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第11話(3)月夜に吠える

「行くぞ、アパネ」

「あ、あいつのことは良いの?」

「逃げ足が異常に速いからな、追っても無駄だろう。それよりも門の突破を優先する」

 スビナエが城門を指差す。その先に立っているリザードマンの兵士たちは動揺する。

「くっ……ど、どうする?」

「どうするってやるしかないだろう!」

 兵士たちがお互いを奮い立たせて武器を構える。アパネが頭を掻く。

「な~んか、こっちが悪者みたいだね?」

「何者でも構わん、さっさと行くぞ―――⁉」

「な、何、この圧力は⁉」

 今度はスビナエとアパネが動揺する。対面する兵士たちの後方から尋常でない圧力を感じたからである。そして、兵士たちもまた怯えたような声を上げながら、左右に避ける。

「ド、ドルフ様!」

「出て来たか……」

「あれが四傑の一角、ドルフ……」

 スビナエたちの前に重厚な鎧に身を包み、黒い竜の顔にやや長身の人間くらいの体格の男が立つ。背中には黒い翼と尻尾が生えている。それを見てスビナエが呟く。

「ドルフのやつは竜人族だったのか……」

「竜人族、話には聞いたことあるけど、ボク初めて見たよ……」

 ドルフと呼ばれた男はスビナエとアパネを見て、低い声で呟く。

「先程、私に報告に参った者……前へ」

「は、はい!」

 一人のリザードマンがドルフの傍らに進み出る。

「先程の報告では、ハーフリングと獣人が暴れているとのことだったが?」

「は、はい……」

「そのハーフリングが見当たらないようだが?」

 ドルフがスビナエたちを指差す。スビナエは体を倍の大きさにする術『ダブル』を使って、現在は平均的な人間の女性程の体格になっている。

「い、いや、これは……!」

「つまり貴様は私に虚偽の報告を行ったということだな?」

「い、いえ! けっして、そのようなつもりは―――⁉」

「万死に値する……」

 ドルフは自分より大柄なリザードマンの頭を掴み、軽々と持ち上げると、握り潰した。

「な、なんて握力! 爪が長い以外は並みの人間と同じくらいの大きさの手なのに……」

 アパネが驚嘆する。ドルフは手に付いた血を払い、呟く。

「ドップはどうした?」

 その問いかけに一人の兵士が怯えながら口を開く。

「に、逃げました……」

「逃げただと? あの御方の推挙を容れて、わざわざ軍勢に加えてやったというのに……まあいい、もとより大して当てにはしておらん……賊徒二匹など私一人で十分だ」

「! やってみろ!」

 スビナエが一瞬でドルフとの距離を詰め、先程ドップを悶絶させた正拳突きを放つ。

「ふん……」

「な、何⁉」

 速く重い一撃だったが、ドルフは片手で難なく掴んでみせる。

「……これが本気か?」

「! ぐうっ!」

 スビナエは掴まれた右手を引き抜いた後、苦痛に顔を歪めながら右手を抑える。

「腕ごともぎ取るつもりだったが、丈夫だな……骨は粉々に砕けたはず、もう使えまい」

「まだ左手がある!」

 スビナエは左手で殴りかかろうとする。

「……」

 ドルフが退屈そうにその拳を受け止めようとする。すると、スビナエがニヤリと笑い、その場でジャンプする。

「アパネ!」

「狼爪斬!」

「むうっ⁉」

 スビナエが飛び上がったその下の僅かな隙間をくぐり、アパネがドルフの膝の辺りを爪でひっかく。思わぬ一撃を喰らったドルフは体勢を崩す。スビナエが声を上げる。

「よく飛び込んできた! 畳みかけるぞ!」

「オッケー!」

「小癪な!」

「ぐっ⁉」

「うわっ⁉」

 ドルフが右手を振り下ろすと、長く鋭い爪がアパネたちの体を切り裂く。それだけではなく、衝撃波のようなものも発生し、二人はそれによって後方に吹っ飛ばされる。

「……わざとらしく大袈裟な挙動で意識を上に集中させ、下半身を狙ってきたか……まさかあそこまで低いところから飛び込んでくるとはな……正直、まったく意表を突かれた。但し、二度目は無いぞ……」

「……アパネ、立てるか?」

 起き上がったスビナエがアパネに声をかける。アパネも傷を抑えながら半身を起こす。

「な、なんとかね……」

「よし、もう一度同じ様に行くぞ」

「ええっ⁉ そ、それは流石に馬鹿の一つ覚えってやつじゃ……」

「同じ様にだ……」

「え? ……!」

「続け!」

 スビナエが再び飛び掛かる。今度は鋭い蹴りを繰り出す。スピードに乗った良い蹴りだったが、ドルフはそれをあっさりと受け止め、淡々と呟く。

「二度目は無いと言っただろう……⁉」

「……時間切れだ」

 スビナエの体が元の小柄な体に戻った。その肩を踏み台代わりにして、アパネが飛び掛かり、ドルフの顔を爪で切り裂く。

「ぐおっ!」

 ドルフがスビナエの足を離し、顔を抑える。右目から血が流れる。スビナエが笑う。

「二度目……あったな」

「よし! 続け様に……」

「うっとうしい!」

「ぬおっ!」

「ぎゃあ!」

 ドルフは尻尾を豪快に振り上げ、アパネたちを弾き飛ばす。アパネは派手に転がりながらも咄嗟に受身を取り、体勢を立て直す。

「かあ~効いた~でも、攻撃は届く! やれるはず! だよね?」

 アパネは近くに仰向けに転がるスビナエに同意を求める。

「盛り上がっているところに水を差すようで恐縮だが、悪い知らせがある……」

「え? 何?」

「さっきまで使っていた『ダブル』だが、使用後はその反動で、極端に動きが鈍くなる」

「ええっ⁉」

「とはいえ、有効な戦い方だ、残念ながらこの様な切羽詰まった状態の頭では他には思いつかん。二度あることは三度ある。また、私に続けて仕掛けろ」

「う、うん……」

 起き上がったスビナエは、思い出したようにアパネに告げる。

「そうだな……いざとなったら空を見上げろ」

「え?」

「行くぞ!」

 三度スビナエが飛び掛かるがその動きは明らかに鈍くなっている。ドルフは嘲笑する。

「その速さでは距離を詰めることさえ出来んぞ……なに⁉」

 ドルフが驚く。スビナエがあっさりと距離を詰めることに成功したからだ。

「油断したな!」

「傷付いた右目の方を死角として攻めて来るか! 卑怯な真似を!」

「卑怯上等! こちとら賊徒なもので!」

 ドルフに迷いが生じる。ハーフリングが右目の方から攻撃して来るのは分かった。しかし、狼の獣人はどこから来る? 一瞬の勝負である、迷っている暇はない。ドルフは口を広げ、大きな声で咆哮する。辺りが大きく揺れる。その地震によって相手が体勢を崩したことに気付いたドルフが口を大きく開き、周囲に向かって火炎を吐き出す。

「『修羅の炎』‼」

「ぬおおおっ」

 落ち着きを取り戻したドルフが周囲を見渡してみると、炎を体に浴びたスビナエが苦しんでいる姿がある。だが、なにかがおかしい……そう、狼の獣人の姿が見えないのだ。

「どこだ⁉」

「今宵は満月……」

「何だと……⁉」

「ボクら狼の獣人は、月夜になれば、よりその力を発揮することが出来る!」

「獣人如きが竜人に敵うとでも!」

 ドルフは尻尾を器用に使い、自分に飛び掛かってきたアパネの両足を縛り上げる。それでもなお、振り上げてきた両手を自身の両手でがっしりと掴む。

「ぐぅっ!」

「手足が使えまい! 後は貴様も火だるまにするだけだ!」

 ドルフは大きな口を開く。アパネはその下にすかさず潜り込み、ドルフの下あごに向かって強烈な頭突きをかます。

「ぬおおっ! な、なんという馬鹿力……はっ⁉」

 ドルフはアパネが彼の首筋に迫っていることに気が付く。

「ま、まさか……」

「そのまさかだよ! 『狼牙斬(ろうがざん)』!」

「うぎゃああああ!」

 アパネがその鋭い牙でドルフの首筋を噛み千切る。首筋から鮮血が勢いよくほとばしって、ドルフは倒れ込んだ。アパネは周囲に聞こえるように大声で告げる。

「魔王ザシンに仕える四傑が一人、ドルフ、討ち取ったり‼」

 周囲に明らかな動揺が走った。皆、持ち場を離れて逃げていく。スビナエが叫ぶ。

「城門が開いた! 走れ、アパネ! 私も下位の回復魔法くらいなら使える! 気休め程度だがな! とにかく回復次第すぐ追い付く。貴様は早く城内に入れ!」

 アパネは頷き、城に向かって走り出す。

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