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 珠雨が眠りについたあと、リビングで軽い煙草を吸いながら禅一はぼんやり一息つく。元々の苗字は浅見だが、別にこだわりはなかったし止める人もいなかったので、今は小野田姓を名乗っている。

「あーざみ、どうしたのぼーっとして」

 お風呂上がりの氷彩が、音量を絞ったテレビをつけて、隣に腰を下ろす。氷彩は姓が変わっても禅一のことを「可愛いから」という理由で浅見と呼ぶ。それも別にどちらでも良かった。

「珠雨がね、兄弟欲しいんですって」
「おや、それはお誘いかな? えへへ、お布団行こっか」
「……じゃなくて、お話が。ちょっとテレビ消していいですか?」

 相手の了承を得てから、禅一はついたばかりのテレビを消し、ついでに煙草の火も消した。しんとした部屋に、エアコンの動作音が静かに響く。

「なあに。真面目な顔してぇ」
「氷彩さんには珠雨がいるから、別にいいかって、今まで特に話すことなかったんですけど。実は僕には生殖能力がありません」
「――ん?」

 氷彩はきょとんとした。突然のことに、何を言われたのかわからない様子だった。

「僕の精液中には、精子が含まれていないんです。性分化疾患て聞いたことあります? 染色体の異常なんですけど、その中で僕はクラインフェルター症候群に該当します」
「ごめん待って、言ってることわかんない」

 氷彩は聞き慣れない単語に、頭がついていっていないようだった。突然こんなこと言われても、それは理解に苦しむだろう。

「え、でもあれだよね? 普通に夜仲良ししてるじゃない?」
「うん、そこはまあ大丈夫なんですけど。戸籍上も外見的にも性自認も男ではあるんだけど、染色体が純粋な男ではないというか」
「難しいこと言わないで。わかりやすく説明して」
「……えぇと、じゃあ、なんだろ。つまり僕と氷彩さんでは、子供は出来ません」

 禅一は結論だけ言って、詳しい説明はざっくり省いた。言い募ったところで、結論は変わらない。

「男性ホルモンが少ないってこと?」
「……もうそれでいいです。で、今後氷彩さんは子供欲しいですか?」
「そりゃ、出来たら欲しいけど、浅見が大学出たら考えようかなって……無理なの? それお医者さんにちゃんと言われたことなの?」
「じゃなきゃ僕だって把握してないです。あんまり言いたくないことだったんで黙ってましたが、やはり結婚する前に言うべきでした。ごめんなさい」

 ぺこりと頭を下げた禅一の髪がさらりと流れる。
 禅一は年齢のわりに随分と落ち着いた印象を受ける男だ。もしかしたらそのなんとか症候群でこれまで苦労してきた上で、こんな感じになったのかもしれない。
 氷彩は何を返したらいいかわからなくて、しばらく黙り込んだ。

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