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無防

 ユウトにとってあまりにセブルの予想外の変化に否応なくどきりとする。しかし目の前でうつむき小さく震える女の子の肩からはそんな身体の反射さえも波が引いていくように落ち着かせる悲痛さがにじみ出ていた。ユウトの思考は何か自身にできることはないのか、必死に探っている。何か声を掛けようにも気の利いた台詞も思いつかなかった。

 あまりに経験のない事態に不器用に積み重ねた思考は熱がたまって頭をぼうっとさせる。そうして判断の鈍くなったユウトは咄嗟に身を乗り出し膝まづくと右手を伸ばしてセブルの頭に手を置いた。

 ユウトは精一杯のやさしさで艶やかな漆黒の髪の上からセブルの頭を数度撫でる。するとセブルはゆっくりと顔を上げ瑠璃色に輝く瞳でユウトを見た。

 手で隠されていたセブルの人としての顔が膝まづいたユウトの眼前で露わになる。ほんの少し紫を帯びた青く鮮やかな二つの瞳は確かにセブルのもので間違いなく、それ以外のすべてが黒であるのもセブルと変わらなかった。きめ細かい肌も、本来白い眼の部分さえも黒い。ただその質感は確かに人と違わずに見えた。

 見開いた眼は潤み、顔を上げたと同時に頬をつたって流れる透明な水は魔術灯の光を受けてきらりと瞬き輝く。呆け驚いてみえる表情は次第に哀しみとも喜びともとれる何かを堪えるような表情へと変化した。

 そしてセブルは女の子としての身体を前に乗り出し、ひしと目の前のユウトに抱き着くと肩に顔をうずめる。ユウトの背中へ伸ばされたセブルの小柄な両手は服をぎゅっと握り締め、身体を密着させた。セブルのとった行動になすがまま完全無防備となるユウト。ユウトはどうしたらよいのかわからず硬直するばかりで高鳴る拍動を深くゆっくりと呼吸を繰り返して抑えるばかりだった。

 それまで寝床の上で大人しく座ってた黄色い瞳のクロネコテンは立ち上がりそっとセブルに身を寄せる。そして二人と一匹はしばらく動くことなく時間だけがゆっくり流れた。


 
 どれほどそうしていたのかわからないくらいセブルを受け止めたユウトは態勢を維持させ続ける。セブルから漂う獣とは違う香りに耐え忍んでいるとセブルの身体が徐々に縮み始め、それほど時間をかけず、いつものクロネコテンとしてのセブルの形へと戻った。

 床に降り立ったセブルは寝床へ登り話を始めた時の最初の態勢へと戻る。どこかバツが悪そうに耳をかいて話し始めた。

「えっとえっと。気遣ってもらってありがとうございます。その、ぼやけた記憶を想い出そうとしたり感情が高ぶると、あの姿に勝手になってしまうみたいで・・・抑えが効かずにご迷惑を」
「いやっ、いやいいんだよセブル。話してくれと頼んだのはオレの方だ」

 ユウトはふといつだったかセブルにどうしようもなくなる前に相談して欲しいと言われたことを思い出す。その時セブルが言っていたできることさせて欲しいという言葉はどこまでも本気だったのだと思い至った。これまでかわいらしく頼もしい友達という認識だったユウトは急に恥ずかしさが沸き上がってくる。その感情を伝えるのはさらに恥ずかしく思えたユウトは少し声を上ずらせながら話しを進め始めた。

「話しを少し戻そう。セブルが言うにはこれから対峙する大魔獣も元は同胞のクロネコテン達ってことなんだな」
「はい。その通りです」
「そして、セブルはその同胞たちも助けたいってことだろうか?」

 ユウトの問いかけにセブルは一拍、間をおく。

「・・・そうです。もちろん可能な限り、です。損害をこうむってでもとは思いません。でもできるなら、無理矢理に形を変えられ助けを求める同胞を救いたいんです」

 セブルは申し訳なさそうに恐る恐る答えたがその語尾には意志の強さがユウトには感じられた。

「うん、わかった。オレはセブルの願いに協力するよ。一匹でも多くの同胞を救い出そう」

 ユウトはそう言うと手の平をセブルに向けて差し出す。セブルが不思議そうに首をかしげて見つめているとはっとして自身の前足をユウトの手のひらの先へと乗せた。ユウトはセブルの前足を軽く握り少し上下に振って手を放す。

「そうなると、いろいろ追加で作戦を練って準備をしないとな」
「はい!あー・・・あとこの子も含め、助けた同胞をどうするか考えないといけませんね」
「そうだった。オレ達もこれからどうなるかわからないしな」

 桶に座り直したユウトは口元に手を当てながらクロネコテンを眺めて考える。クロネコテンに取り巻くユウト自身の記憶を呼び覚ましながら問題解決の糸口を探した。クロネコテンの希少性、ラーラの申し出、改修される魔獣の体毛など何かつながりそうだった事柄をユウトは頭の中で積み上げる。そしてはっとしてセブルに声を掛けた。

「なんとかなるかもしれないな・・・」
「ほんとですかっ!」

 ユウトの言葉にセブルは高揚して聞き返す。未確定の様相が多いもののユウトには一つの案が思い浮かんでいた。

 どうにか問題の答えに近づく糸口をつかみユウトはほっとする。ここまで一連の魔獣襲撃事件がようやくひと段落着いた気がした。

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