔を合わせる。父親は申し訳なさそうに頭を掻く。
「実は僕たちも彼女の名前を知らずにここに来ているんです」
少女は悲しげに目を伏せる。
「そっか。知らないのか。あいつは殺人狼少女ウルフィー。覚えておいて。わたしの両親はあいつに殺された。だから私もこの変身薬を飲んであいつを殺す」
「待って!」
少女は驚いて振り返った。「えっ……どうして止めるの?」
「君は騙されてるよ」
「どういうこと?」
「僕の両親が君の名前を知らないはずがないじゃないか。だって君のお父さんは生物学者なんだぜ。それに、僕はこの子を知ってる。前にニュースになってたでしょ。確か連続通り魔殺人事件だったと思うけど……」
「嘘っ!?」
少女は驚く。
「ほ、ほんとうなの?」
「うん、でも大丈夫だよ」
大上は少女に笑顔を向けた。「もう安心していいから」

「……ありがとう」
少女は涙ぐむ。
「さあ、今日は帰ろう」
大上の両親の提案で一同は帰る事にした。エレベーターに乗って地下一階に向かう途中、母親が言った。
「ねえ、あの子とはどうやって友達になったの?」

「えっとね、よくわからないけど、気が合ったんだ」
「そう」
「あはは、変な話だけど、僕らは彼女と一緒にいると落ち着くんだ」
「……そう」
「ところで、どうしてあの子はあんなところに閉じ込められているの?」

「それはね」
「あの子は実験動物にされているの」
「えっ?」
「あの子の超能力を研究して、人類に役に立つ技術を開発しようとしているの」
「じゃあ、殺されるかもしれないの?」
「ううん、そうじゃないの。あの子が協力してくれるなら、私たちは殺されずに済むの。だから、あの子を怖がらないであげて」
「うん、わかった」
「約束だよ?」
「もちろんだよ!」
「ふふ、よかった」
『BAD END』―1― 第一話(前略)
それは、西暦20XX年の大晦日の出来事であった。その日、満月は成田山に来ていた。目的は初詣のためである。満月の服装はいつも通りのジャージ姿である。そしてレクイエムを唄った。
おわり。

 
挿絵

しおり