第四話
高速で荷造りを終えた翌日、初めての登校。わたしとコリンは並んで学校を目指していた。
「お嬢様、顔色が悪いようですが、お荷物お持ちしましょうか……?」
普段の執事用の燕尾服から、男子用のブレザーに制服が変わったコリンが覗き込んでくる。わたしの持病を心配しているんだろう。
「荷物なんて持たなくていいわよ。それに外でお嬢様はやめて。平民のフリをして学校に通いたいから」
せっかく見た目は誤魔化せるのに、二十六歳だとおおっぴらにして通学したくはない。個人情報は可能な限り隠しておきたかった。
「え、ですが、お嬢様はお嬢様ですし……」
使用人かつ子供の立場から、わたしの要求に困り果てるコリン。
「アンでいいわよ」
「あ、アン様……」
「様も禁止」
「アン、さん……」
「そう、それでいいの」
「は、はい……」
コリンは少し頬を赤らめた。慣れない呼び方に照れているのだろう。
そんなコリンを横目に、わたしは少しばかりの罪悪感を抱く──というのも、お父様から、『家に友人を三人招くことができたら、途中退学してもいい』と言質を取ってあるのだ。
それをコリンは知らない。可愛い制服を着ることができるのは嬉しいが、それとこれとは話が別だ。
コリンがわたしと通学できることに喜びを見出しているところ悪いが、わたしには計画がある──性格の良さそうなクラスメイトを騙くらかして家に呼び、お父様の前で友達を名乗ってもらい、とっとと退学する、というものだ。
そんなことはつゆ知らず、コリンは笑顔で話し続ける。
「アンさんと同じクラスに手配したって、旦那様も仰っていたので、楽しみです!」
「あ、コリン、前……」
どんっ。
わたしばかりを見て喋っていたコリンは、前を歩く人の背中にぶつかってしまった。
「す、すみません!」
慌てて頭を下げるコリンだったが──ぶつかった相手は振り向いて、しかめっ面でコリンを睨みつけた。
金髪で高身長。整った顔立ちに綺麗な碧眼を持っていたが、性格の悪さが目つきに滲み出ている──彼は、コリンと同じ制服を身に纏っていた。おそらく、この人もわたしたちと同じ魔法学校の新入生だろう。
同じ新入生同士、コリンのドジをきっと許してくれ──
「前見て歩けねぇなら、外出るんじゃねぇよ」
……なんだって?
わたしはその男を二度見した。
「す、すみませんでした……」
ひたすら頭を下げて謝り続けるコリンを、背の高さも相まって高圧的に見下す男。
わたしの身内を無碍に扱われて、黙っていられるはずもなかった。
「ちょっと、あんた」
わたしはコリンとその男の間に割って入った。
「あ、アンさん……! 僕は大丈夫ですから……!」
コリンがわたしの肩を掴むが、わたしはそれを無視する。
「謝ってるじゃないの。ちょっとぶつかったくらいで、言い過ぎじゃないの」
「はぁ? ぶつかってきたのはそっちだろ」
「謝罪と怒りが釣り合わないって言ってんのよ」
「なんだと」
火花が散りそうな勢いで睨み合うのも束の間、その目つきの悪い男がわたしの全身を見て、ふっと鼻で笑った。
「その制服、お前も新入生だろ。俺に逆らわない方がいいぜ」
「どういう意味よ、クソガキ」
「クソガキって、同い年だろうが」
やば。ムカつきすぎて口が滑った。
「あああアンさん! 入学式遅れますよ、行きましょう!」
ずっと横であわあわしていたコリンがわたしの背中を押してくれたおかげで、その場から早急に立ち去ることに成功した。