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一章第一節

「はぁ、はぁ……」
 そこには格好いいヒーローとのっぺりとした化け物がいた。
 ところどころ荒れ果てた地面には、攻撃の爪痕が刻まれている。
 化け物は黒色の雫を体のあちこちから流していて、ヒーローの鎧も傷だらけだ。
「これで終わりだ!」
双方が力を貯め互いに最後の攻撃をしようとしたところで、動きが止まった。
「バグか、修正だな」
 バグを起こした箇所のプログラムを書き換える。
 ヒーローと化け物が戦っていたのは画面の中だった。つまりゲームだ。そのゲームのプログラムを今俺は直している。
 とは言え、このゲームはノンフィクションゲーム。実話を元にしている。つまりこの光景は現実で実際に起こっていることだ。
 俺はその光景を実際に見たことがあった。
「納期は明日だ、何としても間に合わせろ!」
 こんなにも忙しい中に手を動かしながらわざわざ声を荒らげているのは、この状況を作り出した張本人である社長だった。女だてらこの会社を切り盛りしている、キャリアウーマンと言っても過言じゃない。
「何が間に合わせろだ、間に合わないってわかってただろ」
「文句言う前に手を動かさないと帰れないぞ」
 そして話しながらも手を動かし続ける俺も隣にいる後輩も、この部屋にいる社長以外の全員がこの状況下では被害者だった。
「わかってますよ先輩」
「柴田さんが落ちた!」
「寝かせておけ、昨日無理したからそうなるんだ。柴田の仕事、私の方に回せ」
 誰かが寝落ちして、社長がその仕事を受け持つのもよく見る風景だ。
 誰も席を立つことなく、ただただキーボードのキーを叩く音だけが長い時間響き続けた。

「はい、はい。今後ともよろしくお願い致します」
 社長が電話越しに取引先と納品の確認をしていた。
「納品完了だ」
 納品が終わり、仕事から俺たち従業員は開放された。
「あぁぁぁ」
「終わったー!」
「Zzz……」
 意味無く声を漏らす者、既に寝ている者などなど。誰一人として動こうとしない。
「先輩、生きてますか」
「生きてる、そして俺はもう帰る」
「お疲れ様っす。俺ちょっと仮眠してから帰りますわ」
 全ての仕事が終わり納品も終わった部屋の中は、死屍累々の有様だ。
 誰も彼も机のキーボードを退けて突っ伏している。例外としては社長がどっかに行ったくらいか。
 納期ぎりぎりまで仕事をするのは、今回が初めてじゃない。そしていつもこんな状況になっている。
 それでも誰も辞めないのは、仕事見合った給料が手に入るからに他ならない。
 ただその金も使う休みがなければ、意味なく貯まっていくだけだ。
 日曜が定休日になっているが、体を休めるのに使ってしまえばどこかに行くこともできない。
 仕事が終わって家に帰ったところで、晩飯を食べて風呂に入って寝るだけ。
 そして終電の時間はとうに過ぎ、家路に着くためには歩いて帰るしか無かった。
 タクシーに乗る金なんて、持ち合わせていない。財布の中は昼飯を買うのに使ってしまったからな。
 度重なる残業に徹夜。電車に乗ってたらそのまま寝ていたかもしれないことを考えると、歩いて帰るしか選択肢が無かったのかもしれない。

 家までの道程もあと少しだと言うところで、唸るような警報音が街灯に設置されたスピーカーから鳴り響いた。
「空震警報音!! 空震警報音!! 付近で空間地震(くうかんじしん)の予兆を観測しました。フリアージが出現します。付近にお住まいの皆様は、避難指示が出るまで家から絶対に出ないでください」
「繰り返します。現在……」
 空間地震という名のそれは、はるか昔から人類を脅かしていたと言われてる災害の名だ。
 物語などで怪物として語られ伝えられてきたものは、空間地震によって生まれたフリアージだという研究結果もある。
 事実、空間地震が発生し大量のフリアージが出てきて、都市一つが消えたという歴史も存在する。
 そして物語に登場する英雄やヒーローもまた、過去は元より現在に至るまで存在してる。
 だからそのうちここにも来る。英雄やヒーローと持て(はや)されたもの達が。
 俺もさっさと家に帰ろう。空間地震の範囲に家があるとはいえ、外にいるよりは安全だしな。
 普通に考えれば外でフリアージと英雄が戦えば、周りの家が壊れてもおかしくないんだが。十年前に開発された技術で、異空間とやらにフリアージを閉じ込めて、そこで戦闘するようになった。
 昔は戦闘の余波があって避難してたんだが、昔と違って安全になったのさ。
 ただ歩いていた帰り道がこんなにも慌ただしくなるなんて、思ってもいなかった。何よりこうして駆け足で家に向かっているだけでも。酷使した身体にはだいぶこたえる。
 そして駆け足で家まで走って、鍵を開けて家に入ろうとした。なのに鍵穴に鍵が入らず俺は中に入れないでいた。
「開かない、なんでだ」
何かがおかしかった。
 辺りは暗かった。真夜中もしくは深夜とも言える時間帯。電気のついてる家庭は少ない。
 警報がなって起きてる家もあるだろうが、身の危険が身近なものではなくなった今。多くても半分くらいが起きてるくらいだ。
 だと言うのに全ての家から光は消えていた。あるのは月明かりと街灯の光だけ。それ以外の光は全て消えていた。
 まるで誰も家にいないような、普通ならありえない光景が周りに広がっている。家に入れないことと言い、一体何が……。
 そこまで考えたところで、空に亀裂が走った。俺は眼鏡をかけてないから、眼鏡が割れたとかでは無い。
「あれは……」
 何よりこの光景は一度見た事がある。今よりも明るい時に。
 キーンと甲高い音が辺りに響き渡る。
 それは空が裂ける音だった。
 あの時と同じように、亀裂は縦に、横に、斜めに広がって行った。。
 空から落ちる欠片はガラスの様で、月明かりに照らされながら。キラキラと輝いて空が砕け落ちていく。
 この光景だけを切り取れば、それは幻想的な光景で、見るものを魅了する。
 だが亀裂から現れた手が、幻想的な光景を悪夢へと変えていく。手は亀裂をさらに広げ、見えるものは手から腕に変わり。そして頭がでてきた。
「フリアージ……」
 人類を滅ぼさんとするフリアージ。化け物もしくは悪魔や怪物など。それらの総称で呼ばれ、今ではフリアージと呼ばれているが。
 様々な呼び名を持つあいつらを、一体どれほどの人が実際に目にしたことがあるだろうか。
 映像で、写真で。学校で教わるのは、画面越しのあまり恐怖を感じない画像で画面にの向こう側の存在だ。
 実際にそれを目にして、その場所にいれば。常人であれば腰が抜け、歯がガチガチと鳴り、体の震えは止まらなくなるだろう。そしてそのまま死ぬんだ。無惨に逃げることも出来ずに。
 それが十年前の光景で、今では見ることも聞くことも無くなった光景のはずだった。
 十年前に都市部で起きたフリアージの大量発生。市民の避難が間に合わず。多数の死傷者を出した。ヒーローにも被害があったほどの大災害だった。
 あれから、フリアージが出ても市民に被害が出ないように、異空間に閉じ込めるようになった。
 なのになぜここにフリアージがいる。
 どうしてあれがいる。
 異空間に閉じ込めて戦うんじゃなかったのか。
 あの光景がまた目の前に広がるというのか。
 様々な考えが脳裏に浮かんでは消えていく。
 浮かんでは消え。浮かんでは消え。
 そうしている間にフリアージは亀裂から飛び出し、地面が揺れた。着地した場所は分からないが、その衝撃がここまで届いたんだ。
 転びそうになるくらいの振動があったと言うのに、依然として家々の光は消えたままだった。
 いくらなんでもこの状況はおかしい。一度とはいえこれだけの揺れが起きたのに、明かりがつかないはずがない。何よりあの警報音が聞こえていなかった。
 一体いつから聞こえていなかったのか、それすら分からないが。確かに警報音は聞こえていなかった。フリアージがこうして現れているのに、どうして警報が消えた。
 そして今度はドンッと大きな音がした。遠くに見えるフリアージがのけぞって、家に隠れて見えなくなった。
 誰かがフリアージを攻撃している? 誰が? いやフリアージに攻撃できる存在なんて決まっている。ヒーロだ。
ヒーローがここにやって来たんだ。
 ありえない。ありえないことが、連続して起こってる。そう、フリアージとヒーローが、すぐ目の前で戦闘をしてることだって。本来ならありえない。
ヒーローとフリアージは異空間で戦っているはずなんだから……。
 いや、そうか。違うのか。俺は焦っていたのか。冷静になればわかることじゃないか。
 ここにヒーローがいてフリアージがいる。ならここは現実世界じゃない。俺が異空間に入ったんだ。警報が聞こえなかったのも異空間の中にいたから。家に光が無いのは人がいないからだ。
 そうか、俺は異空間のなかにいるのか。
 さっきまで焦っていた感情は、落ち着きを取り戻した。ただここで落ち着いてもいられない。
「Gaaaaaaaaa!」
叫び声が聞こえたフリアージの物だろう。
 フリアージとヒーローの戦いは苛烈さを増していく。十年前より周りを気にしなくていいからだろうな。だが、俺はここにいる。巻き込まれて死ぬのはごめんだ。
「くそっ開かないの。って開いた」
 家のドアノブに手を伸ばすとあっさりと開いた。初めから鍵がかかってなかったのか、異空間だからなのかわからないが。とにかく家に入れた。
 家の中に入ると、そこには何もなかった。何もなかったというのは語弊があるか。壁があって床があって。家は家としてそこにあるが。中身がなかった。家具や置物、靴に至ってまで。何もかもがなく。ただ、家と言う建物があるだけだった。他の家もおそらくこんな感じなんだろう。
 リビングの窓からフリアージが見える。だがフリアージが大きすぎて、ヒーローの姿が見えない。時折攻撃の光が見えるからそこにいるのがわかる程度。どんなヒーローが戦っているのかわからない。
 実在するヒーローが出る、スマホゲームがあるくらいだ。姿を見れば名前くらいはわかるんだがな。
 ただ、家の中に居るのもつまらない。それほど遠くない場所でヒーローとフリアージが戦ってると思うと気が気じゃない。
 何か気を紛らわせるようなものはないか、とスマホに触れると電源が付いた。電波も届いている。
 戦闘の余波が感じられる場所で、ゲームの中でフリアージを倒すというのもおかしな感じがするが。気を紛らわすために俺はゲームを起動した。

「もう十分経ちそうだな」
 部屋の壁にもたれかかって、そろそろ十分になる。いつもニュースじゃ十分立たずに解決なんてよく見るが。長引いてるだけか?
 どんなヒーローが戦ってるのか知らないが、確か日本にいるのはアーサー王か。
 もちろん他にも日本にはヒーローが居る。だけどガチャで当たったヒーローの中で日本にいるのは、アーサー王だけだ。他の日本にいるキャラはレア度が高すぎてガチャで当たらない。だからアーサー以外のヒーローを知らないんだ。
 しかしアーサー王はイギリスの方が伝説の舞台だっていうのに、なんで日本にいるのか訳が分からないけどな。まあ、ほかのもヒーローも別の国に居たりするから。珍しくもないが。
 ゲームをしている間に、だんだんと戦闘の音が近くなってきたな。
だが今更外に出る訳にもいかない。
「早く終わってくれっ」
 ぐちゃ
「ごはっ‼」
「かはっ、ごほっ!」
 声が、出ない?
 地面には大量の血が流れてる。なんかが腹に刺さってる。血が、血が、血が!
 痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
 思考が痛みに支配された。だがそれとは別に、考える余裕が何故かあった。それは死を感じたからかもしれない。
 死、か……。
 十年前に死ねなかった俺がやっと死ねる。あの日あの場所で、死にぞこなった俺が。
 死に際の走馬灯が、十年前を思い出させる。十年前のフリアージ大量発生。あの日その場所に、俺は居た。

 結婚したばかりで、胸の内が幸せで満たされていた頃。その日は両親たちとレストランで食事をしていた。
 そんな中に起きたフリアージ大量発生。運悪く近くに出現したフリアージは逃げ遅れた両親を殺した。
 俺は妻を連れて走った。とにかく逃げるために。妻を守るために。結果的にそれが、両親を見捨ててしまったことになっても。
 逃げて逃げて、瓦礫となった建物に逃げ込んだ。外にはフリアージが我が物顔をして彷徨っていた。大型のフリアージに建物ごと潰される可能性もあったかもしれない。
 でもその時は、それが最善策だった。。
 時間の感覚が何倍にも増幅されたような中で、外で激しい音がした。そして「誰かいませんか」と声がした。
 恐る恐る瓦礫の隙間から覗けば、鎧を纏ったヒーローがそこには居た。助けが来たのだと、声を出した。「ここに居る!」と。
 そして、そのヒーローに助けられ。これで助かったんだと思った。だがそれは、その助けてくれたヒーローによって破壊された。
 妻が殺された。後ろにいたはずの妻が、俺の前に立って。ヒーローが手にした剣で、そのお腹を貫かれていた。お腹には赤ちゃんがいた。その祝いの食事だった。
 希望から絶望へ、その激しいショックに俺は気絶した。
 次に目を覚ましたのは、病室。周りが機械で囲まれた空間に一人いた。俺は何故か生きていた。助かっていた。両親を見捨て、妻さえも守ることが出来なかった俺が。生きていた。
 死んだ方がマシだった、生きていることが地獄だった。だが、死ぬ事は出来なかった。脳裏にチラつく死に際の妻の言葉が。「生きて、貴方は助かってと」
 一番愛していた、妻が生きろと言った。それはもはや呪いでしか無かった。生きることを強制される、死の許されない呪い。
 だが、呪いだとしても。それが最後の言葉だった、愛した妻の最後の。両親を見捨てた時から、罪を背負う覚悟をしていた。だから、この呪いも背負って生きてやると自分に誓った。
 入院中、妻の両親も死んだことを知った。謝る相手もいない、罪の意識は行き場を失った。

 血溜まりがある、俺の血だ。フラッシュバックした、十年前の記憶が終わり。現実が襲いかかってくる。全身が痛い。血が足りないのか、意識が朦朧としてくる。
 それとは別に、憎しみが心の奥底から顔を出した。それは何かが刺さった辺りから、血とともに激しさをまして行った。
 憎い、憎い憎い!
 十年前の出来事を思い出した影響かもしれない。
 妻を殺したヒーローが憎い。守るはずの、市民を害したヒーローが憎い。殺してやる、殺してやる。妻を殺したヒーローを。復讐心が憎悪が、体を駆け巡り支配する。
 血が足りなくて、朦朧としていた意識が鮮明になっていく。動かないはずの体に力が入る。腹に刺さっていた何かが消えて、血は止まっている。何かが、この体をつき動かす。
 コロス、コロス、コロシテヤル、ヒーローヲ!
 体が支配され、腹から徐々に体が黒く染っていく。
 思考はもうほとんど、復讐心と憎悪に支配されていて。
 なけなしの思考は、復讐心に抵抗しているがそれも徐々に弱くなっていった。
 体の全てが黒く染まりそうになったその時。鎧を身にまとい、剣を手にした誰かが来た。
 それは光を纏ったヒーローだった。殆ど支配されていた思考が、余裕を取り戻す。体の侵食が止まる。それは奇跡と呼べるようなタイミング。 
一秒遅ければ全てが支配され、侵食されていたような状況。
「どうして一般人がここに!」
 それはこちらを心配するような声か、もしくは通信先にいる相手に対してのものなのか。どちらにせよ、まだ俺は人でいるらしい。
「おいあんた、大丈夫か!」
「かふっ!」
 血が喉にへばりついて、声が出なかった。そもそも、ギリギリ意識が残っているような状況で。
 しかも思考が復讐心や憎悪に支配されそうな俺に。声を出せる力はなかったかもしれない。
「どうすればいい。守りながらじゃ戦えないぞ!」
 どうやら守られているらしい。よく見ればヒーローは剣を床に刺し仁王立ちしていた。
 ヒーローが入ってきた大穴の空いた壁からは、フリアージがヒーローを殴ろうとしては、見えない壁のようなものを殴っているのが見える。
 目の前にヒーローが居る。守られている。それだけでヒーローが来て抑えられていた、ヒーローに対する憎しみが動き出す。
「ぐっ!」
「おい、ちっ!」
 うめき声に反応しこちらを見たヒーローだったが、すぐに前を向き手にした剣を握り直した。
 再び動き出す復讐心と憎悪にまあ思考が意識が薄くなっていく。
 だが、だけど。ここでは死ねない。十年前の記憶を切っ掛けに膨れ上がるこの復讐心に対抗するように、「生きて」という妻の呪いの言葉が、ギリギリのところで意識を繋いでいる。
 こんなところじゃ死ねない。
「優しいあなたが好きよ」
 愛した妻の言葉が頭に響く。
「世界にヒーローは沢山いるけど、あなたは私だけのヒーローよ」
 妻の言葉が、意識を繋ぎ止める。
「生きて」という言葉が呪いなら、この言葉はさながら祝福みたいなものだ。
「聖遺物がここに向かってる?」
 聖遺物、 なんの話しをしてるんだ。
「聖遺物が独りでに動くことなんて、まさか!」
 なんだ俺の事見て、身体が化け物にでもなってるってか。
 もはや人とは思えない黒ずんだ手を見る。誰が見ても、もう人間じゃないってのに。このヒーローは俺を助けようとしてんだよな。
 薬指に光る指輪が見えた。黒くなった手の中で、指輪だけが白いままで浮いて見える。結婚指輪、用意したのは俺じゃなく妻だが。
 宝石が付いてる訳でもない。複雑な紋様の彫られた白銀のリング。
「それなら説明ができる。この空間に入れるのは、ヒーローだけだから」
 独り言のようにも聞こえるが、誰かと話してるんだろ。それにしても、ヒーローしか入れない空間に俺が入れてるんだから。その装置壊れてるんじゃないのか。
「あんた聞こえてるか。ここに聖遺物が来る、生きたきゃそれを掴め!」
 聖遺物を掴め?
 訳のわかんないこと言って、ヒーローは外に飛びだして行っちまった。そもそも聖遺物ってのは、な……。
 視線を動かして前を見ると、さっきまで無かった物が浮いていた。白く発光する長い棒。先端に刃のようなものが着いているから槍に見えなくもない。
 真ん中辺りには、何かがぐるぐると巻きついていて元の棒の何倍もの太さになってる。
 見るからに神聖な雰囲気を纏ったこれが、さっきのヒーローが言っていた聖遺物ってやつなのか。
 さっきのヒーローは生きたきゃこれを掴めって言ってたが、さっきから身体に力が入らない。掴もうにも腕を動かせない。
 動け、動けよ。俺は生きなきゃ行けないんだ、俺は約束を守らなきゃ行けない。罪を背負って生きてかなきゃいけないんだ。だから動けよ、俺の体!
 強く、はっきりとした行きたいという意思が伝わったのか。腕が持ち上がっていく。浮かんでいた聖遺物は、俺の方に近づいてきて、手の中に収まった。

しおり