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第22話 50階層台の戦い

「エリシュ! 俺が数の多いほうを引き受ける! 右側は任せてもいいかっ!?」
「ええ。こちら側は任せて頂戴。くれぐれも気をつけてね、ヤマト」

 エリシュの返答を背で聞きながら、俺は左側に群がるおぞましい外魔獣《モンスター》の海原へと、駆け出していく。

 80階層から10日が経ち迷路(ダンジョン)(くだ)ること、ようやく54階層。
 俺とエリシュは今、道筋が何本も集結し、やや開けた空間で外魔獣(モンスター)の群れによる挟撃という脅威にさらされていた。

 時には刺突としての凶器にもなる長く鋭い二本の触角と、異常に発達した後脚。体長は子供の背丈ほどあるだろうか。バッタを禍々しく肥大化させた外魔獣(モンスター)———キラーホッパーの大群へと、俺は臆することなく身を投じた。

 キラーホッパーが群がるその前列は、まるで触角の壁だ。槍を構えた兵士よろしく俺の行手を阻んでいる。

 駆けながら体を(ひるがえ)し、高跳び選手のように背面ジャンプ。空中で反転しながら打ち下ろし気味に、薙ぎ払う。キラーホッパーの頭部が四つ、宙を舞った。
 俺が着地すると示し合わせたかのように頭上の光は遮断され、幾重にも積み重なる影で覆われた。

 キラーホッパーの最大の武器———後脚のふざけた跳躍力から繰り出される全方位攻撃(オールレンジアタック)だ。

 外魔獣(モンスター)の討伐ランクがCの中位に認定されているこのキラーホッパーの、個々の戦闘力はさほど恐れることはない。だがキラーホッパー(仲間)同士で呼び合い連携をとり、集団で狩りをする戦闘スタイルは少人数で戦う者にとって致命的とも言える恐嚇(きょうかく)となる。
 八つの影がたちまち大きくなり、ただでさえ暗い迷路(ダンジョン)内に濃い闇を落としていく。
 周りもキラーホッパーで溢れかえっている。すでに四面楚歌状態。その上、空中からの急襲。このまま制空権すら奪われしまっては、流石に手遅れとなってしまう。
 俺は迷いなく飛び上がると、一匹のキラーホッパーを標的に定めた。

『キ!? シュァ……』

 襲う側から襲われる側へと、瞬時に入れ替わった喫驚の一鳴き。
 最後まで鳴かせる暇を与えずに、ガラ空きの腹に剣を突き立て、そのまま尾まで切り裂いていく。
 空中に敷かれた包囲網を一点突破。
 緑の血飛沫を携えながら重力に身を任せ、下降する。眼下にはキラーホッパーがひしめき合っていた。
 このキラーホッパーという外魔獣(モンスター)は集団攻撃を得意としている故、実に統率が取れている。言い替えれば、馬鹿じゃない。
 下降をする俺の着地点へと瞬時に移動して、頭部を反り上げて武器となる触角を突き出してきた。

 獲物を待ち構え、さながら剣山にも似た、無数にそそり立つ黒い触角。

 よほど当たりどころが悪くない限り、流石に触角の一突きで致命傷をまでは至らないものの、蓄積された損傷は動きを鈍らせ、戦意を確実に削ぎ落としていく。それこそがこの外魔獣(モンスター)の真骨頂。最大の狙いは、相手を弱らせて寄ってたかって襲いかかること。
 動きを止め隙を見せたら、最期だろう。鋭い顎を持った口に食らいつかれれば、そのまま身動きが取れないまま、ゆっくりと生きながら全身を食い散らかされていく。
 俺はその想像に少々戦慄を覚えながらも、鋭い触角がはびこる剣山へと降り立つ瞬間。

「おりゃああああああああ!」

 落下地点の触角を、思い切り蹴り上げた。
 二本の触角がボキリと折れ、独楽(こま)のように回転しながら飛んでいく。
 そのまま触角が折れたキラーホッパーの頭部へ着地。全体重を預けて両足で踏みつける。
 足の下からぐちゃりと潰れた心地よさとは程遠い、(おぞ)ましい感触が全身を伝ってきた。
 無事地へと足を降ろした俺は、密集する外魔獣(モンスター)の海に漂う孤島のよう。
 波打つキラーホッパーたちが体の向きを変える前に、ただちに次の行動へと移行する。

「せりゃああああああ!」

 そのまま着地地点を真芯に据えての、360度回転切り。
 俺を取り巻くキラーホッパーを、浅く、深く、斬りつけていく。
 一回転が終わったところで、素早く状況把握。
 一番ダメージを与えたキラーホッパーを、探す。
 左後方のキラーホッパーは、頭の上半分をすっぱりと断ち切られて、停止状態。まず間違いなく絶命しているだろう。

 そこが包囲の突破口。差し込んだ一条の光。

 俺はその死骸を後ろ蹴りの要領で蹴り飛ばす。キラーホッパーの亡骸(なきがら)は後方へ吹き飛ぶと、周りの同胞たちを巻き込んで、体勢を崩していく。
 すぐさま駆け出し、雪崩に巻き込まれたキラーホッパーの頭や背中を踏み台にし、飛び跳ねながら戦線離脱。一旦群れから距離を取る。

 動きを止めたら、たかられる。俺が誇れるAGI(俊敏性)を最大限に活かした、捨て身のヒット&アウェイ。
 圧倒的な外魔獣(モンスター)の大群を前に俺ができるのは、細々とだが、動き続けて相手の戦力を削いでいくことだけだ。

(ちっ……まだ残り30匹はいるじゃねーかぁ!)
 
 先刻から同じような攻撃を数度繰り返し、数を減らしたとはいえまだ半分。

「ヤマト! 合わせて!」
「———おうエリシュ!」

 右側の外魔獣(モンスター)を沈黙させたエリシュが駆け寄ってくる。
 短い詠唱からの火焔魔法の連射攻撃。
 立て続けに放たれた四発の火球は、キラーホッパーに直撃すると周囲の外魔獣(モンスター)も火焔に包み消し炭へと変貌する。
 少しずつ角度を変えて撃ち放ったエリシュの火球は、キラーホッパーの群れに押し()べて炎の脅威を与えていた。
 エリシュの合図と同時に跳躍し、ゆったりと泳ぐように宙を舞う俺は、俯瞰(ふかん)でそれを確認し。

(残りは———あと15匹!!)

 束になって襲ってこないキラーホッパーなんて、敵じゃない。
 着地と同時に駆け出した俺はその後、数匹ずつに分断されたキラーホッパーを難なく刈り取っていった。

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