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 現在珠雨と烈とジェノとの三人、バイオリンのヴァネッサで、夏休み限定の日本縦断路上ライブツアーを行っている最中だった。

「珠雨! メイクしてみよう。メイクっても、ナチュラルメイクね。綺麗に仕上げたげるー。折角ライブ配信するんだから、それくらい受け入れて。お年頃なんだから、少しずつ覚えた方がいいってえー」

 夕食の前に嬉しそうにジェノがメイク道具を持ってきて、珠雨の顔をいじっていた。ジェノは人の顔を綺麗にするのが好きらしい。

「パパも惚れ直すよー。見せてやりなよ」
「パパじゃない! 誤解を招くような発言しないでよジェノ」
 珠雨とジェノは年が離れているが仲良しだ。

「れっちゃん見てえ、珠雨が素敵に仕上がりましたあ」
「そういうのは本当に上手だな、おまえ。小野田さん、嫌なら嫌と言った方がいいぞ。ジェノは調子に乗る」
「いや、結構気に入ったかも……」

 鏡を見せられた珠雨はまんざらでもなかった。禅一に見せたらどう反応するだろう。
 ヒトエをあとにする前に、禅一のスマートフォンにSNSアプリのインストール、ビデオ通話のやり方など、懇切丁寧に教えた。ライブ映像をアップするから見るように念を押したが、禅一はわかっているのかいないのか、曖昧な態度で頷いた。

 禅一と離れて、一週間ほど経つ。烈が取ってくれたビジネスホテルの一室で、夜にぽつんと一人になる。
 楽器漬けの日々は楽しい。楽しいが禅一に会えないのが寂しかった。
 珠雨は時計を見て、今の時間なら大丈夫だろうかと電話をかける。ビデオ通話だ。毎晩かけているわけではない。

「……あ、今いいですか?」
「大丈夫だよ、さっき夕飯食べ終わったとこ。……ん? 珠雨、なんかいつもと違う?」

 すぐに気づいて、禅一がスマートフォンの画面を凝視している。
 自然に見えるがすっぴんとは違う。普段よりずっと可愛い、と自分でも思う。

「変……かな」
「いや、可愛いよ。珠雨は素材がいいからね、なんでも似合う。だけど寝る前にはちゃんとメイク落とすんだよ。折角の綺麗な肌が荒れちゃうからね」
 べた褒めされると恥ずかしい。
「珠雨、ちゃんと食べてる?」
「はい」
「ちゃんと眠れてる? 僕がとんとんしなくて大丈夫かな?」
「……はい?」

 何をいきなり、と画面に映った禅一を見ると、なんだか笑うのを我慢しているような顔をしていた。

「また子供扱いしてますね?」
「してないよ。珠雨が早く帰ってこないかなって、待ち遠しくて……つい。珠雨は大丈夫?」
「だ……大丈夫、だけど……禅一さんて、意地悪だよね」
 顔が赤くなるのがわかって、思わず目を逸らす。

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