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爆発

 巨石に寄り添うようにして四姉妹は遠く大魔獣の大あごが落ちていくのを苦しそうに見つめる。そして一斉にぴくりと身体を震わせた。背後から見守るリナはその変化に気づいて尋ねる。

「みんな、大丈夫?痛む?」

 姉妹達はリナの問いに振り向かず、呆然とした様子で言葉を返した。

「きれちゃった」「なくなった」
「ロードが」「・・・わからない」

 リナは姉妹達が見つめる先を見る。まさに漆黒の大あごが地に触れる瞬間だった。



 中央の物見矢倉の最上階。マレイが構えた槍の青い光があたりを強く照らしていた。

 マレイはじっと大魔獣の動きを捉え、姿勢を保つ。足元の矢倉の木々がみしと音を立てて軋んだ。

 ドゥーセンもラーラも、その場にいる者はマレイから伝わる緊張感を無視できず、ただ黙ってマレイを見ていることしかできない。

「・・・撃つッ」

 高まる緊張感のなかでマレイは前触れなく軽く小さな声でつぶやき、掲げる魔槍を振りぬいて放った。

 青く輝く槍はマレイが振った腕の速さより速度を増しながら、一直線に大魔獣へ向け飛び去ってゆく。その後には青い光が帯のような残像を残していった。

 そして星の大釜外縁両翼に配置されている調査騎士団員、ゴブリン殲滅ギルド隊員が構えていた槍たちがマレイの槍に呼応するかのように追って放たれる。それはまるでマレイの槍に引っ張られているかのような乱れのない間の連鎖だった。



 ユウトの両目はロードを最後までとらえ続ける。頭上を青い光の帯の束が通り抜けようとも気に留めなかった。

 マレイの放った一番先をいく槍がロードに達しようとする瞬間、ロードの身体が端から強く輝きだし、次第に消滅してゆく。そして槍が着弾し、光の柱が打ちあがった。

 次々と槍が光の柱に突入し光は膨張を繰り返す。大魔獣の巨体は光の渦に飲み込まれ、漆黒の身体は打ちあがる白い布のようなもやに包まれて姿を消した。

 それを見てユウトは大魔剣を構え、力を込める。

 大釜の中心から草原の草を押し付けるような色の変化が同心円状に広がってきた。

 変化の境界線が迫り、ユウトは大魔剣を横一線に振りぬく。するとユウトに触れたのは一瞬の強風だけだった。大魔剣の刀身はぼんやりと輝き、動作音が低く響いている。刀身を濡らしていた血は跡形もなく消え去っていた。



 打ちあがる光の渦を見て、リナは姉妹達の前に出るとぎゅっと全員の肩を抱いて覆い、巨石に身を寄せてしゃがみ込むと顔を伏せる。そこにもう一人覆いかぶさる者がいた。

 そしてほどなくして衝撃波があたりを通り過ぎていく。リナが顔を上げると一緒に身を寄せていたのはレナだった。

 レナはすぐに立ち上がり、周囲を見ながら声を上げる。

「みんな無事?」

 その声に対し、全員が無事を伝えた。

 それぞれ巨石の陰に隠れたり防御態勢を取ったりしている。ヴァルはその巨体を盾にするように姉妹達の前方で大きく身体を開いていた。

「レナ、皆無事カ?」

 ヴァルは背中を向けたままレナに語り掛ける。レナはしゃがみこんでいた姉妹達を見下ろした。姉妹達はぽかんとしてレナを見上げており、その目と目が合う。リナも含めた全員の視線にレナは恥ずかしそうにすぐ顔をそむけ、その場から距離を取った。

「全員無事だよ。ヴァル」

 ヴァルの横に向かいながらレナは報告する。そんなレナの後姿をリナは困ったような笑顔で見つめていた。



 大釜の底から発生した衝撃波は少なからず物見矢倉まで到達する。どん、という重低音と共に物見矢倉は揺さぶられた。木材が悲鳴を上げるように軋み、観客たちには動揺が広がる。その中においても幾人は冷静さを失わず状況を把握しようとしていた。

「マレインヤー執政官、この矢倉は倒壊したりしないでしょうね?」

 ドゥーセンは手すりにつかまり、しゃがみながらマレイに尋ねる。

「もちろんです、ドゥーセン中央政務官。ここまでは予定通りです。この程度には耐えうるように建築されております」

 マレイは仁王立ちしながらドゥーセンに手を差し伸べた。

 ドゥーセンの手を取り、立ち上がらせながらマレイは大釜の底を見つめる。そこにはもうもうと白い煙が立ち上るばかりで何も確かなものが見えなかった。



「逝ったか」

 ぽつりとジヴァはつぶやく。切れ長の目を伏せて見つめる先には星の大釜があった。

 ジヴァが一人、誰もいない崩壊塔の頂上の端で佇んでいる。風を切る音が響きながら態勢はまったく変わらず、長髪と服がゆったりと揺れていた。そこから見える星の大釜はとても小さい。しかしジヴァは全く意に介する様子もなく、ただじっと見つめていた。

「面白いものを見せてもらったよ、ゴブリンロード。その身に似合わぬ理性で抑圧してきた本性。すべてを尽くした最後に開放できた喜びは格別だったろう。その真意と力を知る者は少なく、記録されることもない。だがわしが記憶しておいてやろう。永劫の記憶の中で生き続ける・・・その役目がわしだけのものになるかはこの戦い次第、か」

 ジヴァは淡々とした口調で語り終える。そして薄っすらと笑みを浮かべた。

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