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本心

 ロードから希望という言葉を聞くのは二度目だったとユウトは記憶している。初めて会った雨の魔女の館でロードはユウトを希望だと言った。

「ユウト、お前の存在は偶然から見出した希望だ。だがもう一つ我の内面を占める希望の存在がある」

 ロードはさらに言葉を続けていく。

「ゴブリンが子を残すことは憎悪の連鎖でしかない。そのように我らは作られている。戦闘力を削ってでも繁殖力を強化し、高い残虐性は他種族の心情を逆なでするよう調整されている。為政者の目を盗み社会を蝕む装置。それが我々ローゴブリンだ」

 ロードの語気には怒りの気配が滲み出ていた。

「自らの存在意義がそのような低俗な目的のためだったと気付いたとき、ただただ我は腹立たしかった。欠陥種族として設計した者どもの傲慢を見た。だから我々をもてあそんだ者どもへ反抗することを我が終生の悲願と決めたのだ」

 ロードの言葉は隠し切れない感情的な怒りが聞いて取れる。

「そして、その一端を我は掴んだ。怒りの感情は昇華し、ハイゴブリンという希望を生み出した」

 怒りの色は嘘のように流れ去り、どこか晴れやかな声色に変わっていた。

「それがあの四人姉妹・・・か」

 ユウトは相槌を打つようにぽつりとつぶやく。

「そうだ。あの子等が完成し目覚めた時、ないはずの感情が沸き上がった。初めての感情。突き上げるような喜び。その時すでにわが生涯の意味は成立してしまった」
「ん?待て待て、それじゃあまだ足りないだろ。こうして危険が迫っているのに」

 ロードの物言いが引っかかり、思ったことをつい口に出してしまった。

「もちろんだ。あの子等の行く末を守ってやる必要があることはわかっている。しかしローゴブリンには問題があった。愛情という機能を持っていない。だから執着がない」
「え・・・はぁ?どういうことだ」

 ユウトにはロードが何を言っているのかわからなくなってくる。

「理解しなくていい、する必要もない。我も理屈で理解はできてはいる。しかし仕組みを理解すればするほど、ないものはないということだけがよりはっきりとしてくる。これが欠陥種族の限界なのだとわかってくるのだよ」

 そう言ってロードはハハハと低くしゃがれた声で笑った。

「あの、ユウトさん。ロードは大丈夫なんですか?」
「う、うーん・・・」

 心配そうにセブルが小声でユウトに尋ねる。ロードの初めて見せた奇妙な一面にユウトもどう受け止めていいのかわからなくなっていた。

「問題ない、余計な話だったな。
 要はすでに目的を達した者、報われた者に完全な絶望を生み出すことができないということ。ローゴブリンとして生まれたことへの恨み、怒り、絶望もあの子等という成果の存在で半減してしまうというわけだ」
「守るものがあるからこそ守り切れなくなってしまう・・・ということか?なかなかうまくいかないものなんだな」
「そう捉えてもらっていい」

 相変わらずロードはユウトに背中を見せたまま饒舌に語る。ユウトは次第にふつふつと釈然としない感情が沸き上がってきていた。

「なぁロード。オレに対してやったことはロードがやれたことと同じじゃないのか?」

 ユウトは思いを整理できないままロードに尋ねる。ロードのように怒りや恨みを持っているわけではなかった。ロードやハイゴブリン達の事情に共感できないわけでもない。しかしそれでもユウトは異世界でゴブリンの身体という器に押し込められることを自身で決断したわけでもなかった。

 ただどこか、ゴブリンロードという存在に都合よく手のひらで転がされているような気がしてしまう。死線をかいくぐって切り開いてきた道のりと決断がうまく利用されてしまったように感じた。

 ユウトの問いを受けてなのかそれまで進み続けていたヴァルが突然、進行を止める。そしてそこで半回転してロードはユウトへ向き合った。

 気持ちの整理がつかないままのユウトは緊張の色を隠せないでいる。

「ユウトの望まぬ形でこの世界で目覚めさせてしまったことを我は詫びるほかない。我、一つの個として詫びる。申し訳なかった」

 そう言ってロードは身体を覆っていた布を解いて頭を出し、深々と首を垂れる。あまりに迅速なロードの行動に対してユウトはどう反応して良いのかさらにわからなくなってしまっていた。

「いや・・・オレの方こそ、すまない。正直、謝ってほしかったのかどうかもわからないんだ。
どうしてオレがこの身体に入って、生きているのか、とか。なんでオレだったのか、とか。とにかくわからないことだらけで、それでも生き抜くことだけを考えてここまで来てしまって・・・」

 ユウトの思考はどんどんと負の回転を始める。それまで考えないようにしてきたことがとめどなく溢れ片手で額を掴んで数歩よろめいた。

「ユ、ユウトさん!落ち着いて!」

 セブルの心配する声が響く。ロードは黙ったままじっとユウトを見つめていた。

 ユウトは大きく呼吸してゆっくりと神経を落ち着かせていく、その様子を見ていたロードがゆっくりと語り掛ける。

「落ち着いたか」
「・・・すまなかった。まさかこんなことで取り乱してしまうなんて・・・自分でも驚いている」

 そう言いながらユウトは顔を上げた。

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