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一章第三節

「んっ……朝か」
 たしか今日は休みだったはず。カレンダーが間違ってなければ。
 スマホの電源を入れて日付をみる。今日は二十三日。部屋の壁にかけてあるカレンダーを見れば、二十三日は日曜日で赤く色付けされている。つまり定休日だ。
 いつも納期がギリギリの仕事をしてる俺達だが。どれだけ納期が近かろうと日曜は絶対休みだ。
 社長がそう決めてるんだから、従うしかない。それに休んだ次の日の月曜日は、作業が二倍のスピードで進むから。どちらかと言えば良い方だ。午前中で納品して午後は休みなんてこともあるくらいだからな。
 二度寝するほど眠くもないし、朝飯食べに行くか。
 何時もはカップ麺だが、休みの日はちゃんとしたものを食べる。行きつけの店は、コーヒーも飲めてサンドイッチが食べれるカフェだ。
 顔を洗いに一階に降りると、女が居た。のんきに椅子に座って何かを飲んでいる、どこから入ってきた。昨日確かに鍵を……。
 と、そこまで考えて昨日のことを思い出した。
「あっ、枝垂さん。おはようございます、大丈夫ですか。昨日急にテーブルで寝ちゃうんですから。部屋まで運ぶの大変でしたよ」
「ジャンヌか」
「そうですけど、どうしました?」
「いやなんでもない。朝飯食べに行くぞ」
「食べに行くんですか?」
「なんだ、行きたくないのか」
「そんなこと言ってません。カップ麺食べるんだと思ってました」
「休みの日くらいは、ましなものを食べるさ」
「すごく怪しいですね」
「来ないならいいぞ」
「行きますってば!」

 顔を洗って着替えて、玄関まで行くと靴が一足しかなかった。ジャンヌはというか俺が鎧のまま帰って来たから靴がないか。
 いつもは使っていない靴棚が視界にあった。中には妻の靴がしまってある。
 ただ置いてあるよりはましか、ジャンヌが靴を履ければの話だが。
「お待たせしました」
 二階からジャンヌがお降りてきた。着替えた服は当然妻のもの。何度か着ているのを見たことがあった。
「服が一式で揃えてあるなんてすごいですね。選ぶのが楽でした」
「いろいろ揃えたがったんだ」
 俺が今着てる服だって、あいつが揃えてくれた物の一つだしな。
「確かその服の時に履いていた靴はこれだったか」
 だいぶ古い記憶を思い出して、靴を出した。
「履けるか」
「えっと。大丈夫みたいです」
「そうか」
 靴を履いている後姿だけを見れば妻に……。
 見えるわけもないか。ジャンヌはジャンヌだ。服のサイズが同じで、靴のサイズが同じでも。その後ろ姿に妻を重ねてしまっても、もう妻はいない。
「どうしたんですか、早く行きましょうよ」
「先に外に出てくれ。鞄をとってくる」
 部屋から鞄を持ってきて、ジャンヌと外を歩く。みんな家の中でくつろいでるのか、人の姿は少なかった。
 まあ、近所の人に見つかったら説明するのが面倒だから都合がいい。
「ジャンヌ、もし近所の人が来たら留学生でホームステイしてるとでも言っておけ」
「わかりました」
 横を歩くジャンヌは何かが珍しいのか、きょろきょろしながら歩いてる。
「転ぶぞ」
「大丈夫ですよ、ちゃんと前見て。きゃっ!」
 前に転びかけたジャンヌの体を支える。
「言わんこっちゃない」
「すみません」
「何を見てるんだそんなに」
「いえ、平和だなと」
「平和か。ジャンヌが生きていた時代は平和じゃなかったから珍しくて見てたのか」
確か、百年戦争とか言われてた時代に、ジャンヌは生きていたんだよな。
「はい、いつもどこかで争いが起きていました。空気もよどんでいてこんなに綺麗じゃありませんでした」
「そうか。周りを見るのはいいが、ほどほどにしておけよ。また転ぶぞ」
「わかってますよ」

 ジャンヌを気にかけつつ歩くこと十分くらい。大通りから一本脇道にそれた所にある、カフェ。バーシュ。
 店の扉を開けると、チリンチリンとベルが鳴った。
「いらっしゃい。枝垂、そろそろ来る頃だと思ってたよ」
「よう」
「ん、なんだ今日は連れがいる……由衣ちゃん?」
 後ろから入って来たジャンヌを見て、店長がこぼした由衣という名前。それは死んだ妻の名前だった。
「ボケてきたのか、別人だよ」
「そ、そうだよな。すまねぇ、いらっしゃい。それにしても枝垂が女の子連れとはどうしたんだよ」
「ホームステイしてる留学生だ。挨拶しとけ、何回も来ることになるだろうからな」
「ジャンヌです、よろしくお願いします」
「ほー、綺麗な日本語だな。俺は店長の(みね)ってんだ。よろしくな、ジャンヌちゃん」
「はいよろしくお願いします」
「枝垂、いつものでいいか?」
「ああ、ジャンヌのも同じでいい」
「わかった」
 金を渡すと峰が奥に引っ込んでいった。カウンター席に座ったジャンヌは、店の中をあちらこちらと見ている。
「そういえば由衣ちゃんて」
「妻の名前だ」
「そうなんですか。よく来てたんですか、ここ」
「初めて一緒に来てからずっとな」
「だいぶ長いんですね」
 思い出したって、辛くなるだけなのに。未練がましくここに通ってる。決まって座る席、ジャンヌが座ってるのは、由衣が良く座ってた席だ。俺の左隣の席、そこが由衣のいつも座る席だ。
「先にコーヒーな。ジャンヌちゃんは、お好みでミルクとか入れな」
「はい」
 ほどなくして、サンドイッチも出てきた。ベーコンにレタスのサンドイッチ。それから卵サンド。ボリュームもそれなりで。朝に食べるにはちょうどいい。
「美味しいか」
「はい美味しいです」
「それにしても、なんでジャンヌちゃんは由衣ちゃんの服を着てるんだい」
「持ってきた服を、全部洗濯してしまって。枝垂さんが貸してくれました」
 ジャンヌもうまい言い訳を考えたものだ。
「そうか、そりゃ災難だったな。しかし、枝垂まだ捨てれてないのか」
「何もな」
「まったく女々しいね」
「好きに言ってろ」
「そうだ、ジャンヌちゃん。どうせこいつ休みだから、服買いに連れて行ってもらいなよ」
「おい、峰」
「洗濯して着る服ないんだろ。いつまでも由衣ちゃんの服を貸すわけにもいかないんだから。買ってやりなよ、どうせ金余ってるんだろ。金使って経済を回しておけって。それにジャンヌちゃん来たばっかりなんだから、街を案内してやるのが優しさってもんだろ」
 ちっ、確かに峰の言うことはもっともだ。このまま由衣の服を着せるわけにもいかないか。仕方ない、買いに行くか。
 それにしても案内してやるのが優しさか。優しさなんてそんなもの十年前に置いてきたってのにな……。
 服を買いに行くことを告げようと、ジャンヌの方を見ると。その横顔に由衣の姿が重なって見えた。
「美味しいね、枝垂くん」
 くそ! 由衣はもう居ないんだ。幻を見てんじゃねぇ、しっかりしろ、俺。
「食ったら、ショッピングモール行くぞ」
「ふぁい」
「返事は口の中の物飲み込んでからにしろ」
「はい」
「楽しそうで何より。あっ、昨日枝垂のとこ空間震来てただろ。大丈夫だったか」
「それ聞く必要あるか?」
 十年前から空間震での被害は皆無だ。
「念のためだよ。そんで、ヒーローは見たのか?」
 ヒーローか。会話をして、一緒に戦って。最後には脅しもしたか。まあ……。
「見てないな。そもそも急いで家に帰ったんだ。気づかないさ」
「そうか、ニュースじゃアーサーが向かったって言ってたから、見たかと思ったんだけどな」
「興味ないな」
「お前も変わったよな。由衣ちゃんと一緒に来てた頃は、」
「ご馳走様、ジャンヌ行くぞ」
「ふぇ?」
 ジャンヌはまだサンドイッチをおいしそうに食べている最中だった。
「店の外にいる、食ったら来い」
「ふぁい」
 店の外で待ってると、ジャンヌが出てきた。
「おまたせしました。なにしてるんですか」
「ゲームだ」
 横からジャンヌが画面をのぞき込んで。はっという顔をした。
「これ昨日居た人」
「アーサーな」
「へー、ゲームになってるんですね。私はいないんですか」
「ジャンヌはいない」
「そんな、私だってヒーローというか聖遺物ですよ」
「外であんまり大きい声を出すな」
「そうでした。でも私居ないんですか」
「そもそもヒーローとしていない限り、ゲームにも出てこないんだよ」
「そんなー、ちょっと楽しみにしてたのに」
「ヒーローになれば出れるんだ。そんなに出たいなら、ヒーローになれ」
「それとこれは話が別です」
「そうか、じゃあ服買いに行くぞ」
「はい、ショッピングモール楽しみです」

 浮かれてるジャンヌと電車に乗って向かうのは。この辺りじゃ一番大きいショッピングモール。マルイチって呼ばれてる場所だ。
「沢山、物がありますね」
「ショッピングモールだからな。とりあえずこの店で服見てろ。ちょっと行くところがある」
「わかりました」
「この店から出るなよ」
「わかってますよ、子供じゃないんですから」
 聖遺物に子供も大人も関係なさそうだが。ひとまず、ジャンヌを置いて用事を済ませに行った。

「そんなに時間は立ってないはずだが」
 用事を済ませてジャンヌがいるはずの服屋に行ったら、普通にジャンヌがいた。まあ、面倒ごとが起きてないならそれでいい。
「欲しい服はあったか」
「あっ、枝垂さん。それがどの服がいいかわからなくて」
「まあそうか。店員のお任せで選んでもらえ」
「わかりました」
 近くの店員の所まで小走りで行って、そのまま店員に何着か選んでもらった。

「とりあえず、これでしばらくは来なくていいな」
 ジャンヌの手には大きな袋いっぱいの服があった。
 一応電車に普通に乗れたり、それなりの一般常識はあるんだよな。なんでなのかわからないが。
「帰りますか?」
「ここまで来たんだ、ついでに昼飯を買っていこう」
「出来物買うつもりですね」
「ダメか?」
「材料買って作りましょうよ。料理道具とかちゃんとあるんですから」
「作るのが面倒なんだよ」
「私も手伝いますから、ね?」
 ジャンヌの言い方、仕草。それから服。由衣が俺に手料理をねだってきたの思い出させる。休みの日くらいは俺の手料理が食べたいと、材料を買いにつれてこられて……
「わかったよ、ちゃんと手伝えよ」
「もちろんです」
 作るものを決めずに、適当に食材を買って家に帰った。

「適当に作ってれば、ちょうど昼になるだろ」
「えっ、作るの決めて食材買ったんじゃ無いんですか」
「突然なんだから決めてるわけないだろ」
「じゃあどうするんですか」
「だから適当に作るんだよ。とりあえず切るぞ」
 ジャンヌと一緒に、買ってきた野菜を一口大に切って鶏肉も切る。
 そんで、鶏肉を鍋に入れて焼いたら。買ってきた鶏がらを入れて。野菜と一緒に煮込む。
「鍋の完成」
「凄く適当でしたね」
「味見するか?」
「します」
 小皿に少し汁を取って、ジャンヌに渡した。
「美味しい」
「変なことしなきゃ、料理は適当に作っても旨いんだよ」
 昔、同じことを由衣にも言ったことがある。その時は「適当は料理ができる人しかできないの」なんていじけられたな。結局それから一週間は機嫌を直してくれなくて、俺が料理を作る羽目になった。
「早速食べましょう!」
「座ってろ、よそってやるから」
 汁を茶碗によそいながら、リビングで椅子に座ってるジャンヌが見えて。そこにまた、由衣の姿が一瞬重なる。
 ジャンヌが来てからずっとだ。似ても似つかないのに、どうしてこんなにも由衣の姿が重なるんだ。
「ほらよ」
「ありがとうございます」
 ジャンヌの向かい側に座る。
「あの、パンとかご飯は」
 ジャンヌに言われてテーブルの上を見れば。あるのは茶碗に入った汁だけ。パンもご飯もありはしない。そもそも買ってないな。
「買い忘れたな」
「そんな、汁だけじゃお腹がすきますよ」
 お腹に手を当てながら、ジャンヌがそんなことを言う。確かレンチンするパック飯があったような。なかったような。
「少し待ってろ」
 キッチンに戻って、棚の中を探す。するとパック飯がちょうど二つあった。賞味期限は、まだいけるな。あと少しで賞味期限がきれるところだったからちょうどいいか。あとでまた買ってこないとな。
 パック飯をレンチンしてジャンヌの所に戻った。
「ほらよ」
「ありがとうございます。それで、明日から何食べればいいんでしょうか、私」
「出前頼めばいいだろ」
「それじゃあ、お金かかりますよ。せっかく炊飯器とかあるんですから、お米とかいろいろ買って来ましょうよ。料理は私がしますから。そうすれば朝ごはんとか食べれますよ」
「別に朝飯は」
「カップ麺でしょ。わかってるんですからね」
「いやコンビニのパンで済ませるからいらないんだが」
「ダメですよ。いいですか、食事というのはですね……」
 それから耳にタコができるまで、食事の大切さを語られ。俺が「朝飯をちゃんと食べる」と言うころには。パック飯も、汁もすっかり冷めていた。
「わかりましたか」
「わかったから。汁と飯温めるぞ」
「あっ」

 それから冷めた、汁と飯を温めて食べてから。今度は明日以降の食材を買いにスーパーに行って、ついでにジャンヌが使う生活用品も買って、家に帰ってくる頃には少し日が落ちていた。
「これで一週間は持ちますね」
「こんなに買って何作るつもりなんだ」
「もう決めてありますよ。実は家でレシピ集を見つけたんです。なのでそれを見ながら作ろうかなと」
「そうか」
 家にレシピ集があるなんて知らなかった。由衣が買ってたんだろう。そんなに料理はしなかったし、キッチンにもあんまり入らなかったからな。多分俺の知らないものがまだあるんだろうな
「さて、お米とがないと。夕飯に間に合いませんからね」
「ジャンヌ、その知識どこから来てるんだ」
 ふと気になったことを聞いてみた。電車に乗る時だって、今だって。普通に電車に乗って、当たり前のように米を洗ってる。
 ジャンヌ自体だいぶ前の人間だ、それこそ米の洗い方なんて知るはずもないし、電車の乗り方もそうだ。
 その知識は一体どこから来てるのか、気になった。
「初めからというのは変かもしれませんが、聖遺物の意識として目が覚めた時に一通りの知識が流れ込んできました。知識としてだけで本当に使える場面なんて来るはずもないんですけどね。普通は」
「聖遺物が、体を持つことは無いからか?」
「はい。本来なら聖遺物の中に宿る意識は、聖遺物から出ることができません。なので使い手、つまりヒーローとの会話くらいにしか役に立たないんですよ」
「そうか」
「はい」
「変なこと聞いて悪かったな」
「いえ」
 リビングにジャンヌが米を洗う音だけが響く。由衣が米を洗ってる時も俺はここでそれを……
 はぁ、思い出さなくていい事ばかり思い出す。また、苦しくなるじゃないか。会いたくなるだろうが。くそっ……。
「よし、これでお夕飯の時には炊けますね」
 炊飯器に米をセットしたジャンヌがこっちに来た。
「枝垂さん、これを」
 目の前に来たジャンヌが握っていた手を広げて見せてきたのは、ペンダントだった。
「なんだこれは」
「聖遺物の分身みたいなものです。これがあれば距離がどれだけ離れていても会話が出来ます」
 ペンダントを手に取り目の前に持ってくる。デザインは旗に見えなくもない。
「私の方はこれですね」
 ジャンヌが横髪をかき分けて、見せてきた耳には。細長い棒のようなイヤリングがあった。
「槍か」
「はい、枝垂さんのは旗をイメージしました。あと、ちょっと試したいことがあるので部屋の端に行ってもらえますか?」
「わかった」
 部屋の端にに歩いて行くと、ジャンヌも反対側に歩いていった。
「行きますよ」
 ジャンヌが手を胸の前で組むと、身体が淡く光だし。スっと光の粒子になって目の前で消えた。
「ジャンヌ?」
「はい」
 消えたジャンヌの声が聞こえてきたのは、真横からだった。
「どうやったんだ」
「あ、あれ。驚くと思ったんですけど」
「昨日あれだけのことを経験したんだ。それくらいじゃ驚かない」
「そ、そうですか。えっと説明しますね。これは元々は聖遺物がヒーローから離れた場所にあった時。距離や場所を関係なくその場所に出現する為のものです」
「最初俺の前に現れた時もそうなのか」
 腹に何かが刺さって死にかけていた時に、ジャンヌが、槍が俺のところに現れた時のこと。
「はい、あの時もこれを使いました。それで本来なら聖遺物がヒーローの元に現れるためのですが。今回は私自身をヒーロー、つまり枝垂さんのところに移動させました」
「でも、その体は聖遺物じゃないだろ」
「そこが特殊なところで。この体は聖遺物の力とフリアージの力で形作られているだけで、ほとんど実体はないんです。そして、半分は聖遺物の力。聖遺物で作られていると言っても過言ではありません」
「つまりはなんだ。その体はどんなに離れていても俺の所にだけ飛んでこれると、そういう事か」
「そういうことですね。あとペンダントとイヤリングに触れてる時は話もできちゃいます」
『聞こえてますか?』
『聞こえてる』
「とまあこんな感じです。つまり普通に身に着けるけてれだ話もできて、枝垂さんの所に行けます」
「そうか覚えておくよ。しかしこれがあるなら要らなかったか」
 手にあるペンダントを触りながら思った。
「何がですか?」
「お前の電話、明日あたり届くようにしてたんだ。連絡がつかないんじゃ不便かと思ってな」
「え、いつの間に」
「服を買う前に、居なくなったろ。あの時に手続きしに行ったんだ」
 ショッピングモールに服を買いに行った時。ジャンヌを一人服屋に置いて新しい電話の手続きをしてた。プライベート用と仕事用で二つ持つのなんて珍しくないからな。
「ま、今更キャンセルするのも面倒だ。好きに使え」
「優しいですよね、枝垂さんって。ありがとうございます」
 必要だからやっただけで、優しさのかけらなんて何処にもない。
「それとですね、実はこんなこともできるみたいです」
 スっと落ちるような感覚がすると。目の前に俺がいた。
「ちょっと、ジャンヌ!」
「すぐ元に戻しますから」
 もう一度、スっと落ちるような感覚がすると。自分の体に戻って、目の前にジャンヌが居た。
「なんだこれは」
「意識の入れ替えもできちゃうみたいです」
「手をつないだりしなきゃダメなんじゃないのか」
「多分ですけど。会話をしてる時って、このペンダントとイヤリングを使って意志を繋げてるんです。なので意志を繋げてるから、ペンダントとイヤリングを通して意識自体の交換もできるんじゃないかなって」
「はっきりとしたことはわからないか」
「はい、ごめんなさい」
「いやできるってわかっただけでも、収穫はあったさ」
 夕飯は、昼間の汁の残りと買ってきたサラダに炊き立てのご飯だった。
「ジャンヌ、先に風呂に入ってしまえ」
「いいんですか?」
「ああ、俺は後から入るから」
「わかりました先に入らせてもらいますね」
 ジャンヌが風呂に入ってる間に心の整理をする。ジャンヌの姿に今日は何度由衣の姿を重ねただろうか。
 一度や二度じゃない、そのたびに俺は苦しくなった、会いたくなった。
 昔の思い出に浸るのはもうやめようって思ってたのにな。昨日由衣の部屋に入ったのも数年ぶりだ。
 中に入って片付けようとすると、手に取るもの一つ一つに思い出が詰まっていて。その思い出に浸ってしまう。
 孤独な自分を慰めるように、思い出に浸って無意味な一日を過ごす。途中で会えないことに辛くなって泣いて。
 だから辛くならないために、部屋に立ち入らないようにして。思い出しそうな事もしないようにしていたっていうのにな。
 この先、必ず俺はジャンヌの姿に由衣を重ねるようになる。ジャンヌが由衣の服を着ていようと、着ていなくても。
 その動きが言葉が。記憶の中の由衣と重なればいやでも思い出してしまうから。
 そろそろ、この気持ちにいい加減決着をつけろってことなのかもな。停滞していた日常が、ジャンヌが来たことで動き出したんだ。
 俺も変わって行かないといけないんだろう。
 とりあえず、由衣の部屋をか片付けることから始めるか。ジャンヌが居れば、どうにかなるだろ
 少なくとも一人で片付けようとして、思い出に浸ることはないはずだからな。
「枝垂さん、お風呂いいですよ」
「わかった」
 湯上りのジャンヌにまた由衣の姿が重なる。これにも慣れていかないといけないのか。

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