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第3話 見た目は若いけど頭がボケてる

「ど、どうして…わかったんですか…?」
俺は動揺していた。

「だって無知すぎるもの。
 魔法とスキルの違いなんて
 誰でも知っていることよ。
 それに有名人の私のことも知らないし…」

そうか。一般常識が無さすぎたのか。
この世界の事を勉強して
最低限の知識を得ておかないと
すぐに異世界転移者だとバレてしまうな。

「今のベア政権が異世界転移者に厳しいから
 秘密にしておきたかったのね。
 いいわ。黙っておいてあげる。
 その代わりにこの病院に就職しなさい。
 あなたのスキル、
 スーパー検査は貴重だわ。特に今の状況ではね」

エルナース先生は勧誘してきた。

この病院で働くのは望むところだ。俺はそのためにここに来たのだ。ここで働いて、生活費を稼いで、この世界で楽しく生きていくんだ。
ただ、1つ気がかりな事がある。

「あの…俺のスキルなんですけど、
 スーパー検査じゃないかもしれません」

「どういうこと?」

「ハクさんのスーパー検査を見て
 思ったんですけど、
 俺のスキルと全然違うんです。
 俺のスキルは口の中を見なくても
 陽性か陰性かわかるし、
 時間もあんなにかからない。
 それに、体力も使わないと思うんです」

「体力を消費しない!? それ本当なの!?」
先生は驚いて言った。

「ええ。今日俺は2回スキルを使ったんですけど
 全く疲れませんでしたから。
 今も疲労はありません。すこぶる元気です」

エルナース先生は口を半開きにして固まっている。体力を使わないスキルというのがよっぽどショッキングな事なのだろうか。

「そ、それが本当なら革命的な事だわ。
 そんなスキルは今まで聞いたことがないもの。
 ……ねえ、私にそのスキルを使ってみてよ」

え? 今使うの? そういえばスキルって
どうやって発動させるんだ?
雑貨屋のダイスさんや
獣人ラギの時はどうだったっけ?
確かラギの時は、こいつ本当に
スーパーインフルエンザに感染してないのかって
疑ったら発動したんだよな……
そう思えばいいのかな?

俺はエルナース先生の顔をじっと見て、この人はスーパーインフルエンザに感染してるんじゃないか、と思ってみた。するとスキルは発動した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
名前  エルナース
年齢  224
血液型 B
持病  なし

スーパーインフルエンザ 陰性
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「224歳!?」

衝撃的な数字に思わず大声を出してしまった。

「ど、どうしたの急に!?」

「スキルが発動したんですけど、
 エルナース先生の年齢が224歳って
 出てるんです。ホントですかこれは?」

「…それは本当よ。エルフは長命種だから
 他の人種よりも寿命が長いのよ」

マジかよ…本当に224歳なのか?
どう見ても20代にしか見えないんだけど…

「それより、
 シュージ君のスキルは年齢もわかるの?」

「はい。他に名前、血液型、持病、
 スーパーインフルエンザ陽性か
 陰性かが見えます。
 エルナース先生は陰性でした」

「スーパー検査では
 名前や年齢なんてわからないはずよ。
 だからシュージ君のスキルは
 スーパー検査ではないわね」

やっぱりスーパー検査じゃないのか。
じゃあ何なんだ? 俺のスキルは。

「体力はどうなの? 疲れはある?」

エルナース先生は1番重要なことを聞いてきた。

「全く疲れてません。体力満タンって感じです」

俺は余裕の表情でガッツポーズをしてみせた。

「体力を使わない検査のスキル…
 今まで聞いたこともないレアなスキルだわ。
 そのスキルがあれば、
 スーパーインフルエンザ戦争を
 終息させられるかもしれない…」

「え? 戦争?」

「きっとそうだわ! シュージ君、
 あなたはそのために異世界から来たのよ!
 スーパーインフルエンザから
 この世界の人類を救うために!
 その絶対検査で!」

「絶対検査?」

「今私が考えたシュージ君のスキルの名前よ。
 空前絶後の、唯一無二の検査ってこと」

勝手に名前を付けられてしまった…
でも絶対検査か…カッコよくていいかも。

「シュージ君」

エルナース先生は真剣な表情で話し始める。

「スーパーインフルエンザと戦いましょう。
 一緒に。そして打ち勝つの。
 それが私とあなたの使命なのよ」

俺は視線を落とした。そして考える。

本当にそうなのか?
俺はこの世界の人類を救うためにやって来たのか?
凡人の俺が?
そうだ……思い出したぞ。
前の世界で俺は凡人だった。
二流大学の学生だったんだ。
就職活動に失敗して、絶望して、それから…
どうしたっけ? 思い出せない…
とにかく前の世界では凡人だった。
だがこの世界では違う。
俺には絶対検査というスキルがあるんだ。
前の世界ではサラリーマンにもなれなかった俺が
この世界ではスーパーマンになれる…!

俺は覚悟を決めた。そして視線を上げた。

「それが俺の運命なら、受け入れます。
 この世界の人たちを救いたいです」

俺はエルナース先生の目を見ながらそう言った。

「ありがとう」

エルナース先生は優しく微笑んだ。






「陰性です」

ドワーフの看護師ハクさんはかすれた声で言った。俺は今、風の森の病院2階にある病室にいる。感染者だった狼の獣人ラギの濃厚接触者ということで、俺がスーパーインフルエンザに感染してないか確かめる必要があったのだが、俺は自分自身に絶対検査を使うことができなかった。そこでハクさんにスーパー検査をしてもらったのだが、ハクさんが疲労のために倒れてしまったのだ。

「ごめんなさい、ハクさん。
 もう少し休ませてからスーパー検査を
 させるべきだったわ。私のミスよ」
先生は謝罪した。

「いえ、大丈夫ですエルナース先生。
 少し眠れば回復しますから」
ハクさんはベッドの上で言った。

「ハクさん、今日はもう仕事をしなくていいわ。
 明日まで寝てなさい」

エルナース先生はハクさんにそう言うと、
俺の方を向いた。

「え~と……あなた誰だっけ?
 …痔の治療にきた重痔君だっけ?」

「シュージですよ! 異世界から来た!
 絶対検査のスキルでこの世界を救う予定の!」

「あ!そうそう!シュージ君だったわ。
 ごめんなさい、ド忘れしちゃって…
 シュージ君、下で話しをしましょう」

……この人もしかして
頭がボケてるんじゃないか?
見た目は若いけど年齢は224歳だし……


病室を出て、エルナース先生と俺は1階に降りて応接室に入った。先生は奥のソファーに座った。俺は手前のソファーに座って先生と向かい合う。

「スーパー検査って
 ものすごい体力を使うスキルなんですね。
 たった2回使うだけで倒れてしまうなんて」

「そうよ。スーパー検査は
 1日に4回以上使うことを禁止されているわ。
 法律でね。使い手の命に関わってくるから」

「ハクさんの他に
 スーパー検査のスキルを持ってる人は
 いないんですか?」
俺は質問した。

「この病院にはいないわ。
 このカナイドの町にスーパー検査の使い手は
 5人しかいないの。ハクさんを含めてね」

「5人ですか!? 少ないですね」

「そう。だからカナイドの町では
 1日最大15件しか検査できなかったのよ。
 たったの15件じゃ攻めの検査はできないわ」

「攻めの検査? なんですかそれは?」

「とにかく大量に検査することよ。
 無差別に。無症状の人もね。
 そして感染者を見つけ出し、治療する。
 ずっとその攻めの検査をやりたかったんだけど
 できなかった。症状が出た感染者が
 病院にやって来るのを待つしかなかった」

エルナース先生は視線を落として眉間にシワを寄せた。待つことしかできなかった過去を思い出しているのだろうか。

「無症状の感染者も
 他人に感染させる能力があるのに
 放って置かざるを得なかった……
 でもこれからは違うわ」

エルナース先生は視線を上げ、俺の目を見た。

「…俺のスキル、
 絶対検査なら大量の検査ができる。
 攻めの検査をして無症状の感染者を
 全員見つけ出し、治療する。
 そういう事ですか?」

「その通りよ。それで感染の拡大は止まる。
 スーパーインフルエンザによる死者も
 出なくなる」

「あの、今まで何人くらい
 スーパーインフルエンザで
 亡くなったんでしょうか?」
俺は尋ねた。

エルナース先生はテーブルの上に置いてあった新聞を手にとって俺に渡した。新聞の1面の左下隅にこの国の感染状況が書かれていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【累計死者数】

カナイドの町  230人

首都トキョウ   98人

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「230人も亡くなってるんですか……ん?
 首都トキョウ98人?
 首都ってことはこの田舎のカナイドの町よりも
 人口は多いはずですよね?
 それなのに死者がカナイドの町の半分以下って
 すごくないですか?」

俺は新聞からエルナース先生に目を移しながら言った。

「…そうね。すごいわね。その数字が本当ならね」
先生は不機嫌に言った。

「本当ならって…
 じゃあ嘘なんですかこの死者数は?
 首都トキョウは死者数を
 少なく申告してるんですか? 何のために?」
俺は理由を求めた。

「それは……」

エルナース先生は口を半開きにして固まった。
そのまま10秒経過した。

「首都トキョウの事はどうでもいいわ。
 今は余計なことを考えずに
 カナイドの町の事に集中しましょう」

…理由忘れてるっぽいな。
やっぱり224歳の高齢者だから
頭がボケてるんだな…




俺とエルナース先生は商店街に来ていた。異世界転移して気がついたら立っていたあの商店街だ。マスクをつけた多くの人が歩いている。遠くの方にダイスさんの雑貨屋も見える。

「ここでできるだけ
 絶対検査を使うんですよね?」

俺はエルナース先生にこれからすることを確認した。

「そう。あなたのスキルの限界が知りたいの。
 1日に何件検査できるのか。
 本当に体力を全く消費しないのか」

エルナース先生は手にノートと鉛筆を持っていた。それに俺が検査した件数や陽性者のデータなどを書きこむのだそうだ。

「よし。じゃあ始めましょう!」

俺はそう言うと、最初のターゲットを見た。向こうからこちらへ歩いてくるドワーフだ。ダイスさんではない。絶対検査を発動させる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
名前  カイ
年齢  34
血液型 O
持病  水虫

スーパーインフルエンザ 陰性
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ドワーフが通り過ぎてから、
エルナース先生に報告する。

「今のドワーフ、陰性でした。
 あと持病が水虫でした」

「…水虫とか余計な情報はいらないわ。
 陰性か陽性かだけ報告しなさい」

エルナース先生は少し怒って言った。

「す、すいません。わかりました」

俺は謝って、次のターゲットを視界に捉える。

「あっ!」

「見つけたの!? 陽性者を!?」

「いえ、あの背の高い男性、
 持病が『おもしろスキップ症候群』です!」

ボカッ!

エルナース先生に頭を殴られた。

「いいかげんにしなさいシュージ君。
 余計な情報はいらないと言ったでしょう」

「で、でも先生、見たくないですか?
 あの人の面白いスキップの数々を」

「見たいわよ。ものすごく見たいわ。でも
 ガマンしなくちゃいけないでしょうが今は。
 スーパーインフルエンザだけに集中しなさい。
 わかったわね?」

「は、はい!」

胸ぐらをつかまれて凄まれた。恐かった…


「赤い服の女性、陰性です。
 杖をついたドワーフの老人、陰性です。
 エルフのカップル、2人とも陰性です」

次々に検査して、エルナース先生に報告する。
陰性ばかりだったが、34件目でついに出てしまった。

しおり