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異形との対話と矛盾

全身が総毛立つ。こんなやつに遭遇するのなんて……ああ、生まれて初めてだ。本能より先に、身体がやばいと警告している。

だがそれ以上に不可解なのが、その姿かたち。

俺と同じく鼻面の伸びた、まるで骸骨のような長細い顔。それにまぶたの無いぎょろっとした目がいくつもくっ付いていて、絶え間なくあたりを見回している。

そして……なぜか口が二つもあって、それも縦に並んでいる。俺らの様な横向きの口じゃない、まさにここからして異形だ。

「ほほう、久しぶりにケモノビトの気配を感じたと思ったら、一、ニ……なんと四人もおるとは」

しゃべった!? こいつ二つの口で言葉を?



よく見ると、バケモノの飛び出しそうな目玉のうちの一つが、じっとマティエの方を凝視している。

そしてマティエもだ。歯をぐっと食いしばった、今にも斬りかかりそうな形相で相手を睨みつけていた。

「なるほど、お嬢ちゃんは……あの時の」

「ああ。私も覚えている。祖父を喰らい、私を完膚なきまでに叩きのめした貴様をな!」



しかし不思議だ。マティエの言う通り、このバケモノはパデイラの住民はおろかリオネングの精鋭までその歯牙にかけた極めて凶暴な奴のはず……なのに殺気が全く伝わって来ねえんだ。

俺が戦うとき、相手も俺のことを殺そうと向かってくる。だからこそその殺気を受け止めて俺はぶち殺してやる。

つまりは、このバケモノと戦う意義そのものが伝わってこない。



「ほほう、その鼻の傷……お主が聖女を継ぐものか。男の身でそれはなかなか珍しい」

バケモノの複数の目玉が、今度は俺の方へと向いた。

「……知ってンのか、お前?」

「もちろんだとも。黒衣の狼に聖女の証が付いたとは風の噂で聞いてはいたが。それがお主とはな。いいものを見させてもらったぞ。だからこそお主を一切傷つけることは出来ぬ。それに……」

小粒な目の一つが、胸に抱えていたチビを見つめた。

「御子もおるとは……! いやこれはますます面白くなってきおった」



「話をはぐらかすな! 貴様は今までいったい何処にいたのだ!」

突然割り込んだマティエが、槍をバケモノの顔に突き付けた。蚊帳の外にされてかなりイラついているようだ。

「は? 何処へも行っておらんぞ。逆に私はここから出ることも叶わぬ」

「な……!?」

「ここに呼ばれた以上戻る事は私には無理だ。まあ腹は十分満たされているから、今は何も喰わなくて大丈夫か」

「おのれ……!」

「マティエ、感じるかヤツのこと」

俺はまた暴走しそうになるのを抑えるため、マティエに話しかけた。

こいつには今暴れてもらいたくない。なによりチビもいるし、人質として捕まえられたタージアも心配だ。

「ああ、わかる。戦う意志が全く感じられぬのだろう。だが……」

「今は落ち着け!」

「だが、奴は私のお祖父様を……!」



その時、バケモノは右手に握りしめていたタージアを何故か解放した。

「え……?」驚いたのは俺だけじゃなかった。マティエも、ジールも。

「その子はセルクナの聖なる生贄の血を引くもの。ここに居続けることは身体にかなりの負担がかかるぞ。早くここから離れるがいい」



「な、何なんだお前……我々に一体何をしたいというのだ!」マティエは動揺した。

そうだ。この殺気の無さといい、人質にされたとばかり思っていたタージアを解放したのといい、全く目的が見えてこねえ。

こいつがこの街の住民を喰らいつくした張本人なんだろ?



「無理だ」

「……え?」気を失ったタージアを起こそうとするルースがまた、驚きの声を上げた。



「私は、お前たちには勝てぬ」



な、なに変なこと言ってんだコイツ?

なぜわざわざ俺たちには勝てないなんて断言するんだ!?

なんでこいつは変なこと言ってくるんだ……普通は「お前たちが俺に勝てるわけない」だろう? それがなぜ自分から敗北する宣言するんだ。あまりにもこいつの頭の構造がおかしすぎる。



「間違ってはいない。私がお前たちに勝てる要素は一切持ち合わせてはおらんということを素直に言ったまでだ」

「ああ、それが不可解すぎる。具体的に言ってもらえねえか……?」

バケモノの丸太のように太い腕からは、同様に太い指が三本生えている。

やつは俺たちを順に指して、こう言った。



「さっきも言ったとおり、黒衣の主は傷つけてはいけない。それに聖女の証を引くものでもあるしな。ますます手出しはできぬ」

その隣の女。と続けてバケモノは話す。「聖女のなりそこない。しかし成長してその力は未知数であるからな。それに携えておる得物がワグネルの銘。唯一の牙にして私を倒せることのできるものだ」

「なりそこない……!? どういう意味だそれは!」激昂するマティエを慌てて引き止めた。



「この世界になぜケモノビトが生まれたのかを知れば。お主たちの聖女たる意味もおのずと分かるであろう」

「それを……それを教えろと言っているのだ!」掴んだ腕を振り払ってマティエがバケモノに槍で斬りかかろうとした……



その瞬間、マティエが見えない力で地面に叩きつけられた。

いや、あいつだけじゃない。俺も、ジールも、ルース達も……身体の上にまるで大量の土砂が振り切ってきたかのように、見えない何かに全身押しつぶされた!

しかもそれは、だんだんと重さを増してくる。

「なりそこないの分際で抵抗した罰だ。まあ……私に出来ることといえばこれくらいだがな」



バケモノの三本指の手が、まるで俺たちを撫でつけ、そして頭から押さえつけるような動きをしている。かろうじてわかるのはそれだけだ。

しかしなんだこの力は……ヤツが直接触っているわけでもないのに、まるで全身の骨が砕けるくらいの、重さが……立ち上がることすらできねえ!



「がぁぁぁあ……っ!」地面にひれ伏したマティエの悲鳴が響き渡る。

なんてこった……この変な力で俺たちは倒されてしまうのか! せめてこのクソ野郎を一発でも殴れれば!



「そうだ、黒衣の者よ。お前をそこまで育て上げた奴の名前、この私に教えてはもらえぬか?」

え、今度はなんだ……親方の名前!?

「ガンデ……岩砕きの……ガンデだ!」胸が押しつぶされそうになる重さに耐えながら、俺は答えた。



「おおお、あの男か! あいつに育てられたとは本当にお主は果報者だの!」

「貴様……親方のことを知っているのか!?」

だがバケモノはそれには答えなかった。「しかし」と言う言葉を残して。

「育てたのがお主でなければ、ガンデももっと長生きできたのにのう……」バケモノのたくさんの目玉が、はるか遠くを見つめていた……まるで何かを懐かしむかのように。



「なん……だと!?」



「うむ、それが黒衣に生まれたるものの……ガッ!」



あまりにも急だった。バケモノの首元……いや、首と胸の間に突然大きな穴が開き、そこから焦茶色の血らしきものが一気に吹き出した。



「いいかげんにしろ、ダジュレイ」



「き、貴様……いったいなぜ!?」



朦朧とした意識の中で聞こえたその声……



チビ……か!?

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