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民間軍事会社ブラック・シー

 トワイライトは魔の時間だ。
 昼と夜の境目には異界の門が開き、そこから人ではない者たちが姿を現すといわれている。
 彼らは常に人に災いをもたらそうとしている。
 つまりトワイライトは人にとって最も危険な時間帯であるのだ。

 防弾ガラス仕様の高級車が夕暮れの街を走り抜けていく。
 前と後ろには黒塗りのSUVがぴったりついていた。
 中に乗るのは元警察や元軍人だ。訓練されていて経験も豊富。さらに最新の銃器を所持している。万全の準備で護衛対象を警護していた
「こちらアルファ。今から“ポエットpoet”が到着する」
 リアム・ディアスは助手席から無線機を使い連絡を入れた。
“ポエットpoet”は、護衛対象のコールサインだ。護衛を請け負っている民間軍事警備会社ブラック・シーのチームが使っているが、リアムは、この呼び方があまり好きではない。

「もうすぐ家に着きますよ」
 リアムは、後部座席でおとなしく座っている少女に声をかけた。
 彼女は返事もせず軽くうなずいた。
 護衛対象であるヴィオレタ・クリステスクは、ヨーロッパでも有数のハイテク企業オブリビオンCEOの一人娘だった。
 十代前半の少女だが警護の体制は中東の石油王クラスだ。民間軍事警備会社ブラック・シーを使った警備費用はかなりの高額だったが難なく支払いを済ませている。
 リアムが、ちらりと後ろを見るとヴィオレタ・クリステスクは、無表情で外の景色を眺めていた。
 最初は機嫌が悪いのかと思っていた。しかしその無表情さは常に一緒で子供らしい笑顔もしかめっ面も見たことがない。
 途中で気づいた。
 ああ、この娘に感情の起伏がないのだと。

 邸宅に近づくと待機していた護衛が警戒態勢に入った。
 門が開いていくと護衛対象を乗せた車の車列が次々と入っていく。
 車が停止した時が一番危険な時だ。それは頑丈な塀に囲まれた庭に入るまで続いた。
 全車が敷地内に入る終わると頑丈な門は早々に閉められた。

「“ポエットpoet”、キャメロットへ入場」
 邸宅の扉が開き屋敷のメイドたちが出迎えた。
 護衛が周囲を警戒しながら車の後部座席の扉を開けた。中から降りたのはとても重要人物とは思えない少女だった。
 少女は両側を護衛され邸宅に入っていく。
 これがヴィオレタ・クリステスクの普通の毎日だった。

 警備は一旦、邸内のチームに引き継ぐ。
 ディアスは、腕時計を見た。
「そろそろ時間だ。今日は、増援の要員が来ることになってる」
「人員は十分すぎるくらいだろ? まだ増やすのか?」
 相棒が呆れた様子で言う。
「増援は部外者で、しかも女だとさ」
「部外者? 俺たちが頼りにならないってか?」
「俺たちでは、ヴィオレタお嬢様のプライベートに踏み込めない部分もある。そういったのを補う人員だろうさ。ボスが言うにはそこそこ戦闘力があるって話だ」
 そんな事を話しているとチームの一人が敷地に入ってくる車に気がついた。
「あれだな」

 門の前にいた警備員が手をかざして、その車を停止させた。
 古い型のシトロエンだ。塗装は色あせてエンジン音も大きい。
 警備員が車内にライトを向けると運転席の男がIDを見せた。
「増援だよ。話はついてるんだ。門を通してくれ」
 ライトで後部座席を照らし、IDの写真を念入りに確認すると門を開けた。
 シトロエンは開かれた門を通って敷地内に入って行く。

「厳重ね。テロリストにでも狙われてれるの?」
 敷地内の様子を見ながらミッシェル・ナイトは運転をしているアベル・デュモンに尋ねた。
 アベル・デュモンは、仲介者が手配した男だった。ミッシェルが仕事を受けた時に連絡や調達、簡単なフォローをする役目だ。彼自身の戦闘力は高くないが、要領の良さや手際には随分と助けられる事が多い。
「俺も詳しいことは聞いていないんだ。でも、こいつら民間軍事警備会社のブラック・シーの連中だぜ。それだけでわかるだろ?」
「相手が手強いってこと?」
「いや、クライアントには金があるってことさ」

 ミッシェルとデュモンが車から降りると屋敷の入り口から警備チームらしき男が手招きしていた。
「こっちだ」
 それに応じで屋敷に入ると三人ほどの男たちが待ち構えていた。
「君らが増援か? 一名だと聞いていたが?」
 リアム・ディアスが玄関の低い階段からデュモンを見下ろしてそう言った。
「いや、俺は単なる仲介者です。ここで仕事をする奴を連れてきただけでしてね」
 そう言ってデュモンは肩をすくめてみせる。
「後ろにいる彼女ですがそうです」
 リアムがミッシェルの顔を見た。
 プラチナブロンドのショートヘアに明るい青い瞳。
 美人だな……
 ディアスはそう思った。
 しかしそれと同時に何かが気になっていた。
 彼女は美しい。正直いってディアスの好みのタイプでもある。青い瞳も好きだ。だがこの顔にどこか見覚えがあった。
 必死に記憶を掘り起こそうとするリアムはもう一度、ミッシェルの顔を見た。
 その時、ディアスの脳裏にある夜の事が思い出された。
 チームが依頼を受けてある金持ちがオークションで競り落とした古美術品を警備していた時だった。アタッシュケースに入れた古美術品は雇い主の書斎で一時保管。人員も配置も問題なかった筈だった。だが、その夜、自分たちの厳重な警備を突破して美術品を奪われたのだ。
 目の前の女は瞳こそ青いが、アタッシュケースを持って窓から逃げていったあの強盗だ!

「動くな!」
 ディアスはホルスターから銃を抜くとミッシェルに向けた。
 突然のディアスの行動に他のメンバーも、それに倣って銃を構えたが理由がわからず戸惑う。
「おい! どうしたんだ、ディアス!」
 ディアスはミッシェルの心臓に銃口を向けたまま叫ぶ。
「彼女はレッドアイだ! あの夜、俺たちを出し抜いた奴だ!」

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