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深い眠り

 意識が遠のく。もはや痛みも苦しみもない。感じるのは満ち足りた感傷しかなかった。

 自らが起こした事の顛末を見届けられない心残りと安堵がせめぎあうだけ。焦燥も不安も感じない。日は暖かく、風は心地よく、静寂を感じるだけだった。

 覆いかぶさる黒い影を見上げ、ぼんやりと思いだす。存在意義を証明するため使命感の奴隷となった日々と、それでも最後に本能に身を任せて戦えた喜び。がむしゃらに駆け抜けた時間に意味はあったのだと巨大な口を広げる漆黒の怪物を見て自賛した。

 創造者は慌てふためいてこんな化け物を送り込んだのだろうと想像し、ふふっと小さく笑い声が漏れる。出来損ないに仕立て上げた性悪な創造者に向けて、軽率に生命をもてあそんだ報いの一旦を多少は返せただろうと確信できる証拠だった。

 遠く草原の丘陵地に目を向ける。かすんでいく視界でも、正面中央のの中腹にいることがわかった。新たに芽吹いた種。その存在はあるはずのない欠落した感情を埋めてくれたように錯覚させた。今はただ花を咲かせてもらいたいと願う。そして自身と違うやすらかさを得て欲しいと祈って連係を切った。

 リナの知恵とユウトの力があれば叶えられるだろうと期待する。そのどちらも揃ったことは幸運でしかなかった。届くはずのないところにまで手が届いたのだから後悔はない。心残りがあるとするなら、もっと話しを聞いてみたかった。

 視界は白くかすんでゆき、ついに意識はぼやけ、霧散を始める。最期を決する指示を送った。

 空いた胸の中心から次第に輝く細い帯が伸び、幾何学模様を描いて広がっていく。全身を覆うと小さな結晶体が指先から皮膚を突き破り始め、全身は次第に結晶と化した。

 漆黒の幕が降ろされてゆく視界。かろうじて映す片目で見たのは友と呼んだ者の姿。瞬く光と共にゴブリンロードははじけた。

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