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第18話 そんな展開、ありかよぉぉぉ!?

 薄暗い廊下から照明の灯る広い玄関口へと近づくにつれ、影は少女に姿を変え、色彩も浮かび上がる。
 白いドレスで身を飾り赤色の髪を一つに束ねたその少女は、俺のネガティブな想像の正反対。
 思わず『遺伝の法則ガン無視してるだろ!?』と声を大にして叫びたくなるくらい、美しい。
 恐らくだけど、母親の血を100%受け継いでいるのではないだろうか。スライムオヤジの遺伝子が体の隅から隅まで見渡しても微塵にも伺えないことを、まずは心から祝福してあげたい。

「さあ、ブレイク王子にご挨拶をなさい」
「はい、お父様。初めましてブレイク王子。私はルナーラと申します。数多あるご縁の中で、ブレイク王子とこうしてお会いできるこの今日が、私の人生でもっとも輝きを放つ、最良の一日となることでしょう。お近づきになれてこのルナーラ、とても幸せに存じます」

 しっかりと教育を施されたであろう丁寧な挨拶に、ぎこちない笑顔で受け止めることが俺の精一杯。そして。

(……この子が玲奈なのだろうか?)

 整った輪郭と情熱的な唇。目元はやや吊り目だけど切長で、長いまつ毛が妖艶な印象を湛えている。そして輝きすら感じさせる透明感のある白い肌。
 確かに、美人だ。うん、間違いなく美人。
 だけど、この子が玲奈かと問われれば、ハッキリ『Yes』と答えられない自分がいる。
 
(……俺の玲奈への想いは、その程度だったのか?)

 例えどんな姿になろうとも、一目で分かると盲信していた自惚れがもどかしくもあり、同時に歯痒い。

 苛立ちと狼狽。

 二つの気持ちが胸のずっと奥のほうで激しくぶつかり、互いにせめぎ合っているそんな時。
 一人の男が屋敷に駆け込んできた。

「ブレイク王子の御前であるぞ! 無作法は慎むがよい!」

 この場に佇む数多の目に晒された男は、スライムオヤジ———もとい階層主(フロアマスター)の一喝で、腰を落として礼を尽くす。

「……大変失礼致しましたぁ! ど、どうかご容赦を……!」

 階層主(フロアマスター)が俺たちに視線を預けてきた。この場の断罪を俺たちに委ねる、そんなところだろう。
 俺がエリシュをチラリと見やると、彼女も『わかってる』とでも言うようにコクリと一つ頷いた。

「王子の御前での無礼については、恩赦する。気にせずともよい。……それより()の者は何やら火急の報告があるように見受けられる。階層主(フロアマスター)に伝えたほうがよいのではないだろうか」
「えっ……ですが……しかし……」

 この場を丸く収めるエリシュの提案にも、男はもごもごと口内を噛む。

「ええぃ! エリシュ殿のおっしゃる通り、はっきり申してみよ! 一体何事が起きたのだ!?」
「は、はいぃぃ! たった今、聖支柱(ホーリースパイン)から王城の思念伝達が届きました。『ブレイク王子とその側近を国家反逆罪で指名手配とする』と……!」

 ……はい?



 ———な、何いぃぃぃぃ!? 俺とエリシュが反逆罪!? それに指名手配って……一体どうなってやがるんだぁぁ?

「な、なんと……そ、それは誠であろうな!?」
「は、はい。この場でそのような大それた虚言を言う訳が……ありません!」

 使いの男は俺たちと階層主(フロアマスター)の間に、目を泳がせながら最後は語尾を強めて断言した。

「……ブレイク王子。そしてエリシュ殿。これは一体どういうことでございましょう?」
「ちょっと待てっ! なんで俺たちが反逆罪なんて汚名を被らなきゃいけねぇんだ! 何かの間違いだろう、ええ!? おいお前!」

 凄む俺に使いの男は『ひぃぃぃ』と鳴き、その場で尻餅をついてしまった。

「……やっぱりそうきたか。に、しても打つ手が私の予想以上に早かった」
「エリシュ……お前、こうなることを予想していたのか……?」

 その問いには答えずに、エリシュはそっと俯いて目を閉じた。その顔にはうっすらとだが、口惜しさの色が滲み出ている。

 まさに青天の霹靂(へきれき)

 知っていても今まで使ったことのないその言葉で、この場を寸分違わず表現できる。
 誰もが次に発する言葉を模索する中、その静寂を切り裂いたのは甲高い笑い声だった。

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