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第十八話『混み合う駅と初めての電車』

 金曜日の昼頃、俺たちは服を厚く着こんで最寄りの駅前に向かった。
 通勤ラッシュと寒い時間を限り避けるため、時刻は十時になった辺りを選んだ。それでも大きい駅なので結構な人がいたが、さすがに満員電車になるような数ではなさそうだ。

 「だいぶ寒くなってきたけど、二人は大丈夫か?」
 「はい、レンタが用意してくれた防寒着のおかげで大丈夫です。このホオンカイロというのも、小さいのにすごい温かいです」
 「ルインもさむくないよ。パパとママがてをつないでくれるから!」
 ルインがクルリとその場で回り、白銀の髪がふわりと浮き上がって風に揺れた。保護者としてのひいき目抜きでも、妖精のような愛らしさという表現が似合っていた。
 (……当然と言えば当然だが、やっぱり二人は注目を集めるな)
 俺は内心で誇らしさを感じつつ、会社跡に向かうため駅に入った。そして改札を通る前に一度集まり、ポケットからメモ紙と小銭入れを取り出して二人へと手渡した。

 「その紙には俺の携帯電話の番号が書かれてる。もし迷子になったと思ったら、あの服装をした駅員さんか、頼れそうな人に渡して俺を呼んでもらってくれ」
 「たよれそうなひとって……、おまわりさんも?」
 そう言いながら、ルインは駅からすぐ近くにある交番を指差した。昨日の日本語学習でさらっと勉強したが、しっかり覚えているようで感心した。
 「もう覚えたのか、ルインは賢いな。もちろんお巡りさんも助けてくれるから、ちゃんとその紙を見せるんだぞ」
 「うん!」
 ルインは良い返事をし、渡されたメモ紙を大事そうにチャック付きポケットにしまった。それを見て俺は小さなカバンが必要と思い、帰りにどこかへ寄って買おうと決めた。

 「ちなみにその財布には、緊急連絡用にお金がいくらか入ってる。頼れそうな人がいない時は公衆電話を使って俺のスマホに掛けてきてくれ」
 「パパ、こうしゅうでんわってどれ?」
 「あそこの四角いガラス箱みたいな奴だ。……まぁ昔と違って今は駅前ぐらいにしかないから、使うタイミングはないだろうけどな」
 一応ルインとエリシャに使い方を教え、実際にスマホに連絡させてみた。ルインは身長的に厳しいかと思ったが、子ども用の台が置かれていたので問題なくできた。通話は十円から可能だが、迷子時の状況把握などに時間を使いそうなので百円の方を勧めた。

 「さて、それじゃあ改札を通って…………どうした、エリシャ?」
 ふとエリシャが不安そうにしているのに気づき理由を聞くと、天井の方を指差して「凄い音がする」と怖がっていた。何のことかと思い聞き耳を立てると、ゴォォッという音を鳴らし新幹線が通過していった。
 「……あー、あれは確かに慣れないと怖いだろうな」
 「レンタ、この上にあるのは本当に乗り物なんですよね。この風を纏い突き抜けていく感じは、まるで鏡面渓谷のドラゴンのようです」
 鏡面渓谷というのは、全域が鏡のような石で構成された渓谷だ。そこの主と呼ばれていたドラゴンが谷を飛ぶと、確かに今のような音が鳴っていた。

 (あの時は俺とエリシャ以外の仲間が初めてできたころだったな。懐かしい、あいつの魔法には何度も助けられたもんだ)
 日本に来てからまだ数日しか経っていないが、体感では遥か昔のようだ。きっとそれだけ、エリシャとルインと過ごす日々が充実しているということなのだろう。
 「まぁ、ブレスを吐くわけでもないし、エリシャが心配するようなことはないさ。それと電車酔いってのがあるから、苦しかったらすぐに言うんだぞ」
 「はい。力になるため来たんですから、足手まといにならないように頑張ります」
 「まぁ、ほどほどにな。先に必要な物を買うから、ちょっとだけここで待っててくれ」
 俺は少しだけ二人を起き、発券機を使って電子カードを購入した。上限金額が分からなかったので、緊急時のことも考え一万円ずつ入れてみた。

 「これは駅の近辺なら、食事にも使える優れモノだ。もし迷子になったりして腹が減ったら、商品と一緒にこのカードを店員に渡すといい」
 「分かりました」
 「んぅ……、ルインもわかった」
 「それじゃあ早速、改札を通ってみようか」
 まず俺がカードを使ってみせ、改札を難なく通ってみせた。ルインも同じように真似し、特に苦労なく成功した。エリシャは新幹線の音で怖くなったのかおっかなびっくりで、駅員さんに温かな視線を向けられながら改札を通過した。
 
 駅の階段を登ってホームに着き、次の電車が来るまで三分ほど待つことにした。少しすると淡々とした口調のアナウンスがなり、上りの車線から電車がゆっくりと姿を現した。その大きさと威圧感に気圧されたのか、エリシャはぎゅっと俺の腕に抱き着いてきた。
 「エリシャ、安心しろ。俺がちゃんとついてるから」
 「はっ、はい。ルインも怖かったら、わっ私の手をつないでね」
 「でんしゃっておっきくてすごい。もうのっていいの?」
 エリシャは必死だったが、ルインは怖いという感情は抱いてなかった。むしろ早く乗ってみたいようで、俺たちはルインに手を引かれながら車内に足を踏み入れた。

 入り口近くの席に三人で腰を掛けると、明るいメロディーを鳴らして扉が閉まった。そして電車がゆっくりと走り出すと、エリシャは俺の腕をさらにぐっと掴み、人の少ない車内を終始キョロキョロ見渡していた。
 「……だいぶ速いんですね。予想では馬車より少し速いぐらいだったんですが」
 「考えてみれば、高速で移動する鉄の箱に入れられている状況は怖いかもな。そんなに辛そうなら、帰りはタクシーに乗るとするか」
 「そんな、悪いです。待っててください、この程度すぐに慣れ……ひゃう⁉」
 ガタンという強い揺れに動揺し、エリシャはさらに俺の腕を強く掴んだ。
 「うぅ……、レンタを助けに来たのに、今の私は凄く情けないです……」
 こんなに参ってしまっているエリシャは新鮮で、可哀想ながらも可愛いと思った。さすがに口にするのは失礼なので、心の中だけにその思いをしまい込んだ。

 「パパ、パパ! あれはなぁに?」
 「ん? どれのことだ」
 ルインが元気に指差した場所には、遊園地らしき観覧車が見えた。
 (こんな近くに遊園地があったのか。アルヴァリエで過ごした年月のせいか、完全に存在を忘れてた。今度機会があったら三人で…………あれ?)
 よく見てみると観覧車が動いておらず、俺は軽くスマホで詳細を調べてみた。するとあの遊園地が結構な歴史を持つ古い施設ということと、今年の夏ごろに来場者不足と老朽化で辞めてしまったと分かった。

 「ルイン、あそこは遊園地っていって、凄く楽しい場所なんだ。でも残念なことに、閉館して今はもう入ることができないらしい」
 「入れないんだ。……んぅ、ざんねん」
 「まぁ遊園地はあそこだけじゃないし、機会があったら別のところに行ってみようか」
 そう提案すると、ルインは「やった」と言って嬉しそうに跳ねた。
 明日の土曜日は予定があり疲れそうだし、日曜日は休憩をかねて家にいるべきだろう。となれば、来週の平日辺りが混まなくていいかもしれない。そんなことを考えながら外を眺め、俺は景色と共に流れていく遊園地を見送った。

 (……俺の故郷の方も、戻ってみたら色々と変わったりしてるんだろうな。それは寂しいけど、時間が流れるってのはそういうことなんだよな)
 こういうのをノスタルジックな気持ちと言うのだろうか。
 俺は視線を車内に戻し、他愛ない会話をして到着までの時間を過ごした。

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