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3-2 Fatal Collision

 次の日、日曜から続いた雨は、夕方前にようやく止んだ。ただ、夜には再び降り出すらしい。溜め息しか出ない。
 澪は仲がよい同級生の2人と、傘を畳んで最寄りの駅まで歩く。ライトブラウンの、澪より短いセミロングを姫カットにしたボーイッシュな少女が立山結奈で、黒のロングヘアを左右で三つ編みにした才女風が黒部彩花。この3人組で行動していることが多いが、何だかんだで楽しい。
 「澪、何かいいこと有った?」
結奈は澪に問う。
「えっ?どうしたの?」
澪は声を上げ、結奈を見る。結奈は澪の問い返しに答えた。
「昨日から、何時もより微笑んでる感じがしてる」
「そう?普段通りじゃない?」
澪は言う。ただ、そう見えるのも無理は無かったか。
 ……2日前、午前中は大変だった。しかし昼過ぎからは楽しかったし、……夕方に高速を走る車のライトをイルミネーションに、流雫と2度目のキスを交わした。流雫の傘に隠れた、2人だけの世界だった。
 「流雫くんと会ってきて、別れ際にキスしちゃったりとか」
眼鏡越しに澪の顔を見ながら、彩花は微笑んで言った。彼女にとっては単なる冗談でしかなかった、しかしそれは寸分違わずど真ん中を射ていた。
 「なっ……!?」
澪は思わず声を出して立ち止まり、頬を真っ赤に染める。そして、その判りやすいリアクションに、頭を抱えそうになる。その澪を見て
「あー……」
とだけ声を上げた彩花は、結奈に顔を向ける。思わず澪を撃沈させた彩花を見た結奈は、苦笑いをしながら
「ま、まあ、ボクたちもしたこと有るから」
と言って澪の肩を叩く。
「何のフォローにも、なっていないわよ」
と元凶の彩花は他人事のように言った。
 この2人の同性カップルには敵わない、と思い知らされた澪は、俯きながら呟くように言った。
「……何も聞こえなくなって、少し息苦しくなって……。唇、思ったより乾いてて、熱くて……。キスしながら、流雫が生きてるってこと、何より感じてた……」
その言葉に、2人は逆に顔を赤くする。
 或る意味では先刻の仕返しのように思えるが、しかしそれは澪の本音であって、仕返す気は無かった。

 5月下旬に結奈と彩花、そして流雫と4人で行ったゲームフェス。会場だった東京ジャンボメッセの屋上でランチタイム中にテロに遭遇した。
 しかし、2人と逸れた澪と流雫が何を見たのか、2人は後になってニュースで見聞きした分だけしか知らないし、澪もそれ以上は語ろうとはしなかった。そして、2人が見ている前で、澪は流雫を抱きしめて泣いた。自分と流雫が生きている、その安堵が澪の頬を濡らしていた。
 その日の夕方に交わしたファーストキスも2日前のキスも、意識が喧騒を遮断した静寂の世界で、唇の熱から感じたのは、やはり流雫が生きていることだった。
「……流雫は、あたしのヒーローだから。何時だって、彼に助けられてばかりだし」
澪は言った。
 結奈と彩花には、澪と流雫はただの恋人同士ではなく、何時でも互いに背中を預けていられる、そう云う関係に見えた。背中を護られている、だから安心して前の敵だけに全振りできる。
 ゲームやアニメで有りがちだが、2人はそれのリアル版に見える。事実、だから2人はアフロディーテキャッスルでもジャンボメッセでも死ななかった。
 ……澪には敵わない、2人はそう思った。

 頬の色を戻した3人が駅前に着くと、角の証券会社の店頭に設置された街頭ビジョンが、ニュースのハイライトを流していた。澪はその前で足を止めた。
 普段は経済ニュースや最新の株価などを報じているが、今のトップはあのビジネスジェット着陸失敗事故についての記者会見だった。
 国の事故調査委員会の面々がスーツを着て、マイクが置かれたテーブルに座っている映像が、大きなディスプレイに映し出されている。それはやがて2日前の空港の様子に切り替わるが、同時に流れた文字に澪は釘付けになった。
「ドローンがエンジンに衝突してエンジンが爆発、墜落した可能性が高い」
「ドローンがエンジンに……?」
思わず呟きながら澪は、言葉を失った。
 ……それは、あの日天王洲アイルへ向かうモノレールの窓から空港を遠目に見ながら、流雫が小声で澪に語った通りだった。
「澪?」
少し前を歩いていた結奈が澪に振り向いて呼び、澪はそこで我に返り、2人に顔を向けて言った。
「あ……、ちょっとね」
 2人は澪に近寄り
「これ、この前の?」
「瞬間の様子、ニュースで見たけど怖かったわ」
と続け様に言う。
 澪は、この事故は直前まで目の当たりにした。あの瞬間は、流雫に目と耳を塞がれていて見ていないが、あの日のことは流石に2人には言えない。
「あたしも、ニュースで……。飛行機は乗ったことないけど、でもあんなの見ると怖くなっちゃうよ」
「でも、何時か飛行機に乗って、沖縄でも行きたいね。ボクと彩花と澪で女子旅!」
結奈は言い、2人は微笑む。澪の言葉にそう被せてきたことで、少し3人のムードが明るくなった。しかし、澪の頭の殆どは、今ふと見た会見に支配されていた。

 放課後、雨は弱いながらも降っていた。帰る直前までは止んでいたが、タイミングが悪い。流雫は溜め息をついたが、昨日ほどではなく歩いて帰ろうとした。しかし、とにかく蒸し暑い。
 30分後、ペンションに帰り着いた流雫は宿泊客用のバスルームの掃除を始めた。洗面所とバスルーム、シャワールームは共用だが、今日はバスルームとシャワールームの掃除を始め、その流れで家のバスルームを片付け、そのまま早いシャワータイムにしようとした。
 1時間後、流雫はシャワーヘッドから噴き出す湯を頭から浴びていた。シャンプーとボディシャンプーの泡が流れ落ちていく。温冷の違いは有るが、2日前の雨と強さは少し似ていた。
 ……途端に激しくなった雨粒に叩き付けられながら、流雫は飛ばされそうな傘と戦う澪の目と耳を塞ぐ。その目の前で、あのビジネスジェットは裏返しになった。
 「一体何が……」
この3日間だけで、何度そう呟いただろうか。流雫自身にも判らない。
 トーキョーアタックから生まれた疑問は、流雫の手と足に複雑に絡み付き、そして首にすらその触手を伸ばそうとしていた。これは最早、呪縛とでも呼ぶべきなのか。そう、全てはトーキョーアタック。あの青空の真下で起きた、8月の惨劇……。
 流雫は、やや熱めにしたシャワーでも洗い流すことができないこの呪縛に、どう立ち向かえばよいのか、1人を頭を抱えていた。

 澪の存在は、頼もしく思える。しかし、僕には澪がいる、そう強く思っていても、気が軽くなることは無かった。それだけ、遭遇した事件が多く、また生き延びるために文字通り命懸けだったからだ。
 流雫も澪も、スーパーヒーローの類ではなく生身の人間だ。撃たれれば、刺されれば、簡単に死ぬ。だから、澪がいても油断は微塵もできないし、してはいけなかった。気が軽くなるワケがない。
 「あたしがついているんだから、泣いてもいいよ?」
「あたしは、ルナの味方だから」
「……あたし、流雫の力になりたい」
「あたしは、流雫といっしょだよ」
流雫は、澪の言葉を思い出す。初めて銃を握った日、澪に小さな希望を見出した日、澪と初めて逢った日、澪が自分の恋人になった日。宇奈月流雫と云う少年のターニングポイント、その全てに、室堂澪と云う少女がいた。
 流雫は澪に依存している。その自覚は有るし、事有る毎にそれは意識していた。ただ、自分が殺されないため、そして何より澪を殺されないため、流雫は必死だった。
 流雫はシャワーのハンドルを押し下げる。湯の吐出が止まると彼は目を掌で覆い、大きな溜め息をついた。

 澪は家に帰ると、真っ先にリビングのテレビに目を向ける。やはり、あの事故のニュースを取り扱っていた。
 澪の母、美雪はテレビをラジオ代わりにしながら、フライパンで鮭を焼きながら言った。
「ドローンって、空港は飛行禁止なのに」
その隣で猫柄のエプロンを纏い、キッチンに立った澪は、
「飛行禁止なのにわざわざ飛ばした……」
と言ったが、母はそれに被せるように問うた。
「捕まればデメリットしか無いのに、飛ばす理由なんて、有ると思う?」
 美雪は元警察官で、刑事の夫と職場結婚の末に退職し、澪を産んだ。現場を離れて十数年経つが、やはり前職の血が騒ぐからか、地域の防犯関連には積極的だ。
 その母の問いは、尤もだった。全てのドローンは義務付けられた機体登録で簡単に所有者も特定されるのに、軽率に飛行禁止区域で飛ばすとは思えない。
「……とは云え、私たちには無関係だもの」
母は言い、澪が置いた皿に鮭のバター焼きを乗せる。
 そうならいいけど、と澪は思いながらダイニングのテーブルに運んだ。そろそろ父が帰ってくる時間だ。

 夜、ようやく訪れた自分の時間。流雫は自分の部屋に戻ると、一息ついて澪にメッセージを送ろうとした。別にこれと云った話題は無いが、話題が無くても構わない。メッセンジャーアプリのアイコンをタップしようとすると、ポップアップで通知が入った。澪からの
「ルナ、ニュース見た?」
だった。
「未だ見てないけど、何か有ったの?」
と流雫は返す。
「もし今いいなら、話したい」
と澪から送られてくると、流雫は通話ボタンをタップした。
「どうしたの?」
それが彼の第一声だった。
「夕方、この前の飛行機事故のこと扱ってたの。ニュース動画見れば判るかも」
「……ちょっと待って」
澪の言葉に流雫は返し、タブレットPCの電源を入れる。そしてニュースサイトから動画を開くと、
「東京飛行機事故、事故調会見」
と書かれた、黒スーツを着た男がマイクの前で何か話しているサムネイルがトップに表示されていた。流雫はサムネイルをスタイラスでタップすると、動画が再生される。
「これか……」
流雫は呟いた。

 再生が始まった動画は、ビジネスジェットがドローンと衝突したことによって墜落したと云う調査結果の速報を伝えていた。
 バードストライクは鳥類が衝突することだから、云ってみればドローンストライクか。
 国内外で多数飛び回るジェット旅客機やビジネスジェットに搭載されるジェットエンジンは、厳密にはターボファンエンジンと呼ぶらしい。相当大雑把に説明すると、ヘアドライヤーで例えるのが手っ取り早い。
 ドライヤーは、空気を筒状の本体に収まるファンで集め、熱線ヒーターに送り、それで熱せられた高温の空気を熱風としてノズルから噴出する。それと同じで、燃焼室などへ大量の空気を流すためのファンブレードが吸気口に取り付けられている。飛行機の映像だと判りやすいが、エンジン内部で回っているのがそれだ。そして熱線ヒーターが燃料と空気を燃焼させる部分だと思えば早い。
 そのファンブレードに、異物を切り刻んだような痕跡が有り、そしてエンジン内部からは、焼け焦げた小さいリチウムイオンバッテリーとプラスチックの破片が見つかったことが、冒頭の調査結果の理由だった。バッテリーのシールは焦げていたが、僅かな印刷跡から、それが一部の中国製ドローン用のものだと判明したらしい。
 この数年で急速に流行したドローン。日本に流通している機体のシェアは、ハイテク産業の躍進が続く中国メーカーの寡占状態だ。そして件のバッテリーを使う機材まで特定された。掌ほどの大きさの小型機だが、高い操縦性と手頃な価格を武器に日本で大ヒットし、昨年のヒット長者番付にも名を連ねた。
 何者かが飛行禁止区域の空港で飛ばしていたそのドローンが、エンジンが吸い込んで破壊されたと云うものだった。
 ただ、その直前に起きたダウンバースト……特に範囲が狭いマイクロバーストの強風は、傘を飛ばされそうなほどだった。強風で操縦不能になることを判っていて、それでも犯人は飛ばした。警察はドローンを操縦していた犯人の特定を進め、全容の解明を急ぐ方針だ。

 「……まさか過ぎる……」
サイトを閉じた流雫は呟く。モノレールから空港を眺めながら思っていたことは、間違っていなかった。何故こうも当たるのか。少しは外れていて欲しかったが、それは叶わなかった。
「これ、あの時流雫が言ってた通りじゃない……」
澪は言う。
 そして、死亡した操縦士は所有者の有田敏生と云う男で、唯一身元が判った。他の10人の身元は未だ判っていない。そして、この人物は帝都通商と云う中堅商社の社長と云う立場にいた。その前社長だった大町政挙が6月の難民支援NPO法人のOFA……ワンフォーオール本部銃撃事件で殺害された後、この帝都通商を通じて所有権が有田云う人物に渡っていたことが合わせて報じられていた。
 つまり、この有田と云う男は飛行機を中古ながら手に入れて、それから1ヶ月も経たないうちに命と共に失ったことになる。
「どうなってるんだよ……」
「どうなってるの……?」
流雫と澪、2人は同時に声を洩らす。数秒の空白の後、
「飛行機の前オーナーが……」
と澪は呟いた。
 OFAの前理事でもあった大町と云う男から有田と云う男に譲渡された飛行機は、それから1ヶ月も経たないうちに、何者かが飛ばしたドローンによって墜落した。全くの無関係、単なる偶然。そう思えないのは、OFAが渦中の組織だからだ。そして、この前理事は殺害されていると云う事実も有る。
「もし、この飛行機がOFAと何らかの関係を持っていた、となると……」
流雫は言う。それは思い過ごしであってほしいのだが。
「だから、この飛行機が狙われたってこと……?」
澪は問うた。
 ……残念ながら、彼の答えはイエスだ。そうでなければ、説明がつかない。
「……そうでないと、ピンポイントでドローンを飛ばして、突撃させるだけの理由が無い」
流雫は答えた。
 あのビジネスジェットを最初から墜落させる気だったから、ダウンバーストだろうと計画は変えなかった。そして、それは犯人からすれば大成功に終わった。そうでもなければ、禁止区域でわざわざ飛ばす理由は無いし、仮に単なる悪戯目的であってもあの天候だ、安くないドローンを操縦不能で失ってまでやるようなことでもない。そう、飛ばして墜落させるべき理由が有った、としか思えない。
 「何か、謎だけが増えていく……」
澪は言う。流雫は思わず、スマートフォン越しに頷く。
 謎が解けることは無く、逆に増える一方だった。尤も、謎を解くだけの能力も無いし、自分たちが解いたところでどうにもならないのだが。
「僕も、何が何だか。ただ、それしか言えないんだ……」
流雫は答える。澪に画像として送ったルーズリーフには色々と気になることを書き散らしていたが、それに新たな謎が注ぎ足されるだけだった。
 「……もう何も、驚かない気がする。色々なことが、あまりにも起き過ぎてて」
流雫は本音を零した。そう、色々なことがあまりに起き過ぎている。だから、頭の整理が追い付かない。シルバーヘアの少年は溜め息をつき、ゆっくり言った。
「それでも何か……、少しは近付いてる気はしてる。僕が知りたいことに」
「流雫……」
澪は彼の名を呼ぶ。彼女にはそれしかできなかった。

 元を辿れば、全てはトーキョーアタックから始まった。あの日より前の流雫を、澪は知らない。
 何があの日本最悪、そして世界でも2番目に大きい規模の無差別テロに走らせたのか、何故自分も遭遇したのか、何故かつての恋人が死ななければならなかったのか……。彼はあの日を境に、堂々巡りに陥りながらも、頭を働かせることであの悪夢を吹っ切ろうとしていた。それはどうやっても無駄な悪足掻きでしかなかったし、それで寂しさを紛らわせることさえできなかったが。
 ……ただ、それでも全てを知りたいと思うのは、当然だと澪は思った。自分に何ができるワケでもないが。
「……澪が何時だって僕の味方で、だから何が起きても正気でいられると思っている。そうじゃなければ、初めて銃を握ったあの日に既に発狂してる。こんな非日常、非常事態だらけの日々で、僕が正気でいられたのは、澪が僕の力だから」
流雫は言った。
 「流雫……」
澪の言葉に、流雫は続ける。
「僕といるばかりに、澪はテロに遭遇してる。それでも、こうして一緒にいられるんだから、凄く助けられてる。……ただ、助けられてばかりで……」
「あたしだって、流雫がいるから生きていられるようなものだし。あたしがテロに遭遇したのは、流雫が悪いワケじゃない、ただの偶然だよ。でも、流雫はあたしのために、怖いのに捨て身で……」
澪は言った。
 初対面だった商業施設のアフロディーテキャッスルと、同級生も交えてダブルデートで行った東京ジャンボメッセのゲームフェスで、澪は流雫と共にテロに遭遇した。
 しかし、彼が捨て身で正気を手繰り寄せたからこそ、澪は助かったと思っている。遭遇したのは偶然だし、もし本当に流雫がいたから遭遇したとしても、同時にその流雫がいたからこそ、自分は生きていると思っていた。
 スーパーヒーローでもアクションスターでもなければ、特別優れた身体能力の持ち主でもなく、何処にでもいるただの高校生でしかない流雫は、ひたすら恐怖を押し殺していた。全ては、自分と澪が生き延びるため。死なないため、殺されないため。それだけだった。
「あんな場所で殺されるのだけは、と思うとね。それは、あの教会爆破の日から変わってないよ。それに、今は自分が生き延びたいだけじゃない、何より澪に生き延びてほしい」
流雫は言った。それも、この数ヶ月変わらないものだった。
 2月、流雫が通う高校のすぐ近くに建つ教会が、何者かによって爆破された。その爆風で校舎も一部損壊した。警報が鳴り響く中、避難する流雫は学校に侵入してきた男と目が合った。もしかすると、自分が授業中に外を眺めていて、偶然爆破の一部始終を見たから、口封じが目的だったからかもしれない。
 男が手に持った機銃は、流雫に向けられた。それまで、銃など最初の講習会でしか使ったことは無かったが、殺されないためには撃つしかなかった。それが始まりだった。
 ……何度も、同じ事を澪と話している。その自覚は流雫には有った。それでも、澪はイヤな表情を微塵も浮かべることは無かった。それに甘えているだけだ、と言われれば否定しないが。
「この異常な日々が、何時まで続くか判らないけど、僕には澪がついてるし、澪には僕がついてる」
流雫は言った。
 澪には僕がついてる、それは流雫が滅多に口にしない言葉だが、強気に出ているワケではないことは澪には判る。
 ……澪には僕がついてる、だから僕はテロに遭遇しても澪のためにも、形振り構わず逃げ延びるしかなく、そのためには引き金を引くことすら厭わない……。
 流雫はそうやって、何時か近い未来に起きても不思議ではない、新たなテロへの脅威に緊縛されないようにと、鼓舞している。澪にはそう見えた。尤も、彼の場合は鼓舞と云うより自分にプレッシャーを掛けているだけに過ぎないが。
「心臓に悪いことはダメだからね?」
澪は釘を刺した。ジャンボメッセでの流雫は、何度思い出しても心臓に悪いとしか言えなかった。

 その後2人は、答案用紙が返却され始めた期末試験の話を少しして、通話を終えた。
 これで後は、夏休みのことに集中できる、そう澪は思った。今のところ、2回流雫と会うことになっている。そのうち1回は、デート気分は禁物なのは判っているが、それでも一緒にいられるのは嬉しいことだった。

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