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第三十六話『重なる手のひら、家出少女の帰宅』

 魔王ガイウスが振り下ろした聖剣を、俺は真正面から受け止めていた。
 腕に纏わせた女神の加護と七色に光り輝く刃がぶつかり、辺りには火花のような光の粒子が散っていく。徐々に押されてくるが決して退かず、俺はミクルに憑依したガイウスを睨みつけた。

 「久しぶりだな、ガイウス。よくも俺たちの娘に、こんな怪我を負わせてくれたな!」
 『フフフ、勇者レンタか。のこのこ出てくるとは愚かなことだ。ちょうどいい、貴様はこの場で貴様自身の武器で切り殺してくれる』
 「―――ぐっ⁉」
 ガイウスはさらに聖剣に力を込め、加護ごと俺を叩き切ろうとしてきた。耐えるのも難しくなり雪に膝をつくと、後ろからルインの悲痛な声が耳に届いた。

 「パパ、もういい! ルインを置いて……、早く逃げて!」
 「聞こえねぇ! 今の内に言っておくが、帰ったら勝手に家出をしたことを叱ってやるから、今の内に覚悟しておけよ!」
 「どうして……、勝手に去ったのはルインなのに……どうしてそんな」
 消え入りそうな声で、ルインは訳の分からないことを呟いた。俺はそれを鼻で笑い、女神の加護に全力を込めると同時に叫んだ。

 「――――ルインは俺たちの家族だ‼ それ以外に、必要な理由があるかぁ‼」
 バンと光が弾け、衝撃によってガイウスは数歩下がった。俺はその僅かなチャンスを逃さず、顔面目掛けて本気の拳をお見舞いした。だがこちらの攻撃にガイウスは即座に反応し、聖剣の腹を楯のように構えて拳を防いだ。

 『フッ、つまらぬ攻撃だな。これが元勇者の……っ⁉』
 急にガイウスの表情が歪み、逃げるようにして俺から距離を取った。何故と疑問を浮かべていると、聖剣から微かに光がこぼれて俺へと向かってきた。そして光は身体の中へと入り、胸の内に懐かしい力の波動が微かに戻るのを感じた。
 「これって、もしや……」
 予想外の事態に困惑していると、ガイウスが突然大きく飛んだ。そして捨て台詞を吐くこともなく、雪が降り注ぐ夜空へと消えていった。

 ガイウスがいなくなったのを確認し、俺は振り返ってルインを見た。その身体は血まみれで、服装は所どころ布が避けてボロボロだった。息絶え絶えな様子のルインの前にしゃがみ、手を伸ばして冷たくなった肌に触れた。
 「パパ…………、ルインね。ずっと……二人のこと………………」
 「後でゆっくり聞いてやる。だから、今はもう喋るな」
 このまま放っておけばルインは死んでしまう。だが助けられる手だてはあった。

 俺は戻ってきた勇者の力を使い、瀕死のルインを治癒した。七色の光は小さな身体を包み込み、怪我をゆっくりと治していく。そしてすべての怪我が消えると同時に、俺の中にあった勇者の力は完全に消え去ってしまった。
 (……やっぱり一時的なものか。手元に聖剣がないんだから、当然といえば当然だな)
 残念とは思うが、惜しくは無かった。今使う分の力が無ければ、俺はルインを助けることもエリシャの元に帰ることもできなかったからだ。

 改めてルインを見ると、青白かった表情がだいぶ平常時に戻っていた。俺が手を差し伸べると、ルインは申し訳なさそうに顔を俯かせた。
 「――――迎えに来たぞ、ルイン。さぁ、早く帰ろう」
 穏やかな声で言ってあげると、ルインはおずおずと手を伸ばした。けれどまだ躊躇する気持ちがあるのか、途中で手を止めてしまう。
 俺はやれやれとため息をつき、ルインの手を強く掴んでそのまま身体を抱きかかえた。そして痛いぐらいにぎゅぅと抱きしめてやると、ルインは耐えていたものを溢れさせるように嗚咽し、えんえんと大きな声で鳴き続けた。

 「……よしよし、もう大丈夫だぞ」
 「パパ……パパぁ……。ごめ、ごめんなざい……」
 「まったく。これに懲りたらもう家出なんかするなよ? 俺もエリシャも、本当に心配したんだからな」
 「うん……、うん……」
 肌に当たる雪は冷たかったが、ルインがいるおかげで寒くなかった。俺たちは涙が落ち着くまで、ずっと互いの身を寄せ合い続けた。
 「おかえり、ルイン」
 「ただいま……、パパ」
 こうして、長かったルインの家出は終わった。

 俺は救出したルインを背に抱え、舞い降りる雪を眺めながら帰路についた。ルインは安心したからか、俺の背中ですぅすぅと寝息を立てている。その子どもらしい姿を横目で見つめ、助けに行って良かったと心から思った。
 (記憶が戻ったからって、何てことはなかったな。ルインはルインで、俺たちの大切な子どもだ。まったく、これじゃあ悩んでたのが馬鹿みたいだな)
 俺はルインと再び家族に戻れたことを、神様やら運命やらに感謝し続けた。

 「……そういや、拓郎には今日のことどう説明すっかなぁ。ルインの角のこともバレたし、異世界に行ったことから言うべきだよな」
 ルインと再会を果たした時も、拓郎はすぐ近くにいた。状況的に警察や救急を呼ばれてもおかしくなかったが、ただならぬ状況を察したようでただ見守ってくれた。別れ際には「後で説明しろ」とだけ言い、深く追求せずに去っていった。

 (まぁ、一人ぐらいはこっちの事情を分かってくれる奴がいてもいいか)
 とりあえずの結論を出したところで、暮らしているアパート前にたどり着いた。すると軒下で待っていたエリシャが駆け寄り、俺が声をかける間もなく抱き着いてきた。

 エリシャは涙混じりに俺とルインの名を呼び、無事に帰ってきたことを喜んでくれた。
 「おかえりなさい、レンタ」
 「あぁ、ただいま」
 そんなやり取りをしていると、俺たちの声で背のルインが起きた。そしてすぐ近くにエリシャを見つけて嬉しそうな顔をし、すぐにバツの悪そうな表情で俯いてしまった。

 「…………えっと、あの。……あのね」
 「はい、なんですか? ルイン」
 「その、ルインね。レンタとエリシャに謝らなきゃって…………んぅ?」
 途中まで言いかけたところで、エリシャがルインの唇に人差し指を押し当てて遮った。その状態で首を横に振り、少し咎める口調でルインを注意した。

 「駄目ですよ、ルイン。私たちは家族なんですから、そんな呼び方はいけません」
 「…………でも、いいの?」
 「いいも何も、最初から呼ぶべき名は決まっています。ねぇ、レンタ」
 エリシャの言葉に俺はコクリと頷き、後ろに顔を向けてルインの返答を待った。するとルインは気恥ずかしそうに頬を赤らめ、ギュッと俺の服を握った。何度か言い詰まりつつも、最後は勇気を出してその名で呼んでくれた。

 「――――ただいま。パパ、ママ」
 俺たちは「おかえりなさい」と返し、ようやく三人でアパートへと帰ることができた。

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