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第11話 大阪一美味しいタコ焼き屋に案内されると公園の屋台でがっかり

(1)

 新曲のキャンペーンが一段落したころ、大阪のラジオ番組にゲスト出演することになった。
本当は彩香ちゃんが一人で出演するはずだったんだけど、彩香ちゃんが一人では心細いと言うので私も一緒に行くことになった。
深夜のラジオ番組なので放送は深夜だけど、録音を流すだけなので収録は昼間だ。
彩香ちゃんと一緒に新幹線で大阪に行くと、すぐラジオ局に向かった。
収録スタジオに案内されるとパーソナリティー役のビンビンシステムの二人が待っていた。
とりあえず簡単な自己紹介をして、サイン入りの新曲のCDをプレゼントした。
しばらく雑談した後さっそくリハーサルが始まった。
ラジオ番組は一時間だけど、音楽を流す時間が長いので話をする時間は5分もない。
他の話題もあるので、私たちラブエンジェルズの紹介は精々3分くらい。
最初に自己紹介のあとビンビンシステムの質問に答える手順だ。
ビンビンシステムはもう10年近く番組をやっているので、さすがに慣れている。
収録前に雑談で話したことを上手く話題に盛り込んで、面白おかしくおしゃべりが続いた。
一度リハーサルをしてるので同じ事を聞かれるとばかり思っていたが、リハーサルとは違う話題を振られたりして結構大変だった。

(2)

 あっと言う間に収録が終わるとバンピーさんが「君たち大阪は初めてかな」と聞いてきた。
大阪でライブをしたことはあるけど、ゆっくり大阪を見て回った事はない。
「大阪は初めてだよね」と彩香ちゃんが私を見ながら答えると「大阪名物のたこ焼きを食べさせてあげる」とバンピーさんが言い出した。
たこ焼きは大学の学園祭の模擬店で食べたことがあるくらいで好きな訳でもない。
わざわざ大阪にきてまで食べるたいとは思わないけどビンビンシステムに誘われたら断る訳にもいかない。
なにしろビンビンシステムは東京ではそんなに有名でもないけど、関西では大人気でテレビ番組の司会もやってる。
ビンビンシステムに気に入られたら、テレビ番組にも出演させてもらえるかもしれない。
ラブエンジェルズの宣伝になれば、新曲のCDだって一杯売れるにちがいない。
「私、たこ焼き大好きなんです」と彩香ちゃんが大げさな口調で答えるとすぐに話がまとまった。
「大阪で一番美味いたこ焼き屋に連れて行ってやるで」とバンピーさんが言うので私はよっぽど高級なたこ焼き屋さんだと思った。
東京では築地銀ダコが有名だけど、そんなに美味しいわけでもない。
最高級のたこ焼きはきっと高級な食材を使っていて、贅沢なたこ焼きに違いない。
私は東京に帰ったら話の種にできると思ってウキウキした気分になった。
ラジオ局のビルを出て大通りをしばらく歩くと大きな公園にでた。
公園の入り口近くに屋台が何軒かあってたこ焼きの旗も見えた。
たこ焼き屋の屋台の前は行列ができていて、随分と人が並んでいる。
私はもしかして屋台のたこ焼き屋に案内されるのではと思っていやな予感がした。
ちょうど列の最後尾のあたりに通りかかった時バンピーさんが「ここが大阪一美味いたこ焼きの店なんや、食べたら美味くてびっくりするで」と言い出した。
私は不安が的中してがっかりした気分になった。
屋台のたこ焼き屋が高級な食材なんか使ってるはずはない。
東京にもどってもとても話の種になんかはならない。
行列に並びながらバンピーさんとお喋りをしていると、私達の周りに人が集まってくるのに気が付いた。
私と彩香ちゃんはラブエンジェルズのメンバーだと分からないように大きなマスクをして顔を隠しているけど、バンピーさんは素顔でいつもと同じように喋ってる。
周りの人がバンピーさんだと気が付いてテレビ番組の収録か何かと勘違いしてるらしい。
すこしだけ距離を置いて私達を取り囲む人だかりはだんだんと数が多くなってきた。
私は不味い事が起きると困ると思って心配になった。
たこ焼きは作りながら売ってるのでなかなか列が進まない。
ようやく30分くらい待って最前列まで来ると、たこ焼きを作っているのがよく見える場所についた。
プロパンガスで丸いくぼみのある鉄板を焼いているので、近くまで来るとかなり熱い。
職人さんらしい身なりの男性が手際よく鉄板のくぼみに小麦粉を溶いた液を流し込むと、一つ一つタコの欠片を放り込んでいく。
私はタコ焼きというのは形がタコに似てるからタコ焼きというのだとばかり思っていたが、本当にタコを入れるのを見てびっくりした。
片面が焼きあがると、職人さんが巧みな手つきで丸めていくのが見えた。
焼きあがった後は、プラのパックに詰めて海苔とソースをかけて出来上がりだ。
一人一パックづつ受け取ってバンピーさんがお金を払うと、さっそく屋台の前でバンピーさんが楊枝をタコ焼きにさして食べ始めた。
「ほんまに美味いで。きみらも熱いうちに食べなかあかんで」とバンピーさんが言うので私は楊枝を手に取ってパックを開けた。
タコ焼きに楊枝をさすと、中はやらかいらしくてすっと楊枝が奥まで通った。
タコ焼きを食べるにはマスクを外すしかない。
うっかり人前でマスクを外すと私がラブエンジェルズのメンバーだという事がばれてしまうけど、マスクを外さないとタコ焼きは食べられない。
彩香ちゃんがマスクを外したので私もマスクをとってタコ焼きを口の中に入れた。
タコ焼きが舌先に触れた瞬間に私は熱くてタコ焼きを口から吐き出してしまった。
焼きたてで熱くて、さましてから食べないと火傷しちゃう。
後ろで順番を待っていた男の人が急に屈み込むと私が落としたタコ焼きを口に入れた。
地面に落ちて泥が付いてるタコ焼きを美味しそうに食べてる。
私はびっくりして何が起きたのか一瞬判らなかったが、私が口に入れたものを食べたかったらしい。
「おい、ラブエンジェルズの有紀ちゃんだぜ、彩香ちゃんも一緒だ」と誰かが大声を出すのが聞こえた。
「有紀ちゃんーーー」と誰かが大声で叫ぶと、タコ焼き屋を取り囲んでいた群衆が私めがけて殺到してきた。
「有紀ちゃん逃げるのよ」と彩香ちゃんが叫ぶのを聞いて私は必死で群衆をかき分けて走り出した。

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