幸運
「我が間違っていたな。安易な謝罪などが欲しかったわけではないな」
ロードは真っすぐユウトを見上げ、語り掛ける。
「我も似た境遇にある。なぜ理性と思考能力を持ってしまったのが我なのか、とな。何度も何度も自問し続けた。他のゴブリンのように本能に身を任せ自由に生き、自由に死ねたらどれほどたやすかっただろうかと今でも羨む瞬間がある」
ロードの目線はユウトに向いている。しかし見ているものはどこか遠くのようにユウトは感じた。
「答えは、でたのか?」
「答えはでなかった。ただそうなったという事実以上の何かを見いだせないままだ。そんな確かな理由というものはないものねだりなのだろう」
「・・・そっか」
ユウトはロードから何か答えにつながるきっかけを得られるかもと一瞬期待してすぐ残念に思う。
「不運は常にある。しかし同時にその裏には幸運もある。我々にできることはすでに起こった事実をどう解釈するのか、という手段しか持ちえない。
例えばあの洞窟、あの戦闘でユウトが目覚めてしまったことは我にとって不運であった。命を落とす要因となってしまった。しかし同時に予期せず目覚めてしまったハイゴブリンの精神がユウトであったということは幸運でもだった」
「オレで幸運だった?」
続くロードの言葉にユウトは引き寄せられた。
「その身体は本来、異世界の知識を得るためだけの器でしかない。それゆえ器として耐えうるよう生命体の性能を極めて強靭に調整されている。そんな器が意思を持ってこの世界に放たれることは危険極まりないことだ。自ら自身の種を滅ぼす可能性さえある」
「だから本当ならオレは目覚めることなくそのまま死ぬはずだったのか」
その事実にユウトは不思議な気持ちになる。ユウトにとってあの時の目覚めは果たして幸運だったのか不運だったのかと心の中で感じた。
「そうだ。そのまま眠りにつくはずだった命が理由はどうあれ確かに目覚めた。最初、その身体に宿る精神が邪悪ではないかと懸念し、排除することを考えていた。しかし排除する必要がなくなった。それは誰でもよかったというわけではない。ユウトでなければならなかった。そしてそれが我が命を賭けて決戦に挑むと決断した確かな理由となったのだ」
ロードの言葉は力強く訴えかけるものがある。その勢いにユウトは圧倒された。
「買いかぶりすぎだろ。オレはその場その場で足掻いてきただけだよ。そのみっともないあがきにこの身体は答えられるだけの性能があったということだ」
ユウトにはロードの言う言葉が信じ切れず弱弱しくも反論する。その反論に対して答えたのはセブルだった。
「そんなことないです!それはボクが保証します。少なくともボクやラトムはユウトさんに感謝しているんです。そのゴブリンの身体でにではないんです。きっとレナもヨーレンもガラルドだってそうです」
ユウトの首元からセブルは目の前まで身体を伸ばして懸命に、どこかぷんぷんと怒りながら訴えかける。
「う、うん。そうなのか。そうであれば、うれしいな」
ユウトはセブルのその勢いにさらにたじたじになった。
「その魔物の言う通りだ。ユウトの周りには常に何者かがいた。それは敵対心や猜疑心からではないだろう。ユウトの取った一つ一つの判断と行動の積み上げた成果がこの世界で得たユウトへの信頼なのだ」
そうセブルに付け加えるロードの言葉は穏やかに聞こえる。
「オレでも少しは、自信を持ってもいいのかもしれないか」
ユウトはそう言って空を見上げた。
暖かな色に照らされた雲が流れ、吹き抜ける風が大釜の草原を揺らす。
「ロード、セブル。ありがとう。オレ自身の問題が完全に解決できたわけじゃないけど、だいぶ気持ちが楽になった。甘えてしまったかな」
「いいんです!ユウトさんはもっとボクに甘えてくれていいんですよ!」
首元でふわふわの毛を膨らませるセブルを感じながらふうと一息ついてユウトはロードにもう一度向き合った。
「それは我もそうだったのかもしれない。しゃべりすぎた。思いがけず、我は会話を楽しんでいたのかもしれないな」
ロードはそう言うとヴァルはくるりと半回転する。ユウトはロードの顔が見えなくなる際の一瞬、笑顔を見せていたような気がした。
そしてロードを乗せたヴァルはまた進み始める。ユウトはその後を追うように歩き始めた。
ユウトはある程度歩いてるうち、ロードの向かう先がどこかわかる。ロードを会議中のテントへ案内するときに気になったものへ近づいていた。荷馬車の荷台に似た何かが大釜のほぼ中心に草に埋もれるようにしてある。そしてその方向からそよ風が吹いてきた。
風に乗って流されてきたかすかな香りをユウトは感じ取る。
「この匂い・・・もしかして」
その香りはユウトにとって懐かしく元居た世界の情景を一気に思い起こさせた。
「変わった匂いです。何か料理でもしているんですかね?」
セブルが不思議そうにユウトに尋ねる。それと重なるように子どものはしゃぎ声が香りと共に風に乗って聞こえ始めた。