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骨董店シュレスホールド・ガーディアン

 翌日、ミッシェル・ナイトは仕事の準備の為にある店に向かった。
 サングラスをかけ通りを歩き、その店を目指した。
 吸血鬼は日光に弱い。ミッシェルも同様だったが燃え尽きて灰になる程ではない。多少苦しいだけだ。だが我慢できない程ではない。
 それが血清の効力のお陰なのか、血を飲んだ回数によるものなのかは彼女にはわからない。
 とはいえ、彼女の持っている吸血鬼の特殊能力は光の下では十分に発揮する事ができなかった。その能力を発揮するには暗闇が必要だった。

 人気のない路地に入るとその店の入口がある。
 客を選ぶその店は看板も出していない。見かけても裏口が非常口としか思わないだろう。
 シュレスホールド・ガーディアンは、ミッシェルのような特殊な仕事をする者の為の店だった。もちろん逆の存在の者たちも御用達の店でもある。
 そんな店だからお互い敵対関係にある連中が鉢合わせすることもある。だが、“店内では争わない”という不可侵条約があり、それは徹底されている。
 錆びた重い扉を開けると、古めかしいが小綺麗な店内が見えた。
 ウィンドケースには高価そうな骨董品が並べられている。
「これはこれは……レッドアイ。久しぶりじゃないか?」
 店の奥から声がした。
「やあ、元気にしてたかい?」
 ミッシェルは店内を見渡しながら店主の方に歩いていく。
「まあ、このとおり無事生きてるよ」
「品物が増えてるね」
「界隈に不穏な空気が流れ出したのでね。オークションでの仕入れを少し増やしたんだ」
「不穏な空気?」
「近いうちに何か“でかいこと”が起きるって噂だよ」
「どんな?」
「さあね? だが不安は消費意欲を掻き立てるってもんだ。それなりに準備しておいた方が儲かるんだよ。ところで、今日は何をお探しかな?」
「ちょっと変わったやつをね。少し見させてもらうよ」
「ご自由にどうぞ」
 店主は愛想よく返事をした。
 そこは百年以上営業を続ける骨董屋だ。ただの骨董屋ではない。扱っているのは武器や防具。それも魔術的な処置を施したものばかりだった。
 一般の市場に出回れば胡散臭い扱いの品物ばかりだ。値段もそれなり。だが、ここではそういった物に正当な値段がつけられる。故にこの店に持ち込む輩も多い。
「そういえば、仕事を成功させたって?」
 店主の問いかけに彼女は答えなかった。
 この店主は裏情報に通じ、昨夜の話をもう知っている。だからと言って詳しく話せるわけがない。彼女はプロなのだ。
「ねえ、私の能力を防ぐ防具ってある?」
「吸血鬼避けの?」
「いや、私が操れなくなるような……」
「それなら。あんたのような存在のマインドコントロールを防ぐ護符なんかを置いるね」
「最近、それを購入した奴っている?」
「どうだったかな……いや、いないね。これは聞き込みかい?」
「いや、単なる世間話だよ」
 ミッシェルは、いくつか道具を選ぶとカウンターに置いた。
 どれもいわくつきの武器や防具ばかりだ。
「新しい仕事用かい?」
「まあね」
「腕がいいと仕事が尽きないな。待ってな、今、包むから」
「ねえ、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
「また世間話かい?」
「いや」
 そう言うとナイトは輪ゴムで巻いた札の束を置いた。
「これ、商品の代金とは別だよ」
 店主は金を受け取ると数を数え始めた。
「いいよ。で、どんなことかな?」
 ミッシェルはスマートフォンの画像を店主に見せた。
 仕事の資料として添付されてきたハイテク企業“オブリビオン”のCEOの写真だ。
「知ってる?」
「ああ、有名人だね。ウェキペディアにも名前が載るような奴だ」
「裏の世界に関わってる?」
「聞いたことはないな。ただ……」
「何かあるのか?」
「彼らには噂があってな。経歴がきれいすぎるんだ」
「作られた経歴?」
「それだけなら自分をよく見せる為のセレブのご愛嬌ってこともあり得るが、少し違う。こいつら、数年までこの世に存在していない人間だったってことらしい。だからって裏の世界に関わっているとは限らない。知られたくない過去を持つ者はいくらでもいいるってもんだ。特に地位のある奴らはな」
 そう言って店主は肩をすくめた。
「百年以上生きてるって噂もある。こいつはジョークの域だが、もしそうなら、あんたと同じだな、レッドアイ」

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