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第27話 クニが先かカミが先かニワトリが先かタマゴが先か

「そ」取り繕うべく言葉を差し挟んだのは、天津だった。「それじゃあ今度は新人さんたちの方から自己紹介してもらいましょうか。ええとじゃあ、時中さんから」手を差し
伸べる。
 時中は黙って立ち上がり「時中伸也です。御社の業績にプラスになるべく努力したいと思います。よろしくお願い致します」と自己紹介をして軽く会釈をした。
 盛大な拍手が沸き起こる。
「彼はね、すごいんすよ」結城が地声を張り上げる。「岩に穴開ける係なんすけど、ものすごい綺麗な穴開けるんです。プロ並みなんすよ彼」
「あれは天津さんが」時中が否定しかけるが、
「おお、すごいな」
「手先が器用なんだな」
「いい人材が入ったじゃないか」主に若い層と見える先輩社員たちが反応し、次々に声を挙げた。
「いえ、私は」時中はもう一度否定しかけるが、
「はい、頭も良さそうだし、理屈的なことはもう彼に任せれば、完璧にやってくれる感じっす。歩く洞窟辞典的な存在になってくれると俺は信じてます」結城が更に持ち上げる。
「まじかあ」
「それは頼りになるなあ」
「宜しく頼むよ」先輩社員らもますます盛り上がる。
「――」時中は口を引き結び、無言となった。
「ええとじゃあ次は、本原さん」イニシアティブはすっかり天津から結城に移動し、結城の差し出す手に従うように本原が時中と入れ替わり立った。
「本原芽衣莉です」名を名乗り小さく会釈する。表情は特に動くこともない。静寂の中、本原は着席した。
「彼女もね、すごいんすよ」結城は再び地声を張り上げた。「クーたんっていうのを信じてるんす」
 本原が無言のまま、斜め向かいの結城に視線を向ける。
「このクーたんってのがまたあれで」結城は本原の視線を受け止めつつも両手を空中に差し出すようにして論説を続ける。「とにかく、なんちゅうかすごいっちゅうか、ただ者ではないんす。えーと本原さん、クーたんって何、クローン動物?」質問する。
「――」本原は無言で結城を見ていた。
「クローンのクーでクーたん?」結城は再度、質問した。
「やめて」本原は答えた。
「え?」
「もう二度と、クーたんのことを話さないで」
「ええっ」結城は目を見開いた。「なんで?」
「穢れるから」本原は答えた。
 場に静寂が戻った。
「芽衣莉ちゃん、か」襖の外で酒林がそっとその名を繰り返す。「名前は覚えたけど……入りそびれちったな」
「酒林さん」突如、室内から木之花の声が響いた。店主は思わず肩をすくめる。「酒が足りないわよ。早く持って来て」
「は、はーい今すぐー」酒林は急ぎ声を返し、すでに素早く熱燗と生ビール、焼酎の水割りセットなどを用意し始める学生バイトに振り向き、幾度も頷きながら指を振り指示を示した。
 木之花の酒の催促が、なんとか場の空気を再び盛り上げることに成功した。その木之花はいつの間にか隣に移動して来た宗像と酒を酌み交わし機嫌よく話している。
「伊勢さんは、大王の守護をなさっているのですか」本原が自分の向かい側に座る先輩社員に訊く。
「俺すか、そうすよ」伊勢は満面の笑みで答える。
「まあ」本原は頬を抑える。「では、アマテラス様なのですか」
「うん、いわゆるアマテラス、す」伊勢は頷く。
「けれどアマテラス様は、女性ではないのですか」本原は首を傾げる。
「ああ。区別する為に、男になってるす」伊勢は自分の体を見下ろしつつ答える。
「区別、ですか」本原は首を反対側に傾げる。
「そうす」伊勢はにこにこと頷く。「まあその内追々、分かると思うすよ」
「えっ、男になったり女になったり、自由に選べるんすか」結城が驚いて訊く。
「ははは」伊勢は笑う。「元々俺ら神ってのは姿形のないものすからね」
「では、国生みの時にはどのようにしてお生みになったのですか」本原は真面目な表情で質問した。
「あれっ本原さん、ここから下ネタ話になる?」結城が目を丸くする。
「下ネタではありません」本原が真面目な表情のまま否定する。「国生み神話です」
「国生みはすね」伊勢は、過去を懐かしむかのように天井を見上げ目を閉じる。「これはもう、地球さんの力、それと太陽さんの力、あとその他色々の星さんたちの力すよ」
「では神は何を作ったんですか」時中が質問する。
「主に、生物圏のもろもろすね」伊勢の答えは明確だった。「最初は海ん中で」
「ああ、海っすか。海っすね」結城が何かに感動しつつ目を閉じ、そして手許の生ビールを呷る。「やっぱ生命の根源は海っすよねえ」
「生物圏のはそうす」伊勢も頷き、手許の生ビールを呷る。「俺、焼酎にしようかな。あまつん、焼酎来た?」下座の方に向かって呼びかける。
「あ、今来る」天津がそう言うのと同時に襖が開き、大きな脇取り盆を抱えた酒林が入室して来た。
「すいませーん、お待たせー」
「おっ、サカさんお疲れぃーす」大山が、厨房の男たちと同じような挨拶を飛ばす。「皆も今日の席取ってくれたサカさんにお礼言っといてー」
「あざーす」
「お疲れーす」
「サカさんお久しぶりーっす」続いて次々に挨拶が飛ぶ。
「あ、どうも、新入社員の皆さん初めまして」酒林は脇取りを天津に渡して生ビールのジョッキを一つだけ取り上げ、上座側へ近づいて来た。「遅れ馳せながら本社の末席を汚しております、酒林と申しますー」最初に本原に向かって微笑みかけながらジョッキを差し出す。
「よろしくお願い致します」本原は自分の飲んでいたオレンジジュースのグラスを持ち上げ乾杯をする。「本原です」
「あーどうもどうも」酒林は続いて時中とジョッキを合わせる。「酒林ですー」
「時中です」時中も乾杯する。
「えーとじゃあ、俺間に入っていいかな」酒林はそのままするりと、水が流れ込むかのように時中と本原の間に座ろうと腰を下ろしかけた。
「いいわけないでしょう」木之花が声を高め、瞬時に酒林の首根っこを掴んで引っ張り上げた。「あっち行って」
「うへー」酒林は失敗したという顔で唸った。「やっぱし」
「当たり前よ」木之花は酒に酔おうとも宗像に見惚れようとも、自分の責務を忘れたわけではなさそうだった。「昼間のこと知らないとでも思ってるの」
「勘弁してよお、咲ちゃん」酒林は苦笑いするしかない様子だった。「俺の習性知ってるでしょ? 蛇なんすから」
「蛇だろうがトカゲだろうが、女を馬鹿にしてるっていうのよ」木之花は酒林のうなじを片手で掴んだまますたすたと卓を回り込み、結城と伊勢の間にすいっとしゃがんだ。「はい、結城さんにも挨拶して」
「あ、どうもー酒林ですー」酒林は奇跡のように一滴たりとも溢すことなく運んで来た生ビールのジョッキを結城のものと打ち合わせ「いや俺、馬鹿になんかしてないよって」またすぐに木之花に向けて抗弁する。
「どしたんすか、昼間なんかあったんすか」結城は当然のように会話に割って入る。
「ねえ結城さん、どうせこの世に生きるんなら、楽しく生きたいっすよねえ」酒林はいまだ首根っこを掴まれたまま、もう一度ジョッキを持ち上げて結城に同意を求めた。
「あ、ええ、それはもちろんそうっすよね」結城もジョッキを上げ、大いに賛同した。「それは木之花さんも同じっすよね」
「――」木之花は目を細め、やっと酒林のうなじから手を離した。「酒林さんのは、ただ単に欲望のままに生きてるだけじゃないの」
「あれえ、咲ちゃん」酒林はくるりと後ろに振り向く。「咲ちゃん、あれえ」繰り返す。
「何よ」木之花は多少たじろいだように、体を後ろに仰け反らせる。
「神にも欲望というものがあるんですか」時中が質問する。「それに先ほど伊勢さんが、神は元々姿形がない、だから男にも女にもなれると仰っていましたが」
「ああ、うん」酒林は時中を見て頷く。「けど俺はね、俺的には、男の方が楽しいわ」
「そうなのですか」本原が続けて問う。「どういうところが楽しいのですか」
「お、芽衣莉ちゃん」酒林は卓上に肘を乗せ身を乗り出す。「俺の本当の姿を、知りたいのかな」
「やめなさい」木之花が再び酒林のうなじを掴む。「彼女はクシナ」言いかけて口を閉ざす。
「――」酒林がぴたりと静止し、そして首だけをゆっくりと振り向かせる。
「――」木之花はそれ以上言葉を継げず、二人は無言で少しの間見つめ合っていた。
「そうなの?」酒林が問う。
「わからない」木之花は首を振る。「けど……社長が面接して採用したわけだから」
「ああ」酒林は、下座の方にいる大山に目を向ける。「そうか、そういやさっき宗像さんが、かの者がスサノオかって訊いてたよな――じゃあ」酒林は結城に振り向き、それから時中に視線を移した。「どっちの彼が?」
「――それもまだ」木之花は肩をすくめる。「わからないわ」
「そうか」酒林はもう一度結城を見て、それから手許の生ビールを見下ろし、ぐいと呷った。
「あの」結城が質問する。「なんかさっきから、スサノオがどうのこうのって話がちょこちょこ出て来ますけど、なんなんすか? スサノオノミコトの事すか?」
 室内に静寂が訪れた。
「まさか、結城がスサノオノミコトだと言うのではないでしょうね」時中が問う。「それを確かめるために採用した、とか」
「俺?」結城が自分を指差す。「いや違う違う、俺はれっきとした人間、結城修っすよ。神様の仲間じゃあないっすよ」首と手を振る。
「神は元々、姿形のないものなんです」天津が説明する。
「ああ、それはさっき、伊勢さんから聞きました」結城は頷く。
「それで我々は、実存を維持するために“依代(よりしろ)”を見つけてその中に入り込んでいるんです」天津は自分の胸に両手を当てて説明を続ける。「その一つが、こういった人間の体、なんです」
「他にも木とか岩とか道具とか、もっと大掛かりに山や川を使う場合もある」酒林が後に続ける。「俺みたく蛇、とかね」
「けれどその依代にどの神が入っているのか、今目の前にその依代があったとしても、お互いわからないんです」天津がまた続ける。「今ここにいる面々は、ずっと長い間お互いに依代の姿で一緒に会社をやってきましたからわかり合えていますが、社員以外の神においては、何を依代にしているか、わからないんです」
「へえー、そうなんだ」結城は感心したように幾度も頷く。「神様同士でも、正体がわからないんすね」
「なるほど」時中も納得したように頷く。「つまりこの結城が、本人が何と言おうとスサノオではないとは断言できないと」
「ええー」結城が首を振る。「俺、スサノオじゃないけど」
「そう」大山が言葉をつなぐ。「そしてことスサノオに限っては――」
「多分、あいつ自分がスサノオだってことに気づいてない可能性高いすよ」さらにそう続けたのは伊勢、アマテラスであった。

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