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1章閑話:閑雲野鶴なVtuber

スパチャ読みを終え、伸びする。

私はどうも配信が始まると仕事モードになってしまう癖があり、五時間一度も席を立たないことだってある。そういうわけで長時間配信が終わった頃には全身バッキバキになっている。

同じVtuberの先輩に教わった極限まで腰の負担を減らした椅子にクッションまで使用しているというのに、数時間一度も立たないというのは思いの外きつい。

本当に小田之瀬 積み香を宿すなら、一度も席を立たないというのは逆に不自然なのだが、どうもオンオフがはっきりした性格というか、PC前から離れるとフッと気が抜けてしまうのだ。

「うぃ~。疲れたよぉ」
そんなわけで配信を終えた私は凝り固まった身体をほぐすためにピザ生地を作る麺棒さながらにベッドをゴロゴロし尽くさなければ活動を続けることができないのだ。

でも、配信の後こそやらなければならない事は多い。まずTwitterを開き、今日の配信で印象的だった事を呟かなければならない。感動冷めやらぬうちに、という奴だ。

それで、今日の配信の中で最も印象的で、写真を撮っておいたスパチャを見返す。

「友達に黙って引っ越したのですが、以降全く連絡がありません。会話したいのですが、連絡しづらい状況にあり、切り出し方がわかりません」確か、送ってくれた人はRinさんと言っただろうか。

ああいったちゃんとした質問は配信の流れを切ってしまうからそれほど読まないのだが、たまたま目についた質問があそこまで私に|フ《・》|ィ《・》|ッ《・》|ト《・》|し《・》|て《・》|い《・》|た《・》事に驚き思わず語ってしまったのだ。

まるで、私と秋窪紅葉の関係にそっくりではないか。私は身を捩りなんとかスマホを取り上げた。
「紅葉は元気にしとるんかの~」

インスタを開くと、紅葉のアカウントを確認する。
私の持つアカウントは、|タ《・》|レ《・》|ン《・》|ト《・》|中《・》|田《・》|愛《・》|弓《・》としてのアカウントと、|V《・》|t《・》|u《・》|b《・》|e《・》|r《・》|小《・》|田《・》|之《・》|瀬《・》| 《・》|積《・》|み《・》|香《・》としてのアカウント、そして鍵付き名無しの、秋窪紅葉の投稿チェック用アカウントだ。

やっていることはストーカーど真ん中なのだが、私に言わせれば紅葉よりストーカーしていて面白い女の子はいない。私のモデル仲間より何故かSNSの画像に気合いが入ってるし、しかも断トツで美人なのだ。だというのにまだ余念なく高身長に見える靴を追求している。何が彼女をそうさせるのか…。

秋窪紅葉は私の幼馴染で、それはそれは心優しい少女だった。自他ともに認める|私《・》|好《・》|き《・》で、どういうわけか小学生の頃からとても私に対し過保護に接してくれていた。

だが、中学生の頃の私はちょっとした脅迫文により心身共に疲労困憊で、突然告白してきた紅葉を突き放してしまったのだった。いや、今考えても告白のタイミングとしては最悪だったんだけどね。

「愛弓!脅迫も舞台も、傷つけてくる奴ら全部投げ捨てて、一緒に暮らそうよ!」
「…こわっ」

とか大体こんな感じだったと思う。なんで女子中学生二人で駆け落ちしなければならないのだ。重いし、まず普通に告白をしろよ。ってなもんだ。

それでも私はずっと側にいて応援までしてくれた人間に対し、何も告げずに学校を決めるという最悪な形で逃げ出してしまった。その頃ならまだまだ仲直りできたかもしれないが、それに加えて、私は彼女に応援されていた舞台での活動を止めてしまったいる。

いよいよ私は、彼女との連絡が恐くなっていた。

そう思えばこそ、Rinというコメ主の引っ越してしまった状況などなんて事はないように思える。うんうん。Rinさんという名前は記憶する限り過去に読んだコメントにはないはずで、詳しい状況は分からない。けれど私より切羽詰まっているという事はないはずだ。

という事で、これ以上間を開けて第二の私を生み出してしまわないよう、私はTwitterでRinさんの事を呟く事にした。

『小田之瀬 積み香
友達との連絡なんてその場のノリでやっちゃってオッケー!!!というか送って無視されたとしても謝りたい事があるなら謝るだけ謝っちゃおう!!!』

Tweetを伸ばすコツは、短文過ぎないことだ。私は人気Vtuberの方々と違って配信のノウハウがないからインフルエンサーとしてのテクニックをこちらにも流用している。

その結果、私は明るいメッセージをよく発信するのだが、自分で書いていてあまりにブーメランが帰ってくるので、私自身を明るくするために紅葉のインスタに齧りついた。

しかし私はびっくらこいた。なんとその日投稿された写真に、見覚えの少女が写っていたのだ。
「瑞羽ちゃんやんけ~」
私の子役時代にいつも見に来てくれて、グラビアに入ってからもいつもイベントに顔を出してくれる女の子だ。
もうすっかり顔馴染みで、来てくれるたびに少しお話をする仲である。

意外な繋がりにびっくりするが、そうか。彼女も女子校といっていたが紅葉と同じ甘王寺だったのか。
二人は仲よさげに移っていて、まるで当時の私と紅葉みたいだった。

私は紅葉の気持ちに答えることができなかったが、もし瑞羽ちゃんが彼女の恋人になってくれたのなら、私に対する恋愛感情が消えて、私と紅葉はまた友人に戻れるかもしれない。そう思うと頬が緩む。

「でもそっか。瑞羽ちゃんか。そうか。そうかもしんないね」
学校でも家でもずっと一緒だった私と紅葉が離れ離れになってしまった原因である「子役脅迫事件」。

正直、紅葉がずっと私と|仲《・》|良《・》|し《・》|以《・》|上《・》を望んでいたのであれば遅かれ早かれ一度は距離を置く期間があっただろうが、ここまでもつれて、今なお仲良くできていない原因はあの事件の傷跡によるものも大きいだろう。

そしてなんと、私はその事件の犯人は目星がついていた。その犯人こそが瑞羽ちゃんである。学校を休んでまで何度もイベントに訪れて、毎度ビクビクされてしまえば否が応でも察しが付く。

あそこまで可愛い女の子が犯人だとは思わなかったが、脅迫方法が手紙だった事と『メトロトレミー』の人気が中学生に集中している事から、犯人が少女の可能性も感じていたし、今はほぼ確定だろうと思っている。

なんたって、イベントに来たファンは当然私の事を好意的に見てくれているはずなのに、彼女は話しかければ逃げ出していくのだ。脅迫した罪の意識を背負っているのだとは思うが、最初は不思議だった。あまりに可愛いものだからずっと追いかけ回していたが、ただの人見知りだと思っていた。

だが確信に至ったのは、同性だし、歳も近いしということでSNSのアカウント名を聞いたら泣きそうにながら「お願いします…。それだけは…」と暴漢にあった村娘のような対応をされてしまったときだ。大変そそる表情だったのだが、その時ようやく察しがついた。

彼女は私にそうまでするほどの|負《・》|い《・》|目《・》があるのだと。そして華のJKである私にそんな負い目のある人物は脅迫事件の犯人くらいのものである。

気づいた時には色々考え込みもしたが、今は安心の方が強い。あんな可愛い少女が犯人でよかった。きちんと反省しているようだしね。それに今、Vtuberしつつのグラビアするのもとっても楽しい。小田之瀬積み香が私の演じるはずだった亜萌天子にちょっとだけ似ているのは私の希望だったりする。

「でも…偶然ってわけはないよねえ」
紅葉からか、瑞羽ちゃんからか。あそこまで複雑な因縁のある二人の出会いが単なる偶然だとは思えない。どちらかの意思が、そこには介入しているのだろう。
紅葉は瑞羽ちゃんが事件の犯人だと知らないかもしれない。彼女は事件に対して結構怒っていたし、バレたら喧嘩になっちゃうかもしれない。

うん。今までは全部封印してきたけど、次のイベントに瑞羽ちゃんが来たら紅葉の話をしてみるのもいいかもしれない。

私はそんな幸せな夢を見ながら、配信部屋を出た。今日は中田愛弓として取材の仕事がある。

『メトロトレミー』の舞台発表間近の出来事である。

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