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6.戦争の爪痕

「・・・・・リス・・・・・アイリス」
「・・・・・」
「アイリス」
「エリック?」
眩しい、陽光と一緒にエリックの心配そうな顔が視界に入って来た。
「なんで、エリックがいるの?」
「まだ寝ぼけてるのか。ここは俺の家だ」
ああ、住める場所がないから叔母の家に泊めてもらっていたんだった。
「もう朝だぞ。お前、そのまま寝たのか?」
昨日、王から勲章を受け取りに行った格好のまま私はベッドの上にいた。いつの間にか寝ていたらしい。
「大丈夫なのか?」
「何が?」
「うなされていた」
「・・・・・・あと、何百人殺したら戦争は終わるんだろうか。私は明日も生き残れるだろうか。いつまで生きないといけないのだろうか。そう、思いながら毎日を過ごしていた」
戦争は終わったのに、私の手には今も人を殺した感触が残っている。
「戦場に行く前、母は言った。行くなと、人を殺させるためだけに育てたわけじゃないって。分かっているつもりで何も分かっていなかった」
戦争は終わっても起きてしまった過去は変えられない。私は自分の手を血で染めたことを、守るために背負った罪を一生見続けることになるだろう。なぜなら奪った命は戻っては来ないから。
「しばらく休養が必要なんだ。ゆっくり休んで心も体も癒せばいい」
「ありがとう。でも、そうも言ってられない。やらなくてはいけないことが多いからね」
ずっと戦場に行っていたから領地の状態を把握できていない。
「領主になったのだから、早く領地を回復させないと」
「時間のかかることだ。性急に動くこともないだろう」
エリックは私が無理をしているようで心配しているのだろうが、今はただ休むよりも何かに没頭したい気分だ。その方が辛い現実を直視しなくていい。
「ありがとう。無理のない程度に頑張るわ。エリックも当主の勉強が大変なんでしょう。私のことはいいから自分のことに集中して」
エリックの父も次期当主であった兄も戦争で死んでしまった。エリックは兄の代わりに自分が戦場に行くと言ったけど、兄は次期当主として家族や領民を守るのは当然だと言って戦場へ行き、そのまま帰っては来なかった。
死体すら戻ってこず、彼がつけていたタグだけが返された。領地や王都から遠い戦場では死体はその場で燃やし、遺族にはタグだけを返すのが決まりとなっているため、仕方がない。
「領地を見回ってくる」
「朝食は?」
「いらない」
「昨日の夕食も食べてなかったろ」
そう言えば、疲れてそのまま寝てしまったのよね。でも、お腹はあります空いていない。
「今はお腹空いていないからいいわ。お腹が減ったらどこかで見繕って食べるから」
「見繕うって、貴族令嬢の言葉かよ」
「本当ね。気をつけなきゃ」
戦場ではたくさんの傭兵と会った。そんな中でお高く止まった言葉遣いなんてしていたら浮いてしまう。それに周囲にいる人間の言葉とは一緒にいる時間が長くなるほど移ってしまうものだ。
懐かしい。もう、会うこともないだろうけど。みんな、どうしているだろう。
「なぁ、本当に大丈夫なのか?」
「平気よ。無人島じゃないんだし、どこか探し回れば食事ができるところぐらいあるわよ」
「そういうことを心配してるんじゃなくって」
「?」
エリックは何か言い淀んでいたけど結局口を閉ざしてしまった。
「よく分からないけど、もう行くわね」
「あ、ああ。気をつけて」

◇◇◇

いざという時の避難所となる教会は無事ではあるが、爆風などにやられたのだろう。薄汚れているし、所々壊れている。
「教会を最優先で修繕して、家がない人の仮住まいにしないと」
お金は極力節約したいから動ける男の人に頼みましょう。
周囲に視線を向けると包帯を巻いている痩せこけた領民たちが正気のない目で地面に座り込んでいた。
「炊き出しも必要ね」
次に田畑を見て回った。
「・・・・・だめね」
何も実っていない畑が殆どだった。実っていても枯れていたり、焼かれて焦げているものまである。
「こちらも急がないと」
なんとか領民たちが自分で生計をたてられていた元の状態に早く戻さないと。やることは山積みだ。

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