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行人堂

 日に日に木漏れ日が、暖かさを増していくこの季節。秋から冬に、葉をすべて落とした木々は、長い眠りから覚め、芽吹いている。蕗の薹がひょこひょこ顔を出している。方向音痴で半人半妖の辻ヶ先遊行(つじがさきゆぎょう)は、それを踏まないように気を付けながら、森の中を急ぐ。
 遊行は、いつものように竜宮へ入っていく。地上は春の訪れに植物や動物が目覚め、賑わい始めているが、ここは湖底にあるため変わらない。遊行はいつもどおりに、九角竜天子(くかくりゅうてんし)の謁見を側近に求める。
「遊行、年が明けてからはここへ来るのは初めてですね。今年もよろしくお願いします」
九角竜天子は、新年の挨拶を遊行に丁寧に仰った。
 竜が多く棲むこの森では、生態系の頂点は竜である。九角竜天子は、その竜の長であるが、物腰が柔らかく、威張った態度を見せない。また、この森の竜たちは、遊行のような竜ではないものたちを見下す態度をとるが、天子はそうではない。他の生命がいなければ、生態系は成り立たないことを熟知し、はぐれ妖怪などを受け入れる度量をしている。
 諸国を旅し、近隣や江戸、京の情勢を天子に報告するのが遊行の竜宮での仕事である。本来ならば、旅に出かける前にも出仕しているのだが、初詣もしたかったために年の暮れに出発した。その時は、竜たちが冬眠をしている時期なので、参上しなかったのだ。
 遊行が、各地で新年を祝い、特に目立った動きなどがないことを天子に報告する。
「ありがとうございました。今回も長旅おつかれさまでした」
そう言って、天子は遊行の旅を労う。
「それと蚕月ですが、毎年寝坊助で、なかなか起きなかったのですが、今年は早めに目覚めました。遊行に会いたくて、早起きしたみたいですよ。行ってあげると喜びます」
天子は、今までにないほどの慈愛の表情を見せる。それはまるで、我が子を慈しむ母のようだ。
 蚕月童子(さんげつどうじ)とは、四つの角を持つ稀有な存在として、竜宮で育てられている唯一の竜の子である。成竜とは異なり、小竜は冬眠の期間が少し長く、啓蟄の頃に起きるのだ。天子の言葉を聞いて、遊行は嬉しくなる。実のところ、遊行の今度の旅は、蚕月童子の冬眠中の出仕を避けようと思い、期間の計画を練ったものだったのだ。自分の訪れを心待ちにしている小さな友人が、冬眠中だと知っていて訪ねるなんて、無粋なことを遊行はしない。
「そうですか。では伺ってみます」
天子に一礼をして、遊行はその場から去った。
 遊行は奥座敷に入る。
「あっ!遊行!明けま()ておめでとう。今年(ことち)もいっぱい(いよ)んなこと聞か(しぇ)てね」
「童子、明けましておめでとう。今年もよろしく」
いつも通りにお互い向き合って座り、新年の挨拶を交わす。
「さーて、では早速、新年一発目の話と洒落込みますかね」
遊行が少し肩を回しながらそう言えば、童子は身を正して傾聴の姿勢をとった。今日も遊行が語りだす。


 昔、俺は一度、とある場所に辿り着いた。街道から外れたその場所へ、どうやって行ったのかは覚えていない。まあ相も変わらず俺は迷ったのだ。そこは、鬱蒼とした森の中だった。一部開けた場所があって、こんこんと泉が湧き、小川になっていた。その畔にはお堂があった。とても気持ちのいいところで、一休みした。そのお堂を、丁寧に掃除をしている老婆に出会った。俺は老婆に話しかける。
「すみません。近隣の方ですか?随分と熱心に掃除されていますが」
「おや、旅の方がここへ来るなんて珍しや。ここは『行人堂(ぎょうにんどう)』と言って、わしが小さい頃は行人様がおった」
「行人様?」
「そうじゃ。その方は修験者で、各地の山々を巡った後に、この地にお堂を建てた。そこでお不動様を彫ったんじゃ。どれ、旅の方にもお不動様をお見せしましょう」
珍しく人が来たので、老婆は嬉々としている。気前よくお堂の鍵を開けて、遊行に中の不動明王像を見せた。
 その不動明王像は見事だった。表情の険しさ、背後の迦楼羅炎(かるらえん)の揺らめき、手に持った俱利伽羅剣(くりからけん)の竜の鱗、羂索(けんじゃく)法衣(ほうえ)の皺まで丁寧に彫られている。その眼には玉眼(ぎょくがん)が嵌め込まれていて、血走っている。
 別に俺は、仏教とか宗教を信仰している訳ではない。しかし、己の半分であるヒトというものを理解するために、寺社仏閣に行くようにしている。宗教は芸術や文化、学問だけでなく、倫理や思想といったものまで教えてくれるからな。またその地域独特の信仰が見られたりする。そこもまた旅の楽しみだ。大きな寺というのは、京や大和といった西国に多く、仏像もそういった寺に多かった。行人堂は東国だったが、京や大和の仏像にも劣らない、こんな立派な仏像に出会えたことに、俺は感動を覚え、鳥肌が立った。
「素晴らしい不動明王像ですね。諸国を旅していますが、ここまでのものは見たことがありません」
俺は老婆に思ったままを伝えた。老婆は非常に喜んだ。
「そうかい。そうかい。あれは、わしがまだ小さい頃、行人様がご健在で、その行人様が彫ったんじゃよ」
老婆はぽつりぽつりと、昔のことを語りだした。
「まだ、仏様のことをよく分からなかったが、母に連れられて、ここへお参りによう来とった。行人様は、一人ここに籠って、お不動様を熱心に彫っていらした。あまりにも熱心に彫っていたので、幼心に声を掛けられんかったものじゃ。ある日、お堂の周りをせっせと掃き掃除なさる行人様にお会いできたので、わしは訊いてみたんじゃ。『どうしていつもあの像を彫っていらっしゃるんですか?』すると、行人様はにこにこと笑って、お答えになった。『拙僧は、若い頃は愚か者じゃった。悪いことをたくさんした。しかし、天網恢恢(てんもうかいかい)疎にして漏らさず、罰が当たって何もかもを失った。裸一貫になった拙僧は、出家して修験者になった。そして人々の情け深さや本当の大切なものがわかった。これも不動明王様のお導きであると、思うようになった。拙僧も年をとり、余命も少ない。余生をこの不動明王像に捧げ、そのお導きを皆に広めたいのだ』そして、行人様はお不動様に真言を唱えた。『ノウマク サンマンダ バザラダン センダ マカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カンマン』わしは、行人様に倣って祈った」
 老婆は一通り話した後、真言を唱えて熱心に祈った。俺もそれに倣って祈ったが、何を言ってるのかは、最後の「ウンタラタ カンマン」しか分からなかった。俺と老婆がそうやって祈っていると、一人の村人がやってきて、ごみを捨てて行った。これに老婆は激怒した。
「これー!こんなところにごみを捨ておって!お不動様の罰が当たるぞ!」
すると、村人は反論した。
「うるさいやい。僧侶もいない廃寺なんだ。ごみを捨てて何が悪い」
俺は眉を顰めた。廃寺だからといって、ごみを捨てていいなんて理屈が理解できなかった。老婆は、村人が捨てたごみを拾って、持ち帰った。ふと、俺はお堂の中の不動明王像を見た。作りこまれた明王像の玉眼が、きらりと光ったような気がしたからだ。気のせいだろうと思い、俺はその場を後にした。

 それから十年以上経った後、俺はまた行人堂の近くに来た。折角だし、あの不動明王像を拝みたくなって、行人堂へ行ってみた。しかし、辿り着いて俺は驚愕した。木漏れ日が差していたお堂の場所は、お堂が打ち壊されていて、跡形もなかった。代わりに杉が所狭しと生え、昼なのに暗い。その木々の間は、ごみで埋め尽くされていた。綿の出た布団や、破れた古着、割れた茶碗などの雑器に、錆びた農具、野菜などの屑。獣や魚の骨もあるようで、野良犬や鼠、烏がごみを漁っている。その鳴き声も、なんともいえない不気味さを醸し出していた。ひどい臭いが辺りに広がる。下肥(しもごえ)(たい肥のこと)を作るための肥溜めも近いのかもしれない。蠅がたくさん飛び交う。こんこんと湧き出ていた泉の小川も、油が浮いた泥水になっていた。気持ち悪い。俺は手拭いで鼻と口を抑えて、その場を後にした。
 その後、俺は一番近くの村を訪ねることにした。行人堂のことを訊きたくなったからだ。しかし、家はあったが、人の気配がしない。藁葺きの屋根は、抜け落ちてぽっかりと穴が開いているものがあれば、新芽が生えていた。酷い家だと、柱が朽ちて押しつぶされている。どうやらこの村は廃村になってしまったようだ。
 今度は廃村とは別方向の集落へやってきた。行人堂より少し低い所にある集落だ。行人堂の方角を見ると、何とも言えない暗い雲があった。雨が近いのかもしれない。こちらは人が住んでいて、声をかけてみた。行人堂のこと、老婆のこと、廃村のことを訊いてみた。
「すみません。昔、上の行人堂を訪れたことがあるんですが、久しぶりに行ってみたら酷い有り様だったので、何かあったのですか?」
「行人堂?」
「あっちの森です。昔、あそこに不動明王像を安置したお堂があったでしょう」
そう言って、遊行は行人堂の方角を指さした。
「ああ、あそこのことか。五年くらい前だったかなあ。ひどい飢饉が発生して、上の村の奴らが、信仰じゃ腹は膨れねえって、あそこのお堂の仏像を、高値で売っちまったんだよなあ」
「売った!?」
「そうそう。廃寺に不似合いな、立派な像だったからな。仏さまも、苦しむ信者を救うのが本望だろうと、有名な寺に売っちまったんだ。お堂も打ち壊して薪にしたり、ひでえことしやがる」
信じられなかった。信じる者が救われるという教えの中で、「飢え」のために信仰を蔑ろにするなんて、本末転倒も甚だしい。飢饉は、そんなヒトを即物的な外道にしてしまうものか。数年おきに当たり前に押し寄せる、天候不順が招いた悲劇といえよう。俺はそんなことを思案した。
「一人止めようとした婆さんがいたみたいだけど、村の男ども相手じゃ歯が立たず、『お不動様の罰が当たる』って言って悶え死んだみたいだ」
その老婆が、昔出会った方に違いないと確信した。信仰心の篤いあの老婆には、村人の所業はさぞ許せないことであろう。その老婆が亡くなったことを思うと、寂しさを覚えた。
「まあ、上の村の奴らは本当に罰が当たってよ。四年前に流行り病でみんなお陀仏さ」
教えてくれた集落の者たちがけらけら嗤う。俺は一人笑えずに聞いていた。
「そういえば、上の村の奴らを診ていた医者が、この集落にいるよ。なんか変な病だったみたいだよ。あっ噂をすれば、先生!この旅の方に、上の村の奴らの病の様子を教えてやってくださらんか?」
たまたま医者が通りかかった所を、男が呼び止める。俺は医者に一礼すると、医者が近寄ってきた。
「あいやわかった」
医者がそう言って話し始めた。
「なんとも奇妙な病だった。皆が苦悶の表情をして、魘されておった。何かに怯えて震えていた。『おふと……さむぁ……』と一様に言うので、悪寒がしていると思い、布団をかけてやった。すると、汗を掻いて息苦しそうにしていた。今までこんな症状の病は、聞いたことがないので、どうすることもできん。しかも村人全員が患っていたから、一大事だと藩主様に報告した。藩医様や、医学者に訊いてもとんと分からず仕舞いで、結局皆死んでしまった……」
医者は、何もできなかったことが辛いのであろう。その表情には、後悔の念がにじみ出ている。集落の者は、医者は何も悪くないと慰めている。そんな時、ぽつぽつと雨が降り始め、段々と強くなる。俺はとうとう来やがったかと思った。暗かった空が、夜のように暗くなる。
「旅の方、急ぎでなければ、私の家に泊まらんかね。何ももてなすことはできないが」
「かたじけない。恩に着る」
そう言って、俺は医者の家に泊めてもらうことになった。
 医者の家に行く途中、犬が行人堂の方へ吠えたり、猫が落ち着かない様子だ。どうにもそわそわしている。鼠が逃げていく。嫌な予感がする。何かの予兆であるかのようだ。どうにも拭えない不安が押し寄せてきた。医者の家に辿り着いて、脚が止まった時、地面から何かが伝わってきた。
「折角の申し出ですが、やっぱり先を急ぐことにします」
「えっ顔色もよくないのに。こんな雨の中歩いたら体に障りますよ」
「本当に大丈夫です。では失礼します」
 俺は医者の制止を振り切り、雨の中を全速力で走った。雨はどんどん強まる一方で、視界を遮るほどだった。合羽や笠では雨は凌げず、ぐっしょりに濡れる。とりあえずここから離れたい。その一心で、我武者羅に走った。すると前方から青い光が見えた。雨で視界はぼやけていたが、その光だけははっきりと見えた。鬼火か何か妖の類かと思った。光はどんどん近づいてくる。息が上がったのもあり、俺は立ち止まって、青い光を見た。どんどん近づくそれに目を疑った。雨の中、ゆらゆらと揺れる青い炎。憤怒の表情に、両手に持った剣と鎖。血走った眼。それは正しく、行人堂のあの不動明王であった。売られた寺から来たのであろう。怒りに怒ったその表情に、俺は身震いした。不動明王は、すれ違った俺には一瞥もくれず、村の方へ向かった。俺はその動向を見るために、振り返った。雨は少し弱まったのか、遠目がきいた。今思えば、あれは刮目せよということだったのかもしれない。とんでもない地響きがした後、行人堂の方から土砂崩れが発生し、集落を呑みこみ、押し流されていった。ついさっきまでいた集落が、一瞬で無くなってしまった。まさに驚天動地。青い炎は、行人堂の方へ行き、次第に見えなくなった。雨はどんどん弱まっていく。集落の方へ戻ろうとしたが、ひどい臭いだった。地面の腐った臭いに、行人堂から流れたのであろうごみの臭い、死臭。これは近寄らない方がいいと本能が告げた。俺はその場を去り、とりあえず離れたい一心で、休むことなく歩き続けた。街道らしい街道なんてない道を、俺は彷徨った。
 上の村の疫病も、あの不動明王が起こしたものだ。医者が言っていた、魘されていたという内容は「お不動様」だったに違いない。あの不動明王は、行人堂から己を持ち去り、一時の欲のために売り払った村人に、天罰を下したのだ。何もなくなった行人堂を、集落の者が、ごみを捨て、肥溜めにした。神聖な場所を、民の都合のために荒らしたので、不動明王は、集落の人間を悉くごみと下肥が混じった土砂で埋め尽くした。そんなことを考えながら、夜通し歩いた。
 夜が明けて、ひどくくたくたになった頃、寺があった。空は、昨夜の雨が嘘のように、晴れ渡っている。寺の小僧が拭き掃除の水を捨てていたので、水を一杯所望した。ひどく疲れた様子の俺に、小僧が心配になって、寺の住職に相談し、朝食の粥をふるまってくれた。冷たい井戸の水と、雑穀交じりの温かい粥が五臓六腑に染み渡る。食後の甘茶を飲めば、人心地が付いた。心配そうに住職が尋ねてきた。
「ひどくお疲れの様子ですが、何かございましたか?」
「いや、宿が見つからず、夜通し歩いたもんで疲れただけです。お陰様で落ち着きました。ありがとうございます」
「こんな雨に夜通しですか。それはそれは……」
俺は昨日のことをありのままに伝えるのは辞め、とりあえず濁した。俺自身まだ信じられない気持ちでいっぱいだった。
「和尚様、不思議なことは重なるものですね。仏像の一体がお戻りになった日に、旅のお方が訪ねてくださるなんて……」
「そうですね」
小僧と住職がそんなことを話し始めた。俺は気を紛らわせたいのもあって、深く尋ねてみた。
「へえ、何かあったんですか?」
「いえ、我が寺の不動明王像が、忽然と姿を消していたのです。もしや盗まれたのかと思い、今日は奉行所に届けようと思っていました。しかし、今朝になると酷く濡れ、泥だらけになってはいましたが、元の場所にあったのです。今しがたその像を小僧と二人で拭ったものです」
嫌な予感がした。背中を嫌な汗が流れる。甘茶で潤した喉が乾く。俺は平静を装いながら、会話を続けた。
「喜ばしいことですね。無くなった仏像が戻ってくるなんて」
「本当ですよ。これも何かのご縁ですから、拝んでいってください」
そして住職が立ち上がり、俺を仏像まで案内してくれた。俺は黙って付き従う。心の中で、あの不動明王ではない、別の仏像であってほしいと願った。しかし、辿り着いて愕然とした。迦楼羅炎の揺らめき、俱利伽羅剣の竜の鱗に法衣の皺、血走った玉眼。紛うことなく、あの不動明王像であった。拭いきれなかったのか、何とも言えない臭いが微かにする。俺は瞠目した。嫌な汗は治まってくれない。それなのに悪寒でゾクゾクする。鳥肌の立つ腕を抑える。
「お不動様を盗むなんてとんでもないことですね。きっと盗んだ者には罰が当たりますよ」
「そうですね。煩悩を抱えた衆生を救い、外道を懲らしめるのが不動明王様のお役目。きっと不埒なことを働いた者には、罰が当たるでしょうね」
俺の背後で、住職と小僧が会話をする。ええ、とんでもない天罰が下ったのを、俺は今、目の当たりにしてきましたよ。心の中でだけ答える。そんなこと言えるわけがない。


「とまあ、こんな感じで『行人堂』の話は御終い。ちょっと怖かったか?」
「よくわかんない」
幼い蚕月童子には、怖い話だったかもしれなかったが、怖そうにはしていない。遊行は前々から思っていたが、この子は怖いものがないのかもしれない。小さな彼は大物になることを予感させる。それとも外を知らない彼が、怖いという感情を抱いたことがないのか。
「よくわかんないけど、(わゆ)いことを()ちゃ駄目なのは分かった」
童子は真剣な面持ちで言った。遊行は微笑みながら、童子の頭を撫でる。
「そうだな。朝でも夜でも、こそこそ隠れた場所でも、悪いことっていうのは何かしらが見ている。神様とか仏様とかお天道様とか。それで何かしらの罰が当たる。だから今年も来年も、ずっとずっといい子にするんだよ」
「うん」
「じゃあお手々出して」
遊行に言われて、童子は小首を傾げながら、両手を揃えて前に差し出す。その両手に遊行は手を出して、童子に渡す。それはお守りであった。童子はもらったものに興味津々で、色々な角度から眺めている。
「それ、お守りね。童子が元気でいい子でいられるように、お願いしておいたよ。ちなみに俺もお揃いで同じのもらった」
童子の前で同じお守りを下げると、童子は嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。その眼はなんともキラキラとしている。
「わぁ、あ()がとう。大事にする(しゅゆ)
小さなお守りをぎゅっと抱えるその姿を見て、遊行も嬉しくなる。
「お守りはね、肌身離さず持っていると厄除けになるよ」
遊行は童子に渡したお守りを、首から下げてやる。紐は童子の角に引っかかることなく、首にかかった。紐を長めにしてもらってよかったと、遊行は安堵した。
 遊行は奥座敷を後にする。自らの首にかけたお守りを眺め、童子の喜びようを思い出した。そして人生初の思い出し笑いをする。今年もあの子に色んなことを教えてあげたい。今年だけでなく、来年もその次も。その決意を胸に、歩を進めた。その足取りは軽い。

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