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幸せのかたち

 猪笹王の家から帰る。宵の水銀灯に照らされながら塔季が猪笹王について聞いてくる。

「あの猪のオヤジ強えんだよな」

いい加減強弱から離れて欲しいけれど、興味あるのだろうということはよく分かる。2人の靴音だけが響く中、満足するような話を考えてみる。

「そうですね、村が全滅するほどに」

別名を果ての二十日という12月20日は、人通りが少なくなる。狩人に倒された大猪の亡霊が、通る旅人を全滅させるからと言われている。その日に限り深雪は猪笹王に勝てない。

「西郷という人が、熊本の辺りで何かしようとしているんだが、あのような力があれば」

塔季にまともな使い方を考えてほしいと伝える。彼はしばらく考えて平和な使いかたを口にする。

「そうだな。災害で埋まっちまった場所を掘りだしたりとか」

トリュフも掘れる猪は、掘ることを得意とする。土砂崩れを取り除くことは容易いとはいえ、格の高いものの雑用扱いは気が引ける。
 行きに作ってしまった氷の演舞場の上を歩く。深雪は滑らないが塔季の足元は不安定だ。

「輪かんじきは雑貨店で取り扱いはないのか?」

輪かんじきとは靴の周りに木の枠を付け、ニンジャの水蜘蛛のように雪の上を安定して歩く道具だ。靴屋ではないから深雪の店にはない。

「雑貨屋は他で何某(なにがし)屋とある物は、取り扱わないのです」

代わりに手袋を付けて、寒さが塔季に行かないようにしながら、しっかり手を繋いで歩く。そこには1つの形の幸せが出来上がっているように見えた。
 ところが次の日には深雪が塔季に詰め寄っている。

妖怪買い(ブローカー)商売、もう止めてくださいませ」

戊辰戦争では命を落とした者もいると聞く。異世界通りでは咎者妖怪の姑獲鳥《うぶめ》を戦地に送るという噂が出ている。なかなかの剣幕で言い寄っているのに、人間風情が断るさまは珍妙に思える。

「甘ちゃんだな」

 塔季は深雪に顔を近付けてくる。息を吐けば顔に風の来る距離。胸の音鳴りを聞かれてしまいそうだ。

「江戸時代はそれだけの物があって、全員食えた。」

平和な世の中を作ってくれたおかげで、耕作に専念できた。

「今はどうだ? 猛る武士も狂う妖怪もいらない。戦いで死ぬのが本望なんだよ」

士農工商。蔑まれてきた商人の塔季は、江戸時代にふんぞり返っていた武士連中が嫌いだ。苦労して得たものを浪費する銭失いにしか見えない。

「だいたいそんな連中は平和になると強盗をするんだ」
「違います……理由は分かりませんですけど……」

 今日は店番ではない玄助が、暇なのかやってくる。

 玄助は以前に妖怪売買について塔季と話した。今は自信たっぷりに塔季を否定する。

「塔季さん違うよ」
「なんだ坊や」

子供扱いをされることに玄助は不快感を示す。しかしこれは塔季が仕掛けた罠。怒りの感情に支配されて論理を失うような妖狐ではない。

「妖しを派遣するというけれど、妖しは自分の意思で行ったんじゃない。そこに将来も幸せもない」
「ふん」

塔季は何が言いたいのか理解する。玄助も妖怪だ。理論で負けて力勝負などできはしない。引き下がることにする。

「言いたいことは分かった。戊辰戦争で行った連中は未来のために戦った。そうじゃない奴は送るなということだな」

鞄から紙を取り出すと姑獲鳥(うぶめ)の送り先変更の依頼書を作り上げる。

「まあ、ましな送り先は探せばある。差額は貸しにしとくぜ」

玄助は貸しという言葉に表情を曇らせる。塔季の間違いを直せていない。
 深雪はそれとは別に、力をつけている妖狐に違和感を感じた。

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