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第二話

 試験当日。
 わたしたちに用意されたステージは、植物園。
 広い園内で、人が歩くための道も舗装されているが、至る所にある大型の植物や花壇が障害物になっている。壁や屋根は全てガラス製で、太陽の光がさんさんと園内に注ぎ込まれる仕様だ。
 先生の用意したゴーレムが、いったいどんなものなのかは知らされていない。未知なるものとの対面時の判断力も、試験の一部なのだろう。
「行くわよ」
「俺に指図すんな」
 わたしとクソガキが植物園に足を踏み入れた瞬間──天井の方からアナウンスが流れた。
『アン・デリックチームの試験を開始します。ゴーレムを討伐できれば試験合格です。二人が戦闘不能、またはどちらかが降参と叫べば、試験は強制終了になります。その場合、成績は付与されず、後日、補習を受けてもらいます。それでは──』
 わたしたちは身構える。
『試験、開始!』
 ズオォォォォォッ!!
 目の前で一輪だけ咲き誇っていた立派な赤い薔薇が、あっという間に巨大化した。植物園のドーム型天井スレスレまで大きくなる。土の中からボコンと音を立てて、足となった二本の根っこが現れた。
「植物由来のゴーレム!?」
 かれこれ十年以上魔法の研究に明け暮れていたけれど、植物由来のゴーレムは初めて見た──ほぼ引きこもりだった生活が悪かったのか、文献の外の世界ではこんなに進んでいる研究があったなんて……!
 普通、ゴーレムと言えば土か石から生成する──土属性魔法を応用して植物を源とするなんて、そんな珍しいゴーレムを生成できる魔法使いが、この学校にいるっていうの!?
 研究者の血が騒ぐ──今すぐこのゴーレムを魔法解体して術式を調べたい。そして、魔法使いにインタビューしたい。それだけで記事が一本書けるだろう。
 試験が終わったら先生に質問……いや、そんなことしたら他の生徒に不審がられるか……。特にノアに。いやでも。
「土属性魔法を植物に応用するには……水属性魔法を加えれば可能なのかしら……だとしたら最も効率的に複合できる魔法は……」
「おい、何ぶつぶつ言ってんだ! くるぞ!」
 薔薇の中心が口のようにがぱりと、大きく開いた。
「ギャオオオオオオオ!!」
 薔薇が吠えた。
 薔薇の咆哮に、わたしたちは思わず耳を押さえる。
「……っ!」
 シュルルルル!!
 わたしたちが耳を塞いだ隙をついた薔薇の蔓が、クソガキの足をつかもうと猛スピードで伸びてきた。
「【ウォーター・ソード】!」
 クソガキは一瞬で水属性魔法【ウォーター・ソード】を発動し、水で生成された剣を振る。
 迫り来る蔓は一刀両断された──千切れた蔓はまだ生命があるかのように、ビチビチと床を這いずっている。イキがいい蔓だ。気持ち悪い。
「おぉ……!」
 クソガキの反応速度に、わたしは彼の評価を改めた。咄嗟の対応にしては、目を見張るものがある。齢十六にして魔力を大量に消費する【ウォーター・ソード】を使いこなせる者も、滅多にいないだろう。
 なるほど、生意気な口も頷けるだけの魔法の才能がある。しかし──こいつ、水属性の魔法使いか。
 ……だとしたら、大分まずいことになった。
「ねぇ、ちょっと……」
「ウルセェ! 俺に指図すんなって言ってんだろ!」
 わたしの呼びかけは、クソガキには届かなかった──クソガキは怒鳴り捨てて、水の剣を構えて薔薇ゴーレムへと突っ込んでいく。
 その様子だと、おそらく不利状況を自覚しているんだろうな──植物と水の相性はすこぶる悪い、と。
 彼のどんな攻撃も、水属性魔法である以上、あのゴーレムには大したダメージにはならない。そして──彼は水属性魔法しか使えない。
 ……あーあ。
「知ーらない、っと」
 わたしは薔薇ゴーレムを視界に入れて警戒を怠らないまま、距離をとって身を隠せる場所を探した──ちょうど、大きな葉をたくさん実らせている植物でひしめいたコーナーがある。そこにしゃがみこんで植物たちの隙間から、クソガキの戦闘の様子を伺うことにした。
 わたしにとっても、植物由来のゴーレムは未知数。討伐の基本は観察から。無闇に突っ込んでも自滅するだけ──今回は無闇に突っ込む馬鹿がいるおかげで、攻撃パターンも把握できる。
 迫り来る何本もの蔓を、握った剣でバッタバッタと薙ぎ倒していくクソガキ。魔力だけでなく、剣術の心得もあるようだ──とはいえ、蔓は切っても切っても自己再生し、再び襲いかかってくる。致命傷にならない限り、薔薇ゴーレムが倒れるよりも、クソガキの体力魔力が尽きる方が早そうだ。
 植物に有効なのは、もちろん火属性魔法──だが、単純に炎を浴びせただけでくたばるようなゴーレムとの試験なのだろうか。
 そんな攻略方法が明快な試験なのに、わざわざ植物由来なんて珍しいゴーレムを使うだろうか?
 きっと何か別の、炎以外の弱点があるはずだ。
 探せ。探せ。探せ。
 どこかに、何か、違和感が──。
「──ぐわぁっ!!」
 クソガキの呻き声が、植物園のドームの中に響き渡った。
 さっきまで振り回していた武器は消え失せ、蔓に体を巻かれていた。今にも潰されそうだ──なのに、彼は苦しそうに体をよじらせるだけで、そこから脱出するための魔法を使う気配がない。
 おかしい……あれだけの魔法が使えるなら、蔓から抜け出すなんて簡単にできそうなものなのに──と、ここまで怪しんでから分かった。
 ……もしかして、【ウォーター・ソード】を発動したせいで、魔力を使い切ったの!?
「文字通り、諸刃の剣じゃない!」
 そして、今や完全な諸刃と成り果てている。
 わたしは確信した──クソガキは、本物の馬鹿だ、と。
 ……でも、しょうがない。
 だって、まだ十六歳なんだから。
 生意気なことも言われたけれど、ここは助けに行くのが大人の役目──などと、自分に言い聞かせる。
 やれやれ。
 薔薇ゴーレムの前に躍り出ようした、その時だった。
「……あれ?」
 ──あの薔薇、棘がない。
 ……つまり──。
「なぁんだ……」
 わたしはクソガキを捕らえる薔薇ゴーレムの前に、ゆったり堂々と現れる。
 クソガキはわたしの姿を瞳に捉えると、蔓にぐるぐる巻かれた情けない格好のまま、怒鳴り散らした。
「おい! 何しにきた!」
「…………」
「余計なことすんなって言っただろ!」
「【アーチェリー】」
 クソガキの怒鳴り声を無視して、わたしは静かに、風属性魔法【アーチェリー】を発動した──緑色の光を纏う細い竜巻が、弓と矢の形になっていく。
 おもむろに、弓矢を構えた。
 薔薇ゴーレムに向けて──ではなく。

 クソガキに向けて。

「え」
 クソガキが、目を見開いて、自分を狙うわたしを凝視した。
 わたしは矢から手を離す。
 矢は真っ直ぐにクソガキ目掛けて飛んでいき──。
「うおおぉぉぉ!?」
 クソガキが避けたせいで、鏃が彼の頬をかするだけで終わった──クソガキの頬から、血がわずかに噴き出る。
「ちっ、外したか」
 おっと、思わず本音が。
「イッテェな! 何すん……え?」
 文句を言おうとしたクソガキの口が止まる。
 なぜなら、薔薇ゴーレムによる拘束がなくなって、普通に地に足つけて立っていたからだ──というより、薔薇ゴーレムが、ただの薔薇に戻っていたからだ。
「ど、どういうことだ?」
「あれは、ゴーレムじゃなくて、幻覚」
 わたしは地面にぽとりと倒れる薔薇を拾い上げて、近くの花壇に、簡単に埋め直した。
「水属性魔法【イリュージョン】。虹の原理を応用した魔法ね。錯覚に近いから、痛みとか気づきとかで、効果を失うのよ」
 棘のない薔薇はない。「弱点のないものは存在しない」という意味だ──つまり、あの薔薇は存在しない薔薇=幻覚ということである。
 わたしの説明に、クソガキは素直に感心した様子だった。
「……よく知ってんな、お前」
「ま、まあね……」
 十六歳でも、これくらいの魔法知識ならセーフだろう。
 クソガキは、頬に流れる血を手の甲で拭った。小さなかすり傷だ。血はもう止まっている。
「……じゃあ、この試験の課題って、ゴーレムが幻覚だって気づくことだったのか……」
「そう……ね……?」
 クソガキに同意しつつも、わたしの違和感は消えないままだった。
 ……何か、おかしい。
 だったら、試験開始直前のアナウンスで「討伐」なんて言い方するだろうか。
 それ自体がミスディレクション? いや、試験の説明でそんなことするか?
「……ふん、試験と言うには、随分呆気ないな」
 クソガキの言う通り──言う通りどころか、あまりに呆気なさすぎる。
 疑問が晴れないまま首を傾げるわたしを置いて、クソガキは出口へと足を向けた。
 その背後にあった花壇の土が、ボコッと盛り上がる。
 ──ボコボコボコボコッ!!
 土はどんどん盛り上がる。
 一瞬にして、三メートルほどの土ゴーレムが現れた。
「土ゴーレム!?」
 先生の用意したゴーレムは二体いたってこと!?
「え?」
 クソガキが土ゴーレムの気配に気づいて、振り返ったが──もう遅い。
 既に土ゴーレムは、クソガキの頭を目掛けて拳を振り下ろすモーションに入っていた。
「【サイクロン】!」
 わたしは咄嗟に、風属性魔法【サイクロン】を発動──鋭い旋風が刃のごとく駆け抜け、土ゴーレムの腕を切り落とした。
 クソガキに土ゴーレムの拳が叩き込まれるまさに寸前、土ゴーレムの腕がズドンと土煙をあげて地に落ちる。
「この馬鹿! なに油断してんの!」
 尻餅をついたクソガキの手を引いて、わたしたちは走り出した。

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