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閻魔庁の厄介者

 雑貨店の裏口から外を見ると、異世界通りの向こうに大きな建物がある。閻魔庁(えんまちょう)という裁判所だ。明治政府は明治維新になるにあたって太政官布告(だじょうかんふこく)を作った。妖怪たちもそれを真似して大審院(だいしんいん)を作り、後になって陪審法(ばいしんほう)が作られた。深雪は陪審員として参加を求められ、今日は店を玄助に任せてここに来ている。

「判決! 詐欺罪により妖力停止10年!」

書記にあたる小鬼が判決文を持って走っていく。閻魔庁という名だが閻魔はひとりしかいないので忙しい。実際の仕事は小鬼が代行していて、正しい判決と呼べるものではない。裁判は終るかと思ったら異議のある者がいる。

「む……狼毛の獣人、何か」

この世界では詐欺や暴行はよくある。10年は長すぎないかと被告が抗議する。

「もっともである」

閻魔の野太い声とは正反対の甲高い声。小鬼は太政官布告を見て、刑の下限を調べる。

「では1年に」
「分かった」

この程度で納得してしまうのはチョロイものだと小鬼がニヤつく。何しろ裁判はたくさんあるのだから、手早くしたい。小鬼の裁判官は要領のいいものが出世する。悪どいやつが悪を裁くという矛盾に満ちた場所だ。

「次!」

獣人の事件の陪審員が退廷し、次の陪審員……深雪たちに代わる。
 幾重にも縛られた少女が連れられてくる。姑獲鳥(うぶめ)と言って鳥の妖怪で、飛んで逃げるから縛られる。

「まずは罪状認否だ。雲龍入道の店で窃盗を働いたそうだな。間違いないか?」
「うん? 喋れないのか?」

余りにもぐるぐる巻きで返事もできない。小鬼が部下に緩めるように指示する。精神に問題があるのか、姑獲鳥は咆哮をあげると緩めた鬼を吹き飛ばす。小鬼は(いぶか)しげな表情をする。

「廷内で暴れたものはどうなる?」
「始末して構わないとなっております」

翡翠色の鬼が呼ばれようとする。この鬼は修羅の道を極めた鬼だ。窃盗程度の妖魔では相手にならない。

「待ってくださいませ」

 姑獲鳥(うぶめ)は翼をばたつかせる。羽根から散らばる羽毛の1枚1枚は鋭利な刃物のようになっていて、近寄る者を切り刻む。誰も寄れないはずなのに、深雪が平然と近寄ってくる。

「!?」

深雪の周囲は極低温になっていて、羽毛は凍りつき砕け散る。

「可哀想な子です」

凍らせないよう温度を調節しながら姑獲鳥をハグし、翼を折りたたませる。抱えられたまま、また裁判ができるようになっていた。

「では……気をとりなおし、証人の証拠提出に入ります……」

雲龍入道が店の銀幕写真(防犯カメラ)を出す。姑獲鳥に間違いない。しかし姑獲鳥は暮らしに困っている様子はなく、窃盗の理由が思い当たらない。陪審員数名は事実だけを確認し、結論を出す。

「判決! 窃盗罪により妖力停止10年!」

正常な精神ではなく、狼毛の獣人のように異議を申し立てられない。刑はそのまま確定する。

「こんな裁判があっていいの……?」

深雪の心情は汲まれない。姑獲鳥は再び縛られると奥に連れて行かれた。
 裁判所の控え室に搭季がいる。法廷から出てきた深雪は彼を見定めると挨拶するために近寄る。

「こんにちは……でも搭季(とうき)さんはこのような所に用はないのではありませんか?」
「いえいえ……連れ出した妖怪の件で訴えられているのです。もちろん勝訴ですが……」

契約書類を整え、相手の意思を確認して連れ出すので罪には問えない。妖怪が死んで問題になるのは最後の雇用主であって、搭季は知らずに仲介した罪のない人という扱いだ。それでも深雪は悪い感情しか持てない。

「貴女の参加した事件……変だと思いませんか? 姑獲鳥に窃盗の理由などない」

前の裁判も傍聴していたらしい。深雪は関係者ではない搭季の言を聞き流す。すると搭季は仕方なさそうに呟く。

「思わないならいいのです……しかし、言っておきましょう……アロマサイコロジー……人も妖怪も精神など容易く崩壊する」

真犯人がいるなら、この事件はまた起こる。

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