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15話

話を終えてから、例の部屋(なんて呼ばれてるのか知らない)から出て、その足でライラ陛下の元へ向かう。
陛下は既に彼女の部屋(社長室、と呼ぶべきだろうか)で、優雅にお茶をして待っていた。

「いらっしゃい、ココロさん。それと…」

視線を下に向けたライラ陛下。
ビクッとなったニコを、やさしい瞳で見つめながら、目線を合わせるためにしゃがみこんだ。

「あなたがニコちゃんね。今日は来てくれてありがとう」

瞳に似合う優しい声に、ココロの陰からこそっと出てくるニコ。
その表情に安心したのか、戸惑いはぬぐい切れていないが、小さく笑顔を浮かべた。

「ニコ、こういう時はね」

まだこの言葉は教えてなかったなと、ココロもしゃがんで耳元に囁く。一度顔の横にしそうになって、慌てて頭の上の狐耳に移動した。

「は…」

ココロに聞いた言葉を、一度飲み込むようにコクリと喉を鳴らす。
それから、意を決したように口を開いた。

「は、じめ…まして…」

つっかかりながらも、小さな声でその言葉を口にする。
小さいけれど、近くにいたライラ陛下にはしっかり届いたようだ。

「えぇ、初めまして」

ニコリと笑みを浮かべるライラ陛下。その笑顔には、母性が溢れているように見えたのは、間違いではないだろう。

「さぁ、座ってね」
「はい。ニコ、おいで」

少し足の高いソファ(それしか置いてない)に促されたので、ニコを抱き上げて座らせ、その隣にココロも座る。
ライラ陛下とハロルドはそれぞれ一人掛けのソファに腰かけた。

「まずは、遅くなりました。今週の分です」
「まぁ、ありがとう」

今回は、ジャムではなく、メイプルシロップになった。
日曜日。つまり昨日、メッセージではなく通話で、メイプルシロップが出来るかどうか確認された。
以前、シフォンケーキに入れるために使ったこともあり、作れるには作れるが、量はあまり作れない事を了承の上で、今回はその一択。結果、預かっている瓶の3/4ほど作れただろうか。
そして、大量の原液を煮詰めるために、大鍋は借りた(返すために来る必要があった)。

そのため、今回リックにはこちらから連絡を入れて事情を話し、別のジャムになるということの了承を得た。
せっかくなので自分の分にも一緒にイチゴの(ようやく念願叶って作ることのできたイチゴの)ジャムを、リックの分と合わせて作り、リックに届けてきた。

いそいそと、メイプルシロップを別室(おそらくだけど、隣が調理室なんだと思う。使っていたティーセットも一緒に持って行った)に置きに行ったライラ陛下は、戻ってきてすぐに新しいお茶を準備してくれた。
それぞれの好みに合わせたかのように、ココロにはライラ陛下と同じ紅茶、ハロルドにコーヒー、ニコにジュースを。
そして一緒に、高級そうなケーキを出してくれた。

「!!」

ニコがキラキラとした目でケーキを見つめている。
ニコには一度ケーキを作った。来て最初の頃だったと思う。
ホイップクリームは、試しに豆乳で作ってみたところ、リンもイトもおいしいと食べてくれた。
当然、逆にそちらが苦手な子もいたので、豆乳と生乳のホイップクリームをそれぞれ使い、誰でも食べれるケーキを作ることができたのは、とても嬉しかった。

「ケーキ!」
「おいしそうだね」

食べやすいように、切り分けられたケーキをさらに小さくして、別のお皿に乗せたそれをニコに渡す。
「わー!」と嬉しそうにケーキのお皿を受け取るニコ。
スポンジの中、それと外に、カラフルなフルーツが埋まっていたり乗せられていたり。
外側のフルーツにはキラキラと光っている。シロップがしっかり塗られているようだ。

パクリと、大きく開けた口にケーキを運んだニコ。
フォークの持ち方は大分上手になった。今現在、スプーンの使い方を練習中だ。
モグモグと咀嚼して一度飲み込むと、不思議な顔をして首を傾げた。

「?ニコ、どうしたの?」

声をかけるが、ジーッとケーキを見つめたままだ。
食べれないフルーツでもあったのだろうか。それにしては、野菜の時と反応が違う。
試しに、自分の前にあったケーキを食べてみる。フルーツの酸味とクリームの甘さが組み合わさり、とても食べやすい。2,3個はペロッと食べきれそうだ。
…自分の感想はさておき。ニコの反応が一体どういうものなのかが分からずにいると、いつの間にかニコがこちらを見上げているのが分かった。

「どうしたの?」

改めて同じ言葉を投げかける。
今度は、ケーキとココロを、交互に見つめ始める。この様子には見覚えがあった。
最初にショッピングモールのフードコートで食べたハンバーグ。あれを食べたいと強請られたので、夕食で作ったことがある。あの時と同じだった。
同じものだけど違う味に、驚いているのだ。
作る人が変わればまた味も変わってくる。それがまだ、ニコは上手く理解できていないだけ。

「おいしい?」
「おいしい!」

そう声をかければ、戸惑っていたことを忘れたかのように食べるのを再開する。
それを静かに見守っていたライラ陛下は、優しく笑みをこぼした。

「ココロさんは、いいお母さんですね」
「そう、ですかね?初めてなのでほとんど手探りですよ」
「あら、そうなの?子供の相手は慣れてるように見えるけれど」
「子守は、経験ありますよ。親戚の子を預かることも多かったので。けど、子育てはやっぱり別だなって」

まだ1から始めたわけではなく、おそらく一番大変だった時期は経験していない。子守経験から、ニコは大人しい事が分かるから、「母親」から見たらだいぶ楽してるんだろうなということには、気づいている。
だからこそ、ニコに誇れる母親になれるように頑張る必要がある。

「そう気負わずにね。気を張りすぎると、早々にバテテしまうわ。もし相談したいことがあれば、いつでも連絡してください」
「…今更ですが、ライラ陛下にお子さんは…」
「ニコちゃんより少し上の女の子がいるわ」

やっぱり。今日最初に感じた母性は間違いではなかった。
育児経験者に相談できるのはとてもありがたい。勉強だけなら本で出きるが、それが全てではない。
もし何かあった時には、遠慮なく連絡(とは言え通話ではなくメッセージになるだろうが)させてもらうことにした。


しばらく談笑をして、陛下も仕事に戻る時間になったというので、お暇することにした。
ハロルドに導かれてリックの店まで戻る。
店に寄って行こうかと中を除けば、あまり多くないテーブルは人で埋まっていたので、この日は諦めることにした。ケーキごちそうになったばかりでもあるし。

「じゃあ、帰ろうか」
「はーい!」

元気に返事をするニコと手をつないで、厩で待っているクッキーのもとへ向かった。

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