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第三十八話『吹雪に覆われる町、決戦会議』

 朝目を覚ますと、気温がかなり下がっていた。
 昨夜はエアコンを入れていたはずで、俺は疑問を浮かべながらベッドから起き上がった。横のエリシャとルインを見てみると、二人は互いに身を寄せ合って心地よい眠りについていた。
 なるべく足音を立てずに部屋の中心まで歩き、置いてあったリモコンを持ってボタンを押した。だが何度押してもエアコンからの反応はない。最初は故障したのかと思ったが、部屋を見回した時に理由が判明した。

 「……これって、もしかして停電しているのか?」
 部屋の照明スイッチの光が消えており、試しに押しても反応がなかった。リビングの方を見に行こうと上着を羽織っていると、物音でエリシャとルインが目を覚ました。まだ眠そうな様子だったが、二人とも俺を見るなり「おはよう」と言ってくれた。

 「おはよう、二人とも。まだ早いし休んでてもいいぞ」
 俺はリビングに移動し、大窓に掛かっているカーテンを開いた。すると視界一面は吹雪となっていて、都会の町は隙間なく雪で覆われていた。そのあまりに異常な光景に言葉を失っていると、エリシャとルインが自室の方から歩いてきた。

 「……レンタ、これって」
 「あぁ、やっぱり異界の門の影響だろうな。部屋の電気が点かないのも、たぶん辺り一帯が停電しているからだと思う」
 「……パパ、ママ。……ごめんなさい」
 「ルインが誤ることなんてないさ。立っていても寒いしソファにでも座ろう」
 落ち込むルインの頭を撫で、俺は一度自室に戻った。そしてシーツとスマホを持ち、三人でソファに集まって身を寄せ合った。

 試しにと持ってきたスマホに電源を入れると、こちらは何とか電波が繋がっていた。どうやら町全域が停電しているわけではないようだが、時間が経つごとに雪害で停電になってしまう区域が増えているとトップニュースに載っていた。
 「影響は関東圏の一部のみだが、まだ広がる可能性あり。避難できる方は、最寄りの小中学校などへ……か」
 異界の門がある限り、この異常気象が消えることは絶対にない。不要な犠牲を出さないためにも一刻も早い対処が必要だ。

 「でも、とりあえずは朝食だな。皆でさっさと作ってしまおう」
 「分かりました。でも電気が無いのに調理ができるのですか?」
 「ガスは確か別だったはず。火種に使うマッチも…………あったこれだ」
 火が使えるのを確認し、三人一緒に朝食を準備した。そして皿を持ってソファの方に移動し、またシーツにくるまり身を寄せ合って温かくした。

 「普段はこんな場所で食事したら怒られたもんだが、今日は緊急事態だから特別だ。一応こぼさないように注意はするんだぞ、ルイン」
 「……むぅ、馬鹿にしないで。ルイン、そこまで子どもじゃない」
 ちょっと拗ねた様子で、ルインは皿に盛ってあったプチトマトをフォークで刺そうとした。すると表面でつるりと滑ってしまい、そのままプチトマトは床へと落ちていった。

 「………………あっ」
 ルインはポカンとした顔をし、そのまま恥ずかしそうに頬を赤く染めた。その様子が可愛くてぷっと噴き出すと、ルインはもの凄く恥ずかしそうにして俺をポコポコと叩いてきた。ちらりとエリシャを見てみると、顔を逸らして必死に笑みを堪えていた。
 ルインのおかげで緊張した空気がほぐれ、俺はそれを内心で感謝した。

 「うぅ……。パパ、ママ、笑うなんてひどい」
 「ごめんな、ルイン。今の姿がどうしても可愛くてさ」
 「ふふっ、ルイン。いい子いい子」
 「…………トマト洗ってくる」
 ルインは落ちたトマトを回収し、恥ずかしい空気から逃げだすようにキッチンへと歩いていった。その愛らしい姿をエリシャと二人で眺め、また互いにふっと微笑みあった。

 俺も自分の朝食に手をつけようとすると、カーテン越しの窓から何か物音がした。最初は気のせいかと思ったが、音は途切れることなくバンバンと連続で鳴った。不審に思ってエリシャと一緒に近づき、恐る恐るカーテンを開いて外を見てみた。
 「…………え?」
 窓の向こう側にいたのは、異世界にいるはずの女神だった。だがそのサイズは元の人型ではなく、妖精ともいうべき手のひらサイズとなっていた。慌てて窓を開くと女神は部屋に転がり込み、ガタガタと身体を震わせて俺たちを見上げた。

 「ごっ、ごごごごきげんよう。二人とも、げっ元気にしてた?」
 どうしてという疑問は浮かんだが、俺は先に女神をソファへと連れていった。シーツにくるんであげると、女神は安堵したように深い息をついていた。
 「……ふぅ、温かい。ようやく生き返った心地だわ」
 「女神様、どうしてここに? ……いや、どうやってここに?」
 「あー、事前に言ってなかったし、驚いても無理はないわね。詳細を話すと、ちょっと長くなっちゃうんだけど……」
 女神はここに来た要件を話そうとしたが、目の前にあった俺たちの朝食に気づき、申し訳なさそうにして先に食べるよう促してくれた。


 全員が朝食を食べ終わり、ソファに集まって緊急会議を開いた。
 最初に議題となったのは現状の戦力把握と、ガイウスが拠点とする異界の門の場所についてだ。

 まず女神自身の強さについてだが、せいぜい自衛できるほどしかないとのことだった。こっちに来るのに相当無理をした代償だそうで、決戦時は援護しかできないと申し訳なさそうに言っていた。
 俺自身が戦力にはなれないこともあり、主力はエリシャとルインが務めることとなった。

 次に女神は、異界の門のおおよその位置を教えてくれた。スマホのストリートビューを使って道筋を辿っていくと、最終的に意外な場所へと行き当たった。そこは以前電車に乗っている時に見た、わりに最近閉館した遊園地だった。
 確かにここなら人目につかず、門を開くのにはうってつけだ。この都会の中でそれなりの広さもあるし、戦闘場所としても申し分ない。
 (……たぶんここは、夢で見た写真に映っていた場所だろうな)
 思い出の場所を決戦の場所に選ぶ、そこには彼女の本心に触れた意図がある気がした。

 続く議題は勇者の力を取り戻せる可能性ができたというもので、今回の作戦の唯一の希望でもあった。聖剣に直接触れるという難題はあるが、八方塞がりだった以前と比較すれば大きすぎるほどの躍進だ。

 それから俺が提示したのは、ガイウスがミクルの身体を乗っ取っていられる時間についてだ。
 「……現時点で肉体の主導権を得ているなら、わざわざルインと戦う時にミクルを焚きつける必要はありません。時間的なものなのか精神的なものなのか、どちらにしても何らかの制約はあると思います」
 あくまで推測だが、女神は納得したように頷いてくれた。
 「となると土壇場まで、魔王は動かないかもしれないってこと。……それは悪くないわね」
 「勝ち筋があるとすれば、その油断でできた時間を有効に使う必要がありそうです」
 もっとも危険な時間稼ぎをルインとエリシャにお願いし、得た隙をついて俺と女神が裏方として準備を進めていく。難しいがやるしかない。

 思考に思考を重ね、俺たちは一つの計画を練り上げた。それはか細い希望の糸をつなぎ合わせたもので、一本でも糸が切れれば即瓦解してしまうものだ。けれどこの場にいる誰もが、その僅かな希望に賭けようと決めた。
 「………異界の門をあいつが通れるようになるのは、恐らく今夜よ。だから決戦を始めるなら、今すぐにでも向かう必要があるわ」
 女神はそう言って顔を上げ、俺たち全員を見回した。エリシャとルインは頷き返し、俺に視線を向けた。その意志に応えるため、俺は迷いなく力強い声で宣言した。

 「―――覚悟はあります。今日ですべてを終わらせましょう」

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