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ー 歪む韻律(1) ー

さわさわと心地よい葉擦れの音が、どことなく落ち着かない心を優しくなだめてくれる。そんなお昼下がり。私達、妖魔族(ファフニール)一行とブレイザブリク第三騎士団は、件の【ウィグリド砦】へと向かっていた。第三騎士団の騎獣であるヒポグリフは竜ほどの体力はないため、移動には適度な休息が必要であり、今は途中にある湖畔で休憩をしているところだ。昨夜は謁見に会談と立て続けに色々とあり過ぎて、なかなか寝付けなかったせいか、暖かい木漏れ日の下にいるとうっかり眠気を誘われてしまう。

皇帝陛下と宰相閣下の話をまとめると、ウィグリド砦はかつて大精霊(エネルゲイア)が棲んでいたという原生林に接する拠点であり、妖精戦争で最後まで残った唯一の砦だ。その曰く付きの砦が、不定期に妖精族(フェアリー)魔獣(フォボス)の襲撃を受けるのは、ある意味でいつものことらしいのだが、最近になってその襲撃の様相が変わってきたのだという。不思議なことに、襲撃があったことは守護する第三騎士団員の記憶にあるのだが、記録を取ろうとすると詳細を思い出せないらしい。

(だから、イーダフェルトの作成リストに魔法抵抗強化薬(アイギスミード)精神異常回復薬(アーテミード)なんていう注文が入っていたのね)

確かにこれは、人間族(ヒト)獣人族(キメラ)の手に余るのも頷ける。そして、神々の娘(レギンレイヴ)として『釣り餌』になって欲しいというのは、相手が大精霊(エネルゲイア)やエルフ族である可能性があるためだ。妖精族(フェアリー)魔獣(フォボス)の中にも、闇属性(エレボス)であれば精神異常をきたす魔法(セイズ)を使うことができるが、大きな砦ひとつ丸ごとを何度も同じ搦め手で攻める理由がない。もっと別の何か、目的を持った誰かが糸を引いている……と、考えているわけだ。

(私に出来ることは、相手の見極めとその目的の把握。敵の殲滅ではない)

人間族(ヒト)側としても、現時点で神々の娘(レギンレイヴ)を失うことは絶対に避けたいらしく、わざわざ第三騎士団の主力を護衛として付けることで、あくまでも協力姿勢を崩さないということらしい。どこかほっとしたような拍子抜けしたような、複雑な気分だ。小さな溜息とともに、ふと水辺を見やると、竜とヒポグリフ達が各々翼を休めている様子が目に留まった。

(私も、自分の竜がいれば、もう少し役に立てるのに)

水辺で愛騎の世話をするシグルド様を見て、つい羨ましくなってしまう。ヒポグリフは、身体の前半身が鷲、後半身が馬の姿をしており、対価に応じて他種族と協力、もしくは主従関係を結ぶことができる知恵のある魔獣(フォボス)だ。非常に誇り高い性格をしており、己が認めた強者以外をその背に乗せようとしない。獣人族(キメラ)だからこそ使役できるこの機動力の高さは、第三騎士団の強みの一つでもある。

「おー嬢っ、なに見てんだ?」
「ディートリヒ様」

すっかり『お嬢』呼びが定着したらしいディートリヒ様は、お昼ご飯のサンドイッチを持ってきてくださった。ありがたく受け取り、ぱくつく。固めのパンにアグリオフラウラの甘酸っぱいジャムがよく合っていて、思わず口角が緩んだ。

「ヒポグリフなんて、竜と比べたらそこまで珍しくもねぇだろ」
「そうでしょうか?でも可愛くて。私も、自分の竜がいればよかったのですけれど」
「あー、リントヴルム竜騎士隊かぁ。そんな徽章いっぱい付けてんのに入りたいもんなの?」
妖魔族(ファフニール)にとって、竜との契約は……、その、特別なのです」
「ふぅん。じゃあ、お嬢についてきた奴らはみんな特別ってこと?」
「そうですね。みなさま、始祖の森(ヴァラルファクス)に棲まう竜に認められた、誉ある竜騎士でいらっしゃいます」
「リーグルも?」
「はい」
「婚約者ってホント?」
「んっ!?」

突然話題がすり替わり、思わずサンドイッチを喉に詰まらせそうになる。慌てて水筒を煽り、ごくりと飲み込んだ。

「え、その反応ってことはマジか」
「あの、それについてはですね……」
「リーグルがいるのに、あんな熱ぅい視線をシグルドに送っていいわけ?」
「いえ、あの、少々誤解があるようなのですが……」

悪い顔で笑うディートリヒ様は、正に興味津々といった様子で距離を詰めてくる。

「シグルドの事、好き?」
「えっ、あの、ディートリヒ様……」
「ねえ、好き?嫌い?どっち?」

まだ出会って2日しか経っていない相手に対し、その質問はどうなのか。非常に回答しにくいのがわかりきっているご様子で、私の反応を面白がっているのがよくわかる。からかわれているのは承知しているが、こういった場面で何と答えればいいのか、よくわからない。

逡巡の後、シグルド様と初めて会った時に感じた不思議な懐かしさを思い出しながら、私は答えを絞り出した。

「それは……、もちろん、えぇと、素敵な騎士様だと思います……」

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