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第23話 俺が俺であるために

「俺たちの連携(コンビネーション)も、結構(さま)になってきたよなっ!」
「……まあ、そうね」

 浮かれ顔、まさにご満悦といった俺の輝かしい笑顔とは対照的に、エリシュは素っ気ない返答で小さなガラス瓶を手渡してきた。
 幾度かの戦闘と死線をくぐり抜け、辿り着いた53階層へと続く階段。螺旋に(くだ)る足音が小さな囁きを奏でる中、俺は小瓶———回復薬(ポーション)をぐびっと一口にあおった。

「ぷはーっ! きくぅー! ……おし! 体力回復! この調子でどんどん先に進もうぜ、エリシュ!」
「……ヤマト。水を差すようで悪いけど、回復薬(ポーション)は残り二本よ。ここから50階層の居住階層(ハウスフロア)までは、なるべく無駄な戦闘は避けないと」
「マジかよ……なら仕方ねーな……」

 80階層で目一杯買い込んだ回復薬(ポーション)も、いよいよ乏しくなってきた。
 もちろん70階層、60階層と途中の居住階層(ハウスフロア)でも備品は都度補充をしてきた。だが、下層にいくほど物価の価値は上がっていく。だからこそ80階層で備品を大量に購入したのだと、エリシュの言。
 エリシュが持参した現金だって、もう残り僅か。実に心許ない経済状況なのだ。
 なら、ドロップアイテムを売ればいいじゃないか、と意見した俺にエリシュがハラムディンの事情を、冷ややかな眼差しで教えてくれた。

「ドロップアイテムは70階層あたりでは取り扱ってくれないの。闇市自体、存在しない。だって外魔獣(モンスター)の数は少ないのだから武器もアイテムも在庫も心配はない。……当然の話よね。だからアイテムの換金は50階層あたりから。それまでは切り詰めていかないと」

 エリシュのありがたい薫陶(くんとう)を受けて分かったこと。
 俺たちが名乗っている冒険者(フリーファイター)は、50階層を拠点とする者が多いらしい。それより上層だと強い外魔獣(モンスター)だらけとなるし、それより下層でも今度は外魔獣(モンスター)の数に圧倒されてしまう。

 50階層あたりでたむろして、強い外魔獣(モンスター)との遭遇を回避しつつ、弱い外魔獣(モンスター)を駆逐してドロップアイテムを闇に流して糊口(ここう)を凌ぐ。それが一般的な冒険者(フリーファイター)の生き方のようだ。

 現に50階層台へと突入すると、冒険者(フリーファイター)(おぼ)しき集団と何度か顔を合わせた。
 冒険者(フリーファイター)は先程の俺たちように、外魔獣(モンスター)の大群に取り囲まれるミスは決して冒さない。
 慎重に、焦ることなく、確実に勝利を掴める外魔獣(モンスター)のみを、ただひたすらに討伐していく。
 先を急ぐ俺たちとは、根本的に戦闘態勢(スタイル)が違うのだ。

 長い階段も終わりを告げ53階層に降り立つと、やはり外魔獣(モンスター)の咆哮が、狂気に満ちた(いななき)が、迷路(ダンジョン)内に充満していた。
 一階層降りるだけで、濃さを増していく死の臭い。ひりついた空気が顔を強張らせ、肌が自然と粟立っていく。
 80階層より下の迷路では、階層の中央を縦断する聖支柱(ホーリースパイン)(じか)に見たことはないけれど、どこからかその光が差し込むようで、岩肌にこびりついた苔が媒介となって光を成し、完全な暗闇とまでは言い難い。かと言って、覚束ない光源を頼りに急いで進むには難儀する。
 俺たちは小さなランプで足元を照らしながら、エリシュが手にした迷路地図(ダンジョンマップ)道標(みちしるべ)に、慎重さよりも前進を少しだけ優先して、冒険者(フリーファイター)からすれば大胆に道を練り歩いていく。

 今までは外魔獣(モンスター)遭遇(エンカウント)すると、まずエリシュを見る。
 エリシュは高ステータスの強者がようやく対峙できるような屈強な外魔獣(モンスター)種は、すベて把握している。その場合、尻尾を巻いて一目散に敵前逃亡。
 もちろんエリシュと示し合わせた上の行動であり、下層へと急ぐには仕方がない。
 まさに急がば回れ、なのだ。
 それ以外———Cランク以下の外魔獣(モンスター)は多少強引でも正面突破———だったのだが、回復薬(ポーション)はおろか水や食料でさえ、切り詰めてあと何回分か。そんな状況下。
 俺たちの命を繋ぐ備品も少なくなり、回り道が多くなるかな、そんなことを考えていた矢先。

 洞窟のような迷路(ダンジョン)の深奥から、木霊と化した悲鳴が轟いてきた。

 ここに至るまで、冒険者(フリーファイター)の戦闘を目の当たりにしたことは幾度かある。が。
 ……これは。間違いなく。

 想像するまでもない、劣勢時に発する恐怖に打ちひしがれた音声。
 絶望に塗りたくられた喊声(かんせい)。例えるなら、断末魔に限りなく近い。

「———おいエリシュ! 冒険者(フリーファイター)があぶねーかもしれねぇ。助けに行くぞ!」
「……それは構わないけど、いいの? 私たちまで窮地に(おちい)りかねない」
「バカヤロ! 近くで誰かが困ってるのに、助けに行かないなんてありえねぇだろ!?」

 急ぐ気持ちに変わりはない。
 だけどここで、俺を俺たらしめる心の芯を自ら折ってしまったら、玲奈に二度と会えなくなる。玲奈の顔を直視できなくなる。そんな予感が唐突に芽吹く。
 俺は偽善でも慈悲でも説明がつかない感情を、直向(ひたむ)きな視線にたっぷりと乗せて、エリシュに答えを求めた。

「……わかったわ。だけど一つ約束して。……最悪私たちじゃ勝てない外魔獣(モンスター)かもしれない。参戦するかの判断は私に委ねること。……それでいい?」
「ああ、構わねーよそれで。———早く行くぞ!」

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