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第4話 標本調査

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名前  ハノーツ
年齢  31
血液型 AB
持病  キュンキュン少女漫画中毒

スーパーインフルエンザ 陽性
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「あっ! あの果物屋で
 レモンを手にとってるエルフの男性、
 陽性です!」

俺は興奮してエルナース先生に報告した。

「わかったわ。私が行って話を聞くから、
 シュージ君はここで待ってて」

そう言うとエルナース先生は陽性者のエルフの男性の元へ歩いていって声をかけ、会話を始めた。俺からは10mくらい離れているので、会話の内容はわからない。

それにしても…
あのイケメンのエルフの持病が
キュンキュン少女漫画中毒って…
人は見かけによらないな。
みんな色んな病を抱えて生きてるんだな…
あっ! イケメンエルフの体が淡く光ったぞ!
エルナース先生が治療の魔法をかけたみたいだ。

もう1度イケメンエルフに絶対検査を使った。

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名前  ハノーツ
年齢  31
血液型 AB
持病  キュンキュン少女漫画中毒

スーパーインフルエンザ 陰性
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陰性になってる!
治療の魔法で治ったんだな。よかった。


エルナース先生が戻ってきた。

「無症状だしどこで感染したのか
 全く心当たりが無いって言ってたわ。
 感染経路不明ね。さあ、検査を続けましょう」


検査を再開する。
ほとんどの人が陰性だが、たまに陽性者が見つかる。陽性者はエルナース先生が治療して感染経路などを聞く。そういった事を繰り返すうちに、俺のスキル、絶対検査についてもわかった事がいくつかあった。

○発動条件は対象を視界の中央に捉え、
 その対象について知りたいと思うこと。

○対象が遠すぎると発動しない。
 20m以内にいること。

○後ろ姿や上半身、下半身だけでも
 見えていれば発動する。

こういった絶対検査についてわかった事もエルナース先生に報告する。エルナース先生はその情報もノートに書きこむ。


その後も順調に検査と治療を続けていったのだが、150件を過ぎたあたりで異変が起きた。

「あれ?」

俺はこの世界に来て初めて疲労を感じてしまった。

「エルナース先生。俺、少し疲れてきました」
俺は報告した。

「え……そう…
 やっぱり無限に使えるわけじゃなかったのね…」

エルナース先生は
残念そうな顔でその情報をノートに書きこんだ。

「どうする? 切り上げて病院に戻って休む?」
先生は心配そうに言った。

「いや、まだまだいけます!
 少し疲れただけですから!続行しましょう!」
俺は強がった。


検査を続けた。
スキルを使うごとに疲労は増していった。
300件の検査をこなした頃には、全身汗だくになって、呼吸も荒くなっていた。

「シュージ君。もう限界でしょう。戻ろうよ」

エルナース先生は
さっきからこのセリフを繰り返している。

「いや…まだいけます……もう少しだけ…」

俺もこのセリフを繰り返していた。



それは320件目の検査を終えた時だった。
俺は地面に片膝をついた。疲労困憊で立っていられなかった。

「はあ…はあ…」

息は荒く、汗は顔から地面にボタボタと落ちた。

「正真正銘の限界ね。 ほらっ」

エルナース先生はしゃがんで、俺に背を向けた。

「おんぶしてあげるから背中に乗りなさい」

すごい事を言ってきた。

「えっ!? いやいいですよ!
 恥ずかしいですし!
 俺汗びっしょりだし!
 濃厚接触したら感染するかもしれないし!」

「恥と汗は気にしなければいいわ。
 それに感染しても大丈夫よ。
 私が治療の魔法で治すから」

エルナース先生はそう言うと、
強引に俺を背負った。



「も、もう大丈夫です。
 歩けるくらいには回復しましたから」

風の森の病院の手前で俺はエルナース先生の背中から降りた。帰り道は恥ずかしかった。通行人にクスクスと笑われた。子供に指さされて『でっかい赤ちゃんだ!』とも言われた。

「本当に大丈夫? 無理しないでね。
 あなたは貴重な人材…
 というか人類の救世主なんだから」

エルナース先生は心配そうに言った。

病院の中に入ると、まず手洗いをした。
スーパーインフルエンザは人間の手を好むから、頻繁な手洗いが必要になる。それから念の為にエルナース先生に絶対検査を使った。結果は陰性だった。つまり濃厚接触した俺も陰性ということになる。
濃厚接触と言っても、おんぶだが。

「今日はもう休みましょう。
 シュージ君は2階の空いている病室で寝なさい。
 じゃあ、おやすみなさい」

エルナース先生はそう言うと、1階の奥の部屋へ入っていった。この病院は先生の自宅も兼ねているのだろうか。

俺は2階に上がって、ハクさんが休んでる病室の隣の部屋に入った。
誰もいない。ベッドに倒れこむ。

「あ~疲れた……」

濃い1日だった。
異世界転移してきて…
絶対検査という超能力が使えるようになって…
狼の獣人ラギとの賭け…
エルナース先生との出会い…
おもしろスキップ症候群……見たかったなあ…
一体どんな足さばきをするんだろう…?
見たかったなあ…





目が覚めた。
窓の外はさっきまで夕方だったのに朝になっている。体に疲労は全く残っていない。たっぷり寝たことで体力が完全回復したようだ。これで今日も300件は検査ができそうだ。

「よしっ!」

ベッドを降りて、病室から出た。
廊下の向こうからエルナース先生が歩いてくる。
食べ物が乗ったお盆を持っていた。

「おはようシュークリーム君」

「シュージです。おはようございます」

「はい、これ朝食ね」

エルナース先生はお盆を俺に手渡した。

「それ食べたら応接室に来て。
 今後の作戦会議をしましょう」

先生はそう言うと、下の階へ降りて行った。


病室に戻って朝食をとる。
食パン、目玉焼き、ベーコン、サラダ、コーンスープ、牛乳、シュークリーム。それらを美味しくたいらげた後、歯を磨き、顔を洗ってマスクをつけ、1階の応接室へ向かった。


応接室に入ると、
エルナース先生の向かいに座った。

「これを見て」

エルナース先生は1枚の紙を渡してきた。
そこにはこう書いてあった。

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第1回 標本調査
 
カナイドの町(人口3万人)

検査数 320件

陽性者 15人

陽性率 4.7%

推定感染者 1410人
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「標本調査?」

俺は首をかしげて言った。

「全部じゃなくて一部を調べることよ。
 そしてその結果から全体の数を推定するの」
先生は説明した。

「…よくわかりませんが、昨日の検査の結果
 このカナイドの町には推定1410人の
 スーパーインフルエンザ感染者がいることが
 わかった。そういう事ですか?」

「その通りよ。思ったより少なかったわ。
 この町の人たちが感染対策を
 キッチリやってるからだと思う。
 手洗いとかマスクとか。すばらしいわ」

エルナース先生は誇らしげに言った。

「でも1410人全員見つけ出すには
 最短でも5日はかかっちゃいますね。
 1日300件しか検査できないわけですから」

俺は単純な計算をして言った。

「そうね。そして5日でなんて
 絶対に不可能だわ。昨日も15人しか
 感染者を見つけられなかったし…」

「昨日みたいに手当り次第に検査するやり方では
 感染者を全員見つけ出すのに
 3ヶ月はかかっちゃいますね」

俺は再び単純な計算をして言った。

「そんなに時間をかけるわけにはいかないわ」

エルナース先生は真剣な顔つきになった。

「時間が経つごとに
 感染者が重症化するリスクは高くなる。
 重症化したら私の治療魔法でも治せなくなる。
 重症者は100%死ぬのよ」

「100%!? 本当ですか!?」

衝撃的な事実を聞かされて大きな声を出してしまった。だがマスクをしてるから飛沫は飛ばなかった。

「ええ。だから重症化する前に
 感染者を捕まえなきゃいけない。
 早期発見、早期治療。これが重要ね」

先生は右手の人差し指を立てながら言った。

「…感染してから重症化するまで
 どれくらいの時間があるんですか?」

俺は尋ねた。長ければいいが。

「人によるわ。
 発症してから2時間で重症化する人もいるし、
 長い人では30日ってケースもあった。
 感染してから発症するまでの潜伏期間も
 人によってバラバラなのよ。
 1日で発症したり、20日で発症したり」

そんなに個人差があるのか……
気まぐれな病気なのか…?

「とにかく急がないといけない。
 でも検査数には限りがある。そこで
 今日からは感染者がたくさんいそうな場所を
 徹底的に検査していきましょう」

エルナース先生はそう提案した。

「心当たりがあるんですか?
 感染者がたくさんいそうな場所の」

「あるわ。冒険者ギルドよ」

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