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第39話 挟撃

 視界の先の曲がり角から姿を覗かせたのは、キュクロープス。
 以前俺がスキルを使って倒した外魔獣(モンスター)
 それが、二体も。
 
「や、やべぇ……!」 

 思わず漏れた言葉に全員が振り向くと、一様に息を呑んだ。

 ———どうする。

 戦いやすさだけで語るなら、デスバッファローが四体のほうが多少はマシか。
 激戦を積み重ね、あれから俺たちも確実にレベルアップを果たしている。
 エリシュはトータルでA、俺もマルクもBの上位まで上がっている。
 先制攻撃で一体仕留められれば、アルベートとクリスティのサポートを頼りに、互角の戦いができる筈。

 ———だが。

 キュクロープスがわざわざ手をこまねいて、それを傍観するだろうか。
 答えは、きっと否、だ。

 ———ならば。

 戦うしかないのか、俺のスキルを使って。
 スキルを使えば、キュクロープス二体を同時でも勝負になるかもしれない。
 スキルを使って一体なら、倒したことがあるのだから。

「くっ……仕方ねえ! ここは俺の『終焉なき恋慕(ラブスレイヴ)』で、後ろのキュクロープスを食い止める! お前らはその隙にデスバッファローを倒してくれ!」
「……待て、ヤマト。お前のスキルは危険すぎる。……ここは俺に任せてくれないか」
「ば、バカ言ってんじゃねー! 相手はキュクロープスだぞ! それも二体だ! 俺だって勝てるかどうかあやしいのに……」
「……大丈夫だ。俺にもとっておきの秘策があるんだ」

 マルクの顔から表情が抜け落ちていた。ただその目だけは妙に優しくて、俺をしっかりと捉えている。

「マルク……お前、まさか、死ぬ気じゃないだろうな!」
「はは! 馬鹿言うな。そんな訳ないだろう。俺だって死ぬのは怖い。それに俺が死んだら、アルベートとクリスティの面倒を、誰が見るって言うんだ?」
「そうか……そうだよな。……分かった。ここはマルクの秘策ってヤツを信じる。俺たちが加勢に戻るまで、キュクロープスを食い止めてくれ。ゼッテーに死ぬなよな!」
「……ああ。任せてくれ」

 マルクは毅然(きぜん)と振り返り、ゆっくりと距離を詰めるキュクロープスへと対峙する。
 十分に外魔獣(モンスター)を引きつけてから、両手をかざし猛々しく吠えた。

「これ以上は進ませんっ! 『集え慈悲の守護壁(インティマシーウォール)』!」

 翠焔(すいえん)がマルクの前に立ち登る。緑の炎は増え続けると、マルクを中心としてキュクロープスを取り囲んだ。
 キュクロープスの表情から余裕の笑みが消え失せる。体をもぞもぞと動かしているが、どうやら動きが取れないらしい。
 これはマルクのスキルだ。
 特定の範囲に限り、相手の動きを封じ込める効果があるようだ。

「し、知らなかった。マルクさん……あんなスキルを持っていたなんて……」
「へっ……やるじゃねーかマルク。 ……よし! マルクのためにも早いところデスバッファローを倒すぞ! 覚悟はいいか!? アルベート!」
「あ、は、はい!」

 俺は反転するとデスバッファローに向かって、低い姿勢で駆け出した。
 既にデスバッファローたちは、俺たちのことに気づいている。
 頭数は四体四だけど、戦力的にはかなり厳しい。
 マルクが抜けた穴は、それだけ大きかった。

 だが、マルクの奥の手で、挟撃だけは避けられた。
 マルクの想いに応えるためにも。

 ———俺がやる、やらなければ。
 
 風を裂き、急襲を仕掛ける俺の目の前に、デスバッファローの群れ迫る。
 初速からトップスピードで疾走した俺に、デスバッファローたちも戦慄した。
 それでも一番手前の一体が、腕を素早く振り上げて。
 カウンター。鋭い爪を、打ち下ろす。
 ドンピシャのタイミング。完全に捉えていただろう。俺がそのまま向かっていれば。
 俺は残像を残すほどのスピードで、右横に飛び退けていた。
 そのまま壁を足場にして、さらに加速。空振りをしたデスバッファローへと跳び戻る。

「うおりゃあああああああ!」

 ———デスバッファローに惨めに負けた、もうあの頃の俺じゃない。

 大上段から、渾身の打ち下ろし。
 大気をも両断する鋭い剣筋は、あっさりとデスバッファローの頭蓋を断ち割ると、胸あたりまで切り裂いた。
 そのままデスバッファローの体を蹴り、後方にトンボを切る。

「———エリシュ!」
「獰猛な赤の精霊たちよ、我が力となり此を撃て!」

 火炎が唸りを上げて、デスバッファローの集塊へと撃ち出される。
 それが一体の左腕を焼き落とすと、残り火が飛散して隣の一体に引火した。

(……浅い。流石にこの距離じゃ、正確にヒットさせるのはエリシュでも無理か)

『『ギャオオオオオオオ!』』

 左手を失ったデスバッファローと、引火して地面に転がり鎮火に努めるデスバッファロー。
 二体から放たれる苦悶の響きが、重なった。

(火傷のヤツは、軽傷だ。ならば!)

「アルベート! クリスティ! 左手がないヤツを狙え!」
「「はい!」」

 駆けながら、二人が息を合わせて呼応する。

 エリシュの魔法力は極力温存したい。
 腕が一本のデスバッファローなら、あの二人で何とかなる……と、思う。

 体に着火し、転がり火を消すデスバッファローと、無傷のデスバッファロー。
 俺は迷わず無傷の外魔獣(モンスター)と対峙した。
 それが真っ向勝負でも、一対一なら負けはしない。

 上手く敵を分散することができた。本当に……。
 
 ———まさか。
 
 俺はエリシュに振り向いた。彼女の口元が少しだけ持ち上がる。

(へっ、そういうことかよ……!)

 エリシュが魔法で的を外すのは初めてだと、勝手に思っていた。
 だけどこれはきっと、エリシュの狙い通り。
 ダメージを分散させたんだ、一発の魔法で。
 この好機を作り出すために。
 そしてエリシュだって悟っているんだ。自分の魔法力の残量を。
 
 俺はゆっくりと、視線を前へと戻した。

(ちっ、乗ってこなかったか……)

 エリシュに視線を向けながらも、意識は眼前のデスバッファローから切らしてはいなかった。
 相手の隙をついたと、大味になる攻撃を迎え撃つ、カウンター狙い。その誘い。
 虚しく空振りに終わってしまう。
 対峙するコイツは、冷静なヤツだ。
 同種の外魔獣(モンスター)でも、個体差はある。

 ———強敵かもしれない。

 剣を握りしめる手に、自然と力が籠められた。

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