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第六話



 入学式後は、各自、寮の自室で荷物の整理……なんだけど。
「どこよ、ここ……!」
 広すぎる敷地内であっという間に迷ってしまった。校舎から出て、木々の中整備された道を歩くが、一向に女子寮が見当たらない──建物どころか、自然が色濃くなっている気さえする。
「こんなことなら、途中までコリンについてきてもらえばよかった……」
 さすがに十六歳の男の子を、女子寮まで付き添わせるのは気が引けたのだ。とはいえ、まさか二十六にもなって迷子だなんて。
 校内地図を持ってくるくる回る──魔法を研究しても、方向音痴は治らないんだなぁと痛いくらい身に染みた。
 いっそ風で舞い上がる風属性魔法【ウィンド・パージ】で空高く飛んで、寮の場所を上から見つけようか──いや、誰かに見られて、変な噂になったら嫌だな。目立ちたくないし。
 うんうん唸って、途方にくれていると──
「おい、持ってきたぞ、早く燃やそうぜ」
「これで偉そうにしてるあいつも困るだろ」
 遠くから男の子の声が聞こえてきた。
 ──人だ!
 これで道が聞ける!
「あの、すいませーん……」
 ガサガサと草の間を縫って、話し声のする方へ意気揚々と進んでいく──二人の男子生徒が数枚の布切れを、手のひらから火の玉を出す火属性魔法【ファイア・ウィスパー】で燃やそうとしていた。
「ちょっと、なにやってるの!?」
 あまりに予想外の光景で、思わず叫んでしまった。
 こんな森の中で火属性魔法なんて、一歩間違えれば大火事だ。
「ヤベッ、見つかった」
「逃げろ!」
 わたしの大声に驚いた二人は、全速力で走り去ってしまった──残されたのは、わたしと布切れたち。
「一体何を燃やそうとしていたの……?」
地面に放置された布の一つを手に取る──それは、男性用のパンツだった。割と奇怪な模様をしていらっしゃる。男性用パンツ界隈に明るくはないが、この世に二つとなさそうな不思議な模様だった。
どうして男の子たちがパンツを……?
なぜ【ファイア・ウィスパー】を……?
「ま、まさか……!?」
 ピーン! と、彼らがしようとしていたことを思い当たる。
──この寮生活で、気に入らない人間のパンツを燃やす嫌がらせ!?
「とんでもないわね、最近の十六歳は……!」
 驚きのあまり、ついつい年寄りじみたセリフを吐いてしまう。
 とにかく、持ち主に返してあげないと……!
 誰のものか分からないけれど、コリンに頼んで、男子寮の先生に渡してもらおう。
 腰をかがめて、放り投げられたパンツたちをかき集めている時──
「おい、お前なにしてんだ」
 嫌な声が、背中に降り注いだ。
 ゆっくり振り返る。

 ──クソガキが、驚愕した表情でわたしを真っ直ぐ見ていた。

 正確には──わたしの手元を。
「それ……、俺のパンツ……」
 …………おや?
……これって、ひょっとして、まずいのでは?
 彼の中で、わたしが下着泥棒になっているのでは?
「違う違う違う!!」
「なにが違うんだ、どうやって盗んだ?」
 ずんずんとクソガキが近づいてくる。
「わたしが盗んだんじゃないの! 盗んだ人から取り返したのよ!」
「取り返した……?」
 パンツ欲しいから取り返したみたいになってる!
「と、とにかく、返すから! 持ち主が見つかってよかったわ、それじゃ、わたしはこれで。おほほほほほ」
 パンツをクソガキに押し付ける──慣れないお上品な笑い声で誤魔化しながら、とにかく逃げようとするが、
「待て」
 普通に捕まった。そりゃそうだ。
「お前、怪しいんだよ。なにか隠してるな? 出せ」
 隠してるのは年齢だけだって。お前のパンツはもう全部出したって。
 黙りこんだわたしの胸ぐらが、クソガキの手によってつかみ上げられる。力じゃ勝てない。もちろん魔法なら勝てる。竜巻を起こす風属性魔法【ストーム】で吹き飛ばしてもいいし、土属性魔法【サモン・アースゴーレム】で土ゴーレムを召喚してぶっ飛ばしてもいい──しかし、子ども相手に魔法を使うのは、いささか憚られる。
 このままじゃ白状するまで解放してくれなさそう……!
 いったい、どうしたら──

「アンさん!」

 どこからか、コリンが現れた──胸ぐらをつかむクソガキの手を手刀で弾き飛ばして、守るようにわたしを背にする。
「アンさんに、なにしてるんですか! アンさん、大丈夫ですか!?」
「こ、コリン……!」
 すごい。この子、お目付役だと思っていたけれど、本当は用心棒だったのか。
「あ? なんだよ、お前」
 クソガキがコリンを睨み返す──体術の心得があるコリンに感心してる場合じゃなかった。コリンとクソガキが一色触発の空気だ。
 ──まずい、入学早々喧嘩なんて……!
 問題騒動で退学になれば──わたしはラッキーだが、コリンまで巻き込むわけにはいかない……!
「コリン、待っ……」
「あ、いたいた〜、デリックく〜ん、パンツ盗まれてたよ〜!」
 なんの事情も知らないノアが、手を振りながら和やかに駆け寄ってきた。デリックと呼ばれたクソガキが振り返る。
 わたしたちの視線を一斉に受けたノアは、キョトンとわざとらしく首を傾げた。
「おやおや? もしかして、変なタイミングに来ちゃったのかな?」

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